1-8

「……電話! そう電話! 7時に電話が掛かってくるんだ! 大切なあの子から!」


 咄嗟に出て来た危機回避の言葉は、我ながらチープな嘘だった。


「え? あの子って……」


「そう、あの子だよ。この前の。このチャンスを逃したら疎遠になりそうなんだよ」


「あの子……この前……?」


 実在しない"あの子"について、母さんは熟考し始めた。

 きっと記憶の中に、俺がその子を紹介したそれっぽい場面がないか探しているんだろう。

 勿論全くないんだけど。


「まさか忘れたの……? 俺の彼女になったらこのカフェを立派に継いでくれそうなあの子の事を」


「そ、そんな事ないのよ。え、ええ、そうね。あの子、思い出した思い出した。それじゃ仕方ないね、了解」


 幸いにも、どうにか誤魔化せたみたいだ。

 圧は凄い母だけど、俺と同じでゲームばっかやって来たからか、恋バナはとんと苦手。

 こういう話を息子からされた時点で、心の中はパニックだろう。


 事なきを得たところで、俺は自室に入り、早速ゲーム機と向き合った。


 昨年、2018年に株式会社ゲイスが発売して、一大ブームを巻き起こした《ゲーミフィア》。

 一時期、オンラインゲームの殆どがスマホアプリになりそうだった流れを、このハードが覆した。


 ――――家庭用ゲームの歴史を繙くと、1980年代、そして90年代半ばまでは《アルファ》を開発・販売していたメーカー、柳桜殿の一人勝ち状態だった。

 けれど、柳桜殿はゲームのクオリティを重要視する余り、自社以外のソフトメーカーに対する審査を厳しくし過ぎたらしく、次第にソフトのラインナップが偏ってしまう。


 その隙を突くようにして、大手電機メーカーの株式会社ボイシーがゲーム部門に注力し、ハイスペックを売りにした新ハード《ユートピア》を発売。

 ロムカセットが主流だったゲームソフトをCD-ROMにするなど、多くの面で『新鮮さ』と『驚き』を提供したこのハードは注目を集め、更に多くのソフトメーカーへ門戸を開いたことも奏功し、No.1ハードの座を射止めた。


 そんなハード戦争が激化する中、ゲイスというメーカーもまた、戦場へ身を投じていた。

 けれど、マニア受けこそする一方で時代の寵児にはなれず、ひっそりとハード事業から撤退。

 無念の討ち死にとなったが、それでもゲーム開発に対する情熱は失わず、様々な分野の企業と連携する事で、激動し続けるゲーム業界に食らいついていた。


 やる事はエキセントリックな割に比較的地味で、けれど熱心なファンが多く、マニアック。

 ゲイスがこういった自社のイメージを払拭し、大きな注目を集めることに成功したのは、確か3年ほど前だった。


 当時ゲーム業界では、VR(バーチャルリアリティシステム)がいよいよ現実的な価格設定で商品化出来るところまで来たと、話題の中心を担っていた。

 また、AR(オーグメンテッド・リアリティ)やプロジェクション・マッピングなどの技術も次々にゲームへと導入・応用され、映像の進化は飛躍的に進んでいた。


 まるで作品内に入り込んだかのような没入感と臨場感が楽しめるゲーム。

 それが新時代のゲームだと、多くのゲームファンは期待を寄せていた。


 そんな中でゲイスが発表した新ハードは、その流れに逆行するものだった。


 プレイヤーがゲームの中へ没入するのではなく、ゲームをプレイヤーの生活へと没入させる為のハード。

 それが、この《ゲーミフィア》だ。


 タブレット端末をベースに製造された携帯用ゲーム機で、最新鋭の技術を駆使し、厚さ2mm強という超薄型化を実現。

 画面サイズは14インチと、従来の携帯用ゲーム機より遥かに大きなスクリーンでありながら、遥かに軽い。

 利き手じゃない方の手で摘んで持っても全く疲れないくらいだ。

 また、頑丈な上に弾力性に富んでいて壊れ難く、例えばベッドの上でプレイ中に寝落ちして、寝返りの際にゲーム機の上へゴロンと乗っかってしまったとしても、モニターが割れる事はない。


 ソフトはかなり薄く、小さなチップ状。

 従来通りダウンロード販売も行っている。


 操作方法は3種類。

 左右のフレームに配置されたボタンとスティックを使ってプレイする方法、タッチパネルを使う方法、専用のスタンドと無線コントローラーを使用する方法だ。


 1つめは従来の携帯用ゲーム機に近い操作性で、両手でハードを掴む形で、親指を使ってプレイするのが基本姿勢。

 2つめはタブレットやスマホでゲームをプレイするのと同じ感覚でプレイ出来る。


 そして3つめは少し特殊で、身体から少し離れた位置にハードを立てかけ、その画面を見ながらコントローラーで操作するという、据え置きハードに近い感覚の遊び方。

 スタンドはハードに同梱されていて、角度を自由に調整出来るようになっている。


 俺は基本、家庭用ゲームに近い感覚でプレイするのが一番しっくり来る為、タッチパネルは使っていない。

 アクション系なら専用コントローラーの方がより操作しやすいんだけど、今起動している〈アカデミック・ファンタジア〉はアクション要素は殆どない為、コントローラーは暫く休養中だ。


