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このミュージアムには、日本で過去発売されたハードやソフトの"現物"が展示されている。
とはいえ、それは決定的な個性とまでは言えない。
中古ショップをはじめとした大手のゲーム専門店に行けば、同じような展示物は沢山あるだろう。
そういう意味では、こっちの方が目玉コンテンツと言えるのかもしれない。
「ところでお兄様。現在はどのゲームの『プレノート』を書いているのですか?」
プレノート――――来未が手に取ったそれは、実際にゲームをプレイして感じた事を記載した物。
各ゲームにつき一冊ずつ用意してあるこのノートの存在こそが、【ライク・ア・ミュージアム】、通称『LAM』最大の個性だ。
プレノートの書き手は父、そして俺、プラス来未。
10歳の誕生日に父から受け継いで、15歳になった今も変わらず続けている。
来未はイラスト担当で、『本格的じゃないけどラフにしては比較的丁寧だね』くらいの書き殴り風イラストを一冊につき4~5枚分描いている。
プレノートを作るゲームは、最新のものとは限らない。
それこそアルファ時代、今から30年以上前のゲームをチョイスする事も珍しくない。
ピックアップの基準は特になく、プレイ期間も特に定めていない。
RPGだからといって最後までプレイするとは限らないし、ラスボスを倒しても暫く続ける事もある。
そうしないと、感想を書く事に縛られてしまって楽しく遊べないからだ。
面白ければ続けるし、合わなければ止める。
自由に遊んで、その結果感じた魅力をそのまま書く。
それがプレノート唯一の決め事でもある。
単に"記録"としてゲームとその感想を誰かに見て欲しいだけなら、プレイ動画を配信するのが一番わかりやすく伝わるし、実際多くのゲームマニアがやっている。
でも、俺はこのアナログな方法に固執している。
まだネットが普及する前から父がやっていた事をそのまま継いでいるから。
カフェにお客さんを呼び込む為の手段だから。
主な理由はその二点だけど、もう一つ俺なりの拘りがある。
それは――――誠実さだ。
プレイ動画の配信は宣伝効果も期待できるからか比較的寛容なメーカーが多く、個人的にも節度を守りメーカーが黙認しているのなら、特に問題ないと思っている。
だから、あくまで俺個人の拘り。
実況という形で動画を配信するよりも、プレイして感じた事や思った事を一旦頭で整理して、精査した上で文章化した方がより正確に物事が伝わる――――と信じるからだ。
そんなポリシーを自分の首にぶら下げ、書いたノートの数は約500冊。
父の書いたものを合わせると1,000冊を超えている。
今まで日本国内で発売された全てのゲームの総数からしたら、ごくごく一部に過ぎない数だけれど、このLAMを訪れたお客さんの多くが喜んでくれているし、それなりの価値は生み出せている……と思う、多分。
その実感があるからこそ、5年もの間変わらず続けられたんだから。
「今書いてるのは……〈アカデミック・ファンタジア〉ってゲームだな」
ただ、今年に入ってこのミュージアムとプレノートには大きな変化が訪れた。
俺は今、オンラインゲームの〈アカデミック・ファンタジア〉をプレイしている。
オンライン対応の家庭用ゲームじゃなく、オンラインである事がゲームの骨子として開発された、家庭用ゲームとは一線を画すカテゴリーのゲームだ。
家庭用ゲーム全盛の時代を生きてきた両親にとって、他ユーザーと共同でプレイするオンラインゲームは未知の領域らしく、またスマホアプリも『課金ありきのゲームはなんかスッキリしない』と未だに偏見を持っている為、LAGではソフトとして店頭で販売されているゲームしか扱っていない。
俺も両親に毒され、中学まではその方針に従ってきたけど、幾らなんでも時代錯誤が過ぎるし、興味もあった為、高校進学と同時にオンライン解禁を決断した。
今プレイしている〈アカデミック・ファンタジア〉は、数あるオンラインゲームの中では比較的ユーザー数が多いけれど、特別に有名という訳じゃない。
スマホに対応していない、昔コンシューマで人気を博したシリーズでもないタイトルだから、知名度は"知る人ぞ知る"程度だろう。
そういうゲームだからこそ、標準的なオンラインゲームとしてフラットにプレイ出来るんじゃないかというのが、このタイトルを選んだ理由だ。
といっても、この前にも数作ほどプレイしてるんだけど。
その過去にプレイした作品も含めて、今のところオンラインゲームそのものに悪い印象はない。
