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我が家から徒歩20分という近場にある城ヶ丘学園は、同じ敷地内に中学校と高等学校が存在する併設型中高一貫教育校で、正式名称は『城ヶ丘共立学園中学校・高等学校』という。
基本的に中学校の生徒は無試験で高校に進学できる為、独立した学校という認識は薄く、『中等部』『高等部』という呼ばれ方が一般的だ。
俺は今春から高等部の一年になった為、中等部二年の来未とは異なる教室棟へ登校し、日中を過ごしている。
幼少期から家の手伝いとコンピュータゲーム漬けの日々を過ごしてきた俺は、休日まで一緒に遊ぶような友達がいた事は人生の中で一度もない。
オンラインゲームも今年ようやくデビューしたばかりだから、ゲームと言えば一人遊びが基本。
RPGやSLGを好んでプレイしている関係で、協力プレイをする相手もまた肉親も含めゼロだ。
そこには、表情を作れないという俺の欠陥も少なからず影響している。
笑顔を作れないのは、友人関係を構築する上でこの上ない障害になる。
ただの言い訳と言ってしまえば身も蓋もない話だけど、それが現実だ。
とはいえ、校内で一言も発しない"ぼっち"という程でもない。
「はい、それでは先週のテストを返します。平均点は45点。クソしょーもない点数ばっかりで先生憤慨です。今のうちに『予め指定された範囲の勉強を事前にしっかりやっておく』という作業をしっかり出来ないと、今後の人生に暗雲立ちこめますよ?」
例えば――――今しがた国語教師で担任の氷川先生がキレ気味に返却しているこの答案用紙。
それを受け取った俺に対し、話しかけてくるクラスメイトは何人かいる。
「春秋は何点だった? あー、やっぱ流石だわ。今回は負けたか」
その中の一人、出口君に89点の答案を見せ、そのまま自席へと戻る。
俺の成績は、中学の頃から『学年トップってほどじゃないけとクラスでは上位』の位置をキープし続けている。
クラス上位の面々にはテストの点数に対するこだわりが強い奴が常にいて、そういう人達から奇妙な仲間意識を持たれる事で、クラスにおいて最低限の存在感と繋がりを得ている形だ。
俺自身は、テストで誰かと張り合う事に熱意は持っていない。
でも成績を落とす気はサラサラなく、毎日家で勉強するほど真面目じゃないけど、宿題はちゃんと休み時間を利用して片付けてるし、試験直前には睡眠時間を削って集中的に勉強している。
『ゲームをやってるから成績が悪い』『ゲームの所為で成績が落ちた』となるのが嫌だからだ。
例え誰から指摘されなくとも、自分で自分を許せない。
「春秋ってどれくらい勉強してんの? 塾は行ってないんだよね?」
「ん? ああ。結構ちゃんとやってるよ。俺、真面目だから」
「はは、そんな感じだよな。あんま笑わねーし。ミステリアスだよな」
隣の席の江頭君が言うように、どうも陰では『ミステリアス君』と呼ばれているらしい。
表情が変えられない事は当然誰にも打ち明けていないし、その都合上自分の事を一切話さないから、なんとなくミステリアスに見えるらしい。
幸いにも蔑称って訳じゃなく、軽くイジる感じの呼称みたいだ。
クラスメイトとの距離感はそれくらいが丁度良い。
悩みを相談したり、河原で殴り合ったり、卒業式の日に肩組んで半笑いで校歌を熱唱したりするのだけが学生の人間関係じゃないんだから。
「採点ミスがあったら持ってきて下さいね。勿論点数が低くなる場合もです。その場合は内申が心持ち見栄え良くなります。ただし正直者という寸評が大学側にどう受け取られるか、までは責任持ちませんよ?」
一通りテストの答え合わせが終わり、教室内から緊張感が消えたところで、俺は頭の中を今朝の一件へと切り替え、上着のポケットの中から例の紙を取り出した。
アカデミック・ファンタジアへの案内状
19時02分 ソル・イドゥリマ 魔法棟 1F 入り口で待つ
……改めて見てみると、日付が書いてないな。
まさかとは思うけど、毎日待ってるって事なんだろうか?