 暫く待つと、《ゲーミフィア》の画面上に見慣れたロード画面が映し出され、やがて中央下部に操作プレイヤーが出現。

 こちらも見慣れたゲーム開始場所は、拠点となるソル・イドゥリマのメインロビーだ。


 いつもなら、ここで実験依頼の受注票や他のラボメンバー……実質アポロンとソウザの2人しかいないけど、奴等が来てるかどうかのチェックを行う。

 でも、今日は目的が違う。

 ロビー内の施設やNPCには目もくれず、外へ向かう事にした。


〈アカデミック・ファンタジア〉は日本のメーカー[ワルキューレ]が作ったゲームで、グラフィックも日本産のゲームに良くあるものになっている。

 アニメ風の絵柄を立体化した六頭身程度の3Dキャラクターを、実写ベースの背景上で動かすという感じだ。


 数あるオンラインゲームの中では、飛び抜けてグラフィックが優れている訳じゃなく、ロード時間も普通。

 フレームレートが特別高い訳でもなく、目立ってカクカクする訳じゃないけど、スムーズに走る姿を表現しているとは言い難い。


 尤も、古いゲームを頻繁にプレイしている俺にとって、そこは特別気にならない。

 ドット全盛の頃はまだしも、ポリゴンが導入され始めた頃のゲームなんてそれはもう、色々とアレだ。

 けれど、そういう時代に幾つものメーカーが、技術屋が、プログラミングに人生を賭けた人達が阿鼻叫喚と試行錯誤を繰り返した結果、今この世界がある。


 この――――ソル・イドゥリマを出た瞬間に広がる、研究都市『スクレイユ』の重厚な景色もまた、その時代の積み重ねがあってこそ。


 ファンタジー世界特有の、近未来的でありながらノスタルジックな建築様式が立体感溢れる描写で細かく表現されたこのゲームは、俺にとっては十分過ぎるほど美しい。

 一方で、ここが今のゲームの最先端でないのも確かで、まだまだ上には上がある。

 よくここまで辿り着いた……と10代半ばの俺が思うのも変な話だけど、家庭用ゲームの歴史を学ぶ身としては、多少なりともそう痛感せざるを得ない。

 

 が、しかし。

 そんな感動を覚えていた俺は次の瞬間、得体の知れない不気味な違和感を覚え、思わず凍り付いた。


 ……背後に誰かいる。


 ただ真後ろに他のプレイヤーキャラクター(PC)がいるってだけなら、別に恐怖なんて感じない。

 MMORPGである以上、周囲に別のプレイヤーがいるのは当然だ。

 この〈アカデミック・ファンタジア〉はサービスが始まって以降ずっと安定した人気を確保しているから、昼夜問わず人口密度はそこそこ。

 新しい依頼を受ける時や、有名人がログインした時に関しては、体育教師が担任のクラスでよくやる夏休みの思い出作りキャンプの終盤にテンション上がった奴等が集合写真を撮る時のように、やたら密集する事もある。


 でもこれは……近い、近過ぎる。


 今、俺の背後には、暗殺者が喉元に刃物を突きつけるかのような至近距離で、ピッタリと張り付いている誰かがいる。

 突然ノンプレイヤーキャラクター(NPC)が後ろを取ってくるような物騒なゲームでもないし、間違いなくPCだ。

 視点を移動させて姿を確認すると案の定、オプテスターの身分を示す『実証実験許可証』を胸に付けている。


 性別は女性。

 髪は艶のある黒で、セミロング。

 魔法の実験を専門としているのか、鎧類じゃなくパーカーっぽいローブを身につけている。


 ゲーム内のキャラクターだから、容姿の優劣っていうのは当然ない。

 このゲームのキャラクター原案は確かrainというイラストレーターさんだったっけ。

 そのrain先生の絵柄そのままの、特徴らしい特徴はないけど爽やかで優しいタッチの顔だ。


 なるべく家庭用ゲームに近い感覚でプレイしたいって理由で、他プレイヤーキャラの名前を非表示にしているから、何者なのかは不明。

 でも明らかにアポロンやソウザじゃない。

 恐らく――――


「こんばんは、シーラさん。約束通り来てくれましたね」


 いや、間違いなく――――俺をここに呼び出した張本人。

 このPCを操作している人物こそが、あの置き手紙をミュージアムに残した張本人だった。

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