ただ、のめり込むほどハマるゲームもなく、大体一ヶ月くらいで『ちょっと距離を置こうかな』という心境になっている。
そこでオンラインゲーム、というかMMORPGの厄介さが顔を覘かせる。
MMORPGは止めるのが難しい……というか面倒臭い。
ソロプレイ以外のプレイスタイルで、協力し合っている他プレイヤーに何の連絡もせず突然ログインしなくなるというのは禁忌中の禁忌だからだ。
特に回復役を請け負っているプレイヤーが止める場合は、代役の確保が必須と言える。
そんな経験を踏まえた上で、〈アカデミック・ファンタジア〉ではあらかじめ『一ヶ月後に止めます』と宣言してみた。
これはこれで顰蹙を買う発言だし、最悪誰からも相手にされない危険を孕んでいたけど、迷惑を掛けるよりはマシだという判断だ。
その結果――――自由気ままに出入り出来るラボを選んだ事もあって、大事には至らずに済み、幸運にもその一ヶ月付き合ってくれる仲間を二人得た。
「その遊戯は確かオンラインだったと記憶していますが、宜しいのですか? 母上が憤慨した暁にはその顎へ高精度の肘が飛んできましてよ」
「そうは言っても、ゲームの歴史を記録するのなら、オンラインを除外する訳にもいかないし」
「であれば、顎先を肘で掠めるように打たれて脳震盪を引き起こされ、失禁ののち白目を剥いて舌をだらしなく突き出し気絶なさるお覚悟なのですね。ならば私、この機会に失神した人間の無様な姿を模写して画力向上に努めたいと存じます。ついでにその絵をお店に飾って晒し首の如く客寄せに利用しようかと」
……なのに実生活は身内に敵だらけ。
とはいえ、こういう事を作中で実際に言うキャラを演じているだけなんだけど。
我が妹ながら、この演技力には舌を巻く。
「一応全権任されてるから大丈夫……の筈。そもそも、親の顔色窺ってプレイするゲーム決めるなんて変だしな」
「一理ございます。お兄様の深慮に触れ、我が心雨のち晴れ。甘んじて気絶するお兄様を受け入れます。ただし下の処理はご勘弁願いたいので成人用オムツをご用意致します」
「いらないから。スマホ出すな吟味すんな!」
そう言いつつ、一抹の不安を拭えないのも本心。
父さん以上に母さんのオンラインアレルギーは極端だからな。
昔、まだ暗黙の了解やお約束が確立されていないオンラインゲーム黎明期の時代に嫌な事があったらしいが、詳しくは怖くて聞けていない。
母さん、精神状態が夕食のメニューにモロ反映されるからな……
「その件は後で話し合うとして……お兄様、アカデミック・ファンタジアの展示は如何なさるのですか? もしダウンロード版で遊んでいるのならソフトは手元にありませんよね? ならば公式グッズを代わりに展示するのは如何でしょう。サウンドトラックが無難かと思いますが、色合い重視ならクリアファイルセットもお薦め。A2横タペも見栄え良いけど、アクリルキーホルダーみたいなデフォルメ系の方が女の子受けは良いかも。それか……」
「来未さん来未さん、素。素になってる」
「んわ! 今のはナシ! あーやっちゃった……お客様の前じゃなくて良かった……」
グッズコレクターの来未はその手の話になると我を忘れる困った子。
あんまり目にする機会はないけど、コイツの部屋は今まで集めたあらゆるジャンルのグッズでいっぱいだ。
カーテンもベッドシーツも枕カバーもアニメグッズだし、壁一面タペストリーとポスターで埋まってるし、傘はもちろん痛傘だ。
そして部屋の隙間という隙間に大小様々なフィギュアが置かれている。
隙あらばPVC塗装済み完成品フィギュア、そんな状態だ。
「ま、その件もあとで話し合うとして、その前にちゃっちゃと掃除終わらせよう。先週はあんまり客足伸びなかったから、汚れも少ないみたいだけど」
「今週は頑張らないとねー♪」
キャラ作りは一旦終了らしく、完全に素に戻った来未が鼻唄混じりにモップで雑巾掛けを始めた。
俺も乾拭き用の雑巾を持ってくるとしよう。
――――そう思った刹那の事だった。
プレノートを陳列している棚に何気なく視線を送った俺は、違和感を覚え思わず目を凝らす。
ネズミなどの動物じゃなさそうだし、当たり前だが幽霊や妖精がいた訳じゃない。
違和感の正体は――――異物。
四段ある棚の下から三段目、ちょうど俺の視線の高さと同じだ。
無数に並ぶノートの列に、折り畳まれた紙が挟まって突き出ている。
意図的に誰かが差し込まなければ、こんな状況は生まれない。
俺に心当たりはないし、わざわざこんなゴミの捨て方をする奇特な客がいるとも思えない。
微かな緊張感が、俺の首筋に冷たい吐息を吹き付けてきた。
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