第2章 積み上げた空の箱

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 過去、衝撃を受けたゲームは幾つもあった。

 衝撃の主な理由は『進化』と『発想』の二つ。


 前者はグラフィックの美しさ、動きの滑らかさ、操作性の向上、壮大なサウンドなど、主にアクション系のゲームで感じる事が多いタイプの衝撃だ。

 後者は主にシナリオ面で、予想外の展開や二転三転するストーリーに身震いするような感動を覚えた。

 RPGやADVでよく体験する衝撃だ。


 ゲームシステムそのものに驚愕を覚える事もある。

 最近だとVRの導入がそうだ。


 家庭用ゲームユートピアシリーズの最新型で、据え置きゲーム機の《ユートピアQ》専用のVRヘッドセットとして発売された《ユートピアVR》は、これまでのゲームの価値観を変えるインパクトがあった。

 VRヘッドマウントディスプレイを用いた仮想現実の世界は、ゲームが新時代へ移行したという実感を全てのプレイヤーにもたらしただろう。


 ゲームは娯楽。

 娯楽には、安全で程よい刺激が必要。

 定期的に大きな波が訪れる事で、この分野は歴史を積み重ね、日本における文化となった。


 なら――――今この眼前に広がる光景もまた、その大きな波と捉えていいんだろうか?


 突然のグラフィックの変化。

 それも、解像度の違い等じゃなく、ゲームの方向性さえも激変させてしまう変化。

 グラフィック面での衝撃と、予想外の展開による衝撃の両方を同時に、それもかつてない強さで食らってしまった。

 鉄パイプと金属バッドで同時に後頭部を殴られたような感覚だ。


「未だに信じられない。夢でも見てるみたいです」


 自分のステータス画面などをチェックし、グラフィック以外に変化した要素がない事を一通り確認し終えた俺は、我ながら薄っぺらい感想とは思いつつもそう呟いてみた。

、半分はフィーナの反応確認が目的だ。


 というのも……ついさっき俺へ向けて『私と、このゲームをプレイしてくれませんか?』と発言した彼女、何故かそれっきり動かなくなってしまった。

 俺の了承に対するリアクションも特になかったし。

 

 スマホかパソコンがフリーズでもしたか?

 いや、落ちたのなら強制ログアウトで姿が消えるのか。


 なら、一時的な用事で一端プレイを中断してるとか?

 でもなあ……こんな大事な会話の途中で、断りもなく中断するとは思えない。

 仕方ない、少し怖いけど直接聞いてみるか。


「あの、どうかしましたか? 何かありましたか?」


 こういう時の文章は気を使うんだよな。

 責めてる感じを出すと不快な気分にさせちゃうし、かといって媚びた感じを出してもそれはそれで気持ち悪がられる。

 ったく、人をこんな事に巻き込んでおいて、何のつもり――――


「すいません。何でもありません。本当に何でもないんです。申し訳ありません。誠に申し訳ございません」


 お、リアクションあった。

 でも坂道を転がり落ちる勢いで遜り始めてしまった。

 もしかして、情緒不安定な人なんだろうか……?


「こっちは大丈夫ですのでお気になさらず。それより、これからどうするんですか? 一つ確認したいんですけど、フィーナさんは今の状態でこの辺りを見回ったりしました?」


「いえ。正直一人では怖くて、ここから動いていません」


「一人?」


 ここに来る条件は『Cチャット状態を一時間キープ』だったよな。

 一人ってのは、おかしいんじゃないか?


