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自分の心臓の音が微かに聞こえる中――――画面上にはオーダーのリストが表示された。
これは、受付嬢に話しかけた際の通常の反応だ。
グラフィックが変貌する前のリストとはデザインが違っていて、より明瞭でスッキリしたリストになっているけど、基本的な内容は同じ。
リストの中身も俺のプレイ状況をそのまま反映していて、クリア済みのオーダーは表示されていない。
つまり、これだけグラフィックが様変りしていても、プレイデータそのものはプレイヤー本人のものって事だ。
全く違うデータに差し替えられたとか、異なるゲームに強制転移させられたとか、そういう非現実的な事態じゃないらしい。
まあ、グラフィック変貌の時点で十分に非現実的なんだけどさ。
「取り敢えずオーダーを受けてみましょう。フィールドや敵のグラフィックも見てみたいですし」
別にオーダーを受けなくてもフィールドには出られるけど、グラフィック以外に違いがあるかどうかを見極める上で一度受けておきたい。
フィーナの了承を得て、プレイヤー二人で協力してクリアを目指すタイプのオーダーを選択。
オーダー名は《No.0224 聖なる翼の効能》だ。
このゲームは兎に角オーダーが多いのが特徴で、5年も10年も続いているタイトルならまだしも、1年ちょいで既に400を超えている。
俺はフィーナと共に、世界樹魔法〈ピアホーリー〉を使用する為の樹脂〈レジン〉を受け取る。
世界樹魔法は、体内にレジンを摂取し、手に刺激を与えれば発動するんだけど、その魔法の種類は摂取するレジンの空気や水分との比率、加工の仕方などによって決まる。
ただしそれはあくまで設定上の事で、プレイヤーは試用を依頼された魔法を戦闘中に選択し、その効果を確かめるだけで良い。
攻撃魔法の場合は武器と同じで一定数のクリティカルヒットを記録すれば良いんだけど、この〈ピアホーリー〉はどうやら攻撃魔法じゃなく、状態回復の魔法らしい。
〈アカデミック・ファンタジア〉では、多くのRPGがそうであるように、攻撃の追加効果として『毒』『麻痺』『暗闇』『眠り』『混乱』『石化』などのステータス異常を与えたり受けたりする事がある。
その異常を回復させる魔法って訳だ。
「仕様書によると、毒と暗闇と能力低下が回復するかどうかを試すクエストみたいです。まずはこれらの異常を付加してくる敵を探さないといけませんね」
フィーナの説明通り、この手の魔法のオーダーはまず、指定されたステータス異常を敢えて"受ける"必要がある。
異常状態にならなければ回復しようがない。
なので、手順としては『指定された異常状態を付加する攻撃を持つ敵を探す』→『攻撃を受け異常状態になる』→『試作中の魔法を使ってみる』って訳だ。
普段なら面倒なタイプのオーダーだけど、グラフィック以外の差異があるか否かを調べる上では、却って都合が良い。
まずは毒攻撃を持つ敵のいるフィールドを目指そう。
「近場だと[ヴァイパー]が毒を持ってますね」
「あ-、あのウナギか。あれなら大量に湧いて出るから直ぐ貰えますね。行きましょう」
巨大蛇の筈なんだけど、どうみても外見がウナギだから蛇と呼ばれる事はまずない、スクレイユ近隣の雑魚敵だ。
低Lvの敵だから、Lv12の俺でも戦闘は問題ないだろう。
ちなみにフィーナのLvはというと、俺よりも低い10。
ゲーム内の知り合いが1人しかいないのも納得だ。
とはいえ、オンラインゲームの経験が俺よりも少ないとは限らないから、先輩面してあれこれ言う訳にもいかない。
それ以前に、そんな行為は全く性に合わないんだけど。
などとアレコレ考えている間にスクレイユを出た俺達は、草原と森林と岩山と碧空の広がるフィールドへ足を踏み入れた。
そしてその瞬間――――絶句した。
元々の〈アカデミック・ファンタジア〉のフィールドは、街中より更に現実と近いデザインで、特に空を流れる雲と遠くに見える山々はほぼ現実そのもの。