その点も含め、差出人が何者なのか、目的は何なのか等、色々と謎が多い置き手紙だ。
ただ、登校から今に至るまでの間、多少は整理が出来た。
ゲーム内じゃなく、敢えてリアルの俺に向けてメッセージを残したって事は、ゲーム内では連絡手段がない、つまり知り合ってないと推察出来る。
そして、ミュージアムにこの紙を置いた時点で、ウチのカフェ『LAG』の常連客の可能性が高い。
って事は、こう言えるんじゃないだろうか。
差出人は、俺がアカデミック・ファンタジアをプレイしているとは"知らなかった"。
でも、俺がミュージアムのプレノートの筆者なのは知っていた。
そこで、このゲームを俺にプレイさせる為、この案内状を書いた。
問題は『ソル・イドゥリマ』や『魔法棟』といった固有名詞を使用している点だけど、アカデミック・ファンタジアと並べて検索すればネットで直ぐ情報が出てくる。
仮にこのゲームを知らなくても、そこから得られる情報で関心度が増していくかもしれない。
謎めいた紙、謎めいた言葉ってのは、いつでも心を擽ってきやがるからな。
そう考えると、ゲームをプレイしている人間へ向けたメッセージと解釈した今朝の俺は早合点だったのかもしれない。
単に常連客が俺にアカデミック・ファンタジアのプレノートを制作させ、自分の好きなゲームを広めようと考えたのかも――――
……いや、ウチのカフェとミュージアムにそんな影響力ないか。
常連客なら店の流行り具合も知ってるだろう。
オンラインゲームを取り扱っていないのも。
どうも、これ以上考えても埒が明かないみたいだ。
少し怖さはあるけど、紙の指示通りに行って――――
「……君。春秋君! 聞こえていないんですか、春秋君! それとも意図的に無視してるんですか? だとしたら先生、貴方の事を内申に焦らし上手な小悪魔ミステリアスボーイと書かなくちゃいけなくなりますよ」
「それは嫌です。すいませんでした」
全力で拒否しつつ、話を聞いていなかった為当てられたのに気付かなかった事を反省し、謝意を示す。
俺にとっては――――少なくとも字面上ではごく普通の行動だと思うんだけど、無表情でそれをする俺の姿はやっぱり普通とは少し違っているらしく、クラス中大爆笑。
その結果、俺の陰の呼称はミステリアスボーイになった。
若干、蔑称の雰囲気が漂った気もするけど……ま、いい。
俺にとってこの日重要なのは、担任の評価やクラスメイトからの呼称じゃない。
ゲームだ。
ゲームカフェ【LAG】の木曜夕方は比較的客足が良く、接客業が出来ない俺でも、掃除や皿洗いといった裏方作業で手伝いをする。
ただそれも夕食時の前までで、せいぜい軽食のメニューしかない為ウチで夕食を済まそうという人は殆どおらず、18時を回った頃には閑散としている。
それを見計らって母さんが夕食を作り出す為、我が家の夕食の時間はいつも19時前後だ。
普段なら何も問題ないけど、今日はそれだと遅過ぎる。
「母さん、今日はちょっと用事があるから、俺の分の夕食はナシで良いよ」
そう厨房へ向かって声を掛け、二階へ――――
「ちょーっと待ってみようか、深海」
マズい!
決して捕まってはいけない人に捕捉されてしまった!
母・春秋結子。
父・春秋豪雷とはゲームが縁で結婚し、俺と来未の二人を育てている、我が家の大黒柱だ。
本来なら父に使うべき大黒柱という言葉、春秋家ではこの人にこそ相応しい。
「高校一年のアンタが、家族と夕食を共に出来ない理由ってなあに? 母さん、ちょーっと解せないかな」
来たよ、母さん特有の圧。
声は厨房の方からで、姿は視認出来ないんだけど、それなのにこの圧。
ゲーム好きでカフェのキッチン担当という、如何にも内向的そうなプロフィールなのに、この圧。
我が母親ながら、なんか納得いかない。
「もしかして深海。アンタまさか……ネトゲに手を出したんじゃないでしょうね? も、もし、ももももしそうなら……」
ダメだ、核心を突かれた上に声が震えだした!
このままここにいたら、真実を暴かれる前にあの鋼の肘が顎か鳩尾目掛けて飛んでくる!
どうしよう、どうすれば――――
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