「一緒にチャットをしていた子がすっかり怯えてしまって。私のパートナーだったんですけど、しばらくログインしたくないって」


 ああ、そういう事か。

 確かに、何の前触れもなくこの状況になるってのはかなり怖い。

 自分のゲーム機が壊れたんじゃないかとか、何かに乗っ取られたんじゃないかとか思う人がいても不思議じゃない。


 運営に知らせるべき案件かどうかも微妙だ。

 露骨なバグや不具合なら兎も角、この変貌はどう考えても不具合の類じゃない。


 寧ろ、運営側が意図的に用意しているギミックか、今後のアップデートの為のデータをうっかりアップしてしまったという方がまだしっくりくる。

 例えば、来年のエイプリルフールネタの仕込みだった、とか。

 まだ晩春のこの時期に来年の4月の仕込みをしてるとも思えないけど……


「他に"この状況"を知っている知り合いはいます?」


「いえ。先程言ったパートナー以外には、貴方にしか話していません」


 それは他にゲーム内の知り合いがいないって事なんだろうか。

 幾らミュージアムとプレノートを評価してくれているとはいえ、見ず知らずに等しい俺にわざわざ同行を依頼するってのは、そういう事だよな。

 ……地雷踏みそうだから聞くのは止めておこう。 


「わかりました。それならまず、ソルの中を一通り見て回りましょう。何か知ってる人がいるかもしれないし」


「はい。今後の方針はお任せします」


 何故任されたのかは全くわからないけど、取り敢えず二人で魔法棟内へと戻ってみる事にした。


〈アカデミック・ファンタジア〉における全てのプレイヤーの拠点、ソル・イドゥリマ。

 研究都市『スクレイユ』の中枢を担う研究機関であり、この都市の象徴、更には存在意義そのものと言っても過言じゃない重要施設だ。

 その為、ユーザー間での愛称は俺が使っている"ソル"よりも、イドゥリマの頭に文字を取った"井戸"の方が多い。

 実際、多くのファンタジー世界の基盤となっている中世ヨーロッパでは井戸は生命線というべき設備だった訳で、割と洒落が効いた略称でもある。


 ソル・イドゥリマは一つの建物の名称じゃなく、『戦闘研究棟』『文化研究棟』『魔法研究棟』という三つの棟から成る総合施設。

 戦闘研究棟――――通称"戦棟"は、戦闘で使用する装備品やアイテムの研究を行っている、このゲームを攻略する上での最重要施設。

 一方、文化研究棟は日用品や衣装など、どちらかというとオマケ的な要素のアイテムを作成する為の場所で、こちらは"文棟"と呼ばれている。

 そして、フィーナが待ち合わせの場所として手紙に記していた"魔法棟"こと魔法研究棟では、世界樹魔法に関する研究が行われている。


「凄い事になってますね」


「そうですね。このグラフィックはちょっと信じられません」


 予想はしていた事だけど、街のグラフィックだけじゃなく、建物内の視覚表現もまた恐ろしい程に変貌を遂げていた。

 作画の手法に詳しい訳じゃないから、これがどういう方式で作られたグラフィックなのかはわからないけど……凄まじい美しさと同時に、温かい重厚さが感じられる。


 建物内の床や壁も、3D特有の微妙にのっぺりとした感じはなく、かといって写実的でもなく、アニメのような世界を極限まで立体的に表現したような質感。

 特に凄いのは、移動する際にもその質感が保たれたまま景色が動く事。

 ただ歩くだけで感動を覚えるくらいだ。

 

 とはいえ、いつまでも見惚れている訳にもいかない。

 先を行くフィーナの背中を追い、建物内を調査すべく奥へと進んでみる。


 それぞれの建物には研究室があり、そこには多くのNPC研究員がいる。

 彼等から依頼を受けて、新しい装備品や魔法、アイテムを試用するのが、プレイヤーである実証実験士〈オプテスター〉の仕事だ。


 だからこれらの建物には、いつでもプレイヤーキャラクターが行き来している筈。

 そんな思惑で足を運んでみたが――――


「他のプレイヤーはいないですね」


 そのフィーナの言葉通り、三つの棟全ての侵入可能な部屋を回ってみたけれど、他のプレイヤーらしき人物は誰もいなかった。

 一方、NPCに関してはグラフィックこそ俺やフィーナと全く同じように完璧なアニメキャラの立体像へと変貌しているけど、今までいたキャラが消えていたり、いなかったキャラが出現していたりといった変化はない。


 コンシューマのRPGにおけるNPCの役割は、どのゲームであってもほぼ変わらない。

 主に仲間、シナリオ上重要な人物や敵、各街の住民といった面々だ。


 それに対し、ネトゲにおけるNPCはゲームによって異なるらしい。

 コンシューマと同じように多くのNPCが登場するゲームもあれば、装備品やアイテムを売っている店の売り子やクエストの発注者といったシステム的なポジションのNPCのみというゲームもある。

 

〈アカデミック・ファンタジア〉にはストーリーに絡むNPCが存在し、このソル・イドゥリマでも数人のNPCが表示されている。

 ただしコンシューマのRPGと比べると人数はかなり少ない。

 だからゲームを始めて3週間程度の俺でも、全員の顔と名前は覚えてる。


「NPCに話しかけてみます。違う反応があるかもしれない」


 フィーナにそう伝え、魔法棟1階入り口のカウンターに座しているNPC『受付嬢リンダ』との会話を試み――――ようとしたところで、一つの異変に気付いた。


 通常、彼女は魔法棟から現在出されているオーダーをプレイヤー側に伝えてくれる存在で、彼女に話しかけると受注可能なオーダーのリストを見る事が出来る。

 この受付嬢リンダに限らず、オーダーに関連する情報を話してくれるNPCの頭の上には黄色い『!』マークが常に表示されている。

 MMORPGに限らず、クエストを受けてゲームを進行させるタイプのコンシューマRPGでも良く見かける仕様だ。


 けれど、眼前の『受付嬢リンダ』にはその表示がない。

 グラフィックの変化にばかり気を取られて、今まで気付かなかった。


 ……とはいえ、この件がグラフィック変貌の手がかりになるかどうかは、全くわからない。

 兎も角、話しかけてみない事には始まらない。


 多少の不安はあったものの、受付嬢へと隣接し、思い切って会話ボタンを押してみる事にした。

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