一方で草木や大地はやや粗く、そこがある意味では『これはゲームだ、現実じゃない』というメッセージになってもいる。
けれども今この場所は、明確に現実とは異なるアニメ的表現で、思わず溜息が出るほどの美しい景色を描いている。
特に目立つのは"光"の表現だ。
現実世界よりもかなり過剰に、ある種のデフォルメ表現として、効果的に光が使われている。
陽光による輝きとはまるで違う、どちらかといえばライトアップのような光だけど、過度に輝いている訳じゃなく、濃淡をしっかりと付けつつ自然物と調和させている。
御伽噺の世界をより現代的に、精緻を極めブラッシュアップしたような、まさに"夢の国"だ。
美しいのは自然物ばかりじゃない。
まるで本物のウナギのようにヌルヌルと動くこの――――
「って、いたのかウナギ!」
[ヴァイパー]はこの世界でもウナギだった。
スゲェ……ここまでヌルヌル動く生物、ゲーム内では見た事ない。
人間よりやや大きいその身体は、ゲーム画面の平べったさを感じさせないほど三次元的な動きで暴れ回っている。
問題はその数だ。
たしか[ヴァイパー]は群れを成す世界樹喰い〈イーター〉だった筈だけど、ここにいるのは一匹のみ。
効率は悪いけど……仕方ない、まずはこいつで試そう。
「フィーナさん、まずは毒を貰う為に暫く待機しましょう。最初に俺が貰います」
Lvだけじゃなく、装備品もシケてる俺のPC『シーラ』は、この雑魚敵でも一度の攻撃でHP(生命力)が2割くらい削られる。
5発食らうとアウトだ。
一応用心して、3発食らった時点で回復するとしよう。
それまでに毒を貰えればOKだ。
「フィーナさんは回復役をお願いします。回復魔法かアイテムありますよね?」
戦闘態勢に入った俺は、臨時的に相棒となった彼女へ最終確認を行った。
が――――返事がない。
「フィーナさん?」
まさか、またフリーズしちゃったのか?
この大事な時に……いや、違う。
違うぞ。
あれは……何だ?
今、俺の視界の端に見えた"あれ"は、もしかして倒れたPCか?
慌てて視点を変え、その方に自分の目も向けてみる。
間違いない。
フィーナだ。
フィーナが地面に横たわっている。
戦闘不能……だ。
[ヴァイパー]相手に戦闘不能だって?
ちょっと待て、それはあり得ない。
〈アカデミック・ファンタジア〉のフィールドでは、イーターの索敵範囲に入った時点で戦闘モードに突入する。
このゲームは敵との距離感が重要だから、戦闘中の移動距離や射程レンジはかなり細かく数値化されているけど、バトルシステムそのものは至ってシンプル。
各PCには身軽さ(SP)に応じたゲージが設定されていて、そのゲージが満タンになると、予め選択していたコマンドを実行するリアルタイム制だ。
[ヴァイパー]のSPは大した値じゃなかった。
少なくとも、ほんの束の間に3度も4度も攻撃できるようなスピードはない。
奴の索敵範囲に入ったばかりの俺達が、一瞬で戦闘不能になる道理もない筈だ。
確認すらしてなかったけど……まさか、ついうっかりHP回復してなくて瀕死でした、なんて事は――――
などと、不自然な倒れ方をしたフィーナへ意識を集中させていた俺は、いつの間にか[ヴァイパー]が攻撃範囲まで近付いている事に今の今まで気付かなかった。
そしてそのまま、相変わらずヌルヌルした動きで攻撃モーションへと移行。
それは構わない。
最初から食らう予定だ。
けれども、本当に大丈夫なのか?
本当にこの[ヴァイパー]は、俺の知っている[ヴァイパー]と同じなのか?
画面上に表記されている奴の名前は確かにそうだけれども――――
そう。
その懸念は、結果的には正しかった。
けれどもその正解に然したる意味はなかった。
[ヴァイパー]の攻撃が、シーラを襲う。
俺の分身を。
その一撃は、決して痛恨の一撃でもない、至ってノーマルな攻撃は――――
たった1発で、こっちの全HPの20倍以上のダメージ数値を叩き出した。
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