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 我が家のリビングは、一般家庭の居間とはやや異なる風情を持った、でも妙に落ち着く空間だ。


 主な原因は壁に貼り付けられたゲームの販促ポスター。

 ただし10年近く前の物で、既に風化し色もくすんで、セピアを通り越しデストピアな様相を呈している。


 そんなボロボロなポスターを居間に貼っているのは、それが両親にとっての馴れ初めだったからだそうな。


「《ラディカル・ヒストリア》……これを超えるゲームと出会う為に、俺はゲームカフェを始めたのかもしれない」


 不意に聞こえて来た父の声を無視し、ポスターから時計へ目を移す。

 登校時間にはまだ遠い。

 余裕のあるうちに母さん言いつけを守るとしよう。


「おいコラ深海。待ちなさいフカウミ。俺の一世一代の大決心から来場者数100人突破の伝説の一日までの一連のエピソードを一日一回聞くのがお前の務めだろう」


「棺桶に尻突っ込んだジジイじゃないんだから、いい加減人生のピークを毎日振り返るのは止めろよ」


 残念ながら無視を徹底する事は出来ず、痛恨の思いで振り向く。

 当然そこには父がいた。


 我が家の大黒柱……かどうかは兎も角、40代突入寸前ながら未だにゲームをこよなく愛する永遠の童心を手にした男。

 悔しいが、尊敬せざるを得ない。

 とはいえ、その本心を大っぴらに出来るほどの大胆さは俺にはなく、それを隠す為もあって、基本父には素っ気ない態度を取ってしまう。

 

「ピークか……そう言われても反論は出来んな。最高のゲームとの出会い、そして感動……あの頃は良かった。90年代は本当に良かった。毎週のようにクッソ高いゲームが大量にリリースされて、死ぬほど金が飛んで……でもそれが最高に痛快だった」


 あと、何かと自分の青春時代の90'sを賛美する懐古趣味は頂けない。

 それでも概ねユニークなこの父に対する不満は少ない。

 俺が幼少期からずっとゲームで遊べているのは、この父のお陰でもあるし。


「はいはい、90年代最高最高。そんじゃ俺は掃除あるから。母さんに言われてるんだよ」


「む。なら仕方ない。我が家は母さんが絶対だからな。逆らったら日常生活に支障を来たす角度で肘が飛んでくる」


「あれ父さんから言ってよ。身内に肘食らわすの絶対おかしいって。ゲンコツかビンタで良いだろ? なんで殺傷力優先なんだよ」


「甘んじるんだ深海。ゲーム好きな母さんの宿命なんだよ。ゲームと殺傷力って親和性高いから……」


 遠い目をして語る父に余り強くは言えず、俺はさっさと背を向けミュージアムへと向かう事にした。


 我が春秋家は、郊外に構えた二階建ての一軒家だ。

 ただし外装、内装共にオシャレなカフェとは縁遠く、どちらかというと避暑地のロッジっぽい田舎臭さが売り。

 築18年の木造住宅をかなり強引に改造して、一階の大半をカフェエリアにしている。


 その家に隣接する形で、もう一つ建物がある。

 元々倉庫だった為に居住空間はなく、広さは学校の職員室くらいだ。


 室内には無数の棚があり、一見すると本のように見える"ある物"が敷き詰められている。

 "ある物"のサイズと形状は区画ごとに異なり、ほぼ正方形の物もあれば長方形の物もあり、厚さもそれぞれ異なる。


「あらお兄様。どうなされたのかしら、鳩が9mmパラベラム弾食らったような顔して」


 その中の一つを手に取りながら、来未が薄ら笑いを浮かべ待っていた。


「例えで実の兄を殺すの止めろ。ってか何でお前がここにいるんだ」


「お兄様のお手伝いを。私はお兄様のお役に立てるのであれば臓器をも差し出す覚悟です」


 ヤンデレなキャラになり切った来未は、涼しい顔で猟奇的にそう訴える。

 基本、木曜の朝はキャラ作りを固める為によく絡んでくる。

 鬱陶しいと言いたいところだけど、家の為に努力している妹を無碍には出来ない。

 

「ありがとう。臓器はいいから雑巾で展示台を拭いてくれ」


「あらお兄様。朝からそんなアダルトなご冗談を妹に言ってどうなさるおつもり?」


 ダジャレ=親父ギャグ=大人の冗談=アダルトな冗談、という事らしい。

 なんか釈然としない。


「それにしても、いつ来てもここは壮観でありますこと。日本の一大文明を集結させた、ルーブルにも負けず劣らずの歴史的名所です」


 そう呟きながら、来未は手に取っていた物――――ユートピア4用ソフト【ハイスクール・テラス】のパッケージを棚へと仕舞った。


 ここはLAGの別館であり、目玉の一つでもある、ゲーム博物館【ライク・ア・ミュージアム】。

 父は略してLAMと読んでいるけど、LAG同様普及の兆しはない。


 このLAGには、1980~90年代に日本国内で発売されてきた家庭用ゲーム機とそのソフトの殆どが展示されている。

 特に、この頃を代表する《アルファ》《オメガアルファ》《アルファ21》、そして《ユートピア》など、ハードのソフトは完全網羅していて、父曰く"家庭用ゲームの宝物庫"だそうな。


 宝物庫……と言うと聞こえはいいけど、実際には宝というより墓場に近い。

 一応どのゲーム機もソフトもまだ動くと思うけど、年内に起動確認をしたのはごく一部しかなく、標本に近いコンディションで保管されている。


 2000年以降に発売されたゲームもそれなりに揃ってはいるけど、経済的な理由で揃え続けるのは難しく、中古で格安価格になったソフトや、さっき来未が手に取っていた【ハイスクール・テラス】のような個人的な趣味で新品購入した物に限られているのが現状。

 中途半端さは否めないけど、それも仕方がない。

 何しろ、日本の家庭用ゲームは数が多過ぎる。


「父さんや母さんが生まれる前から始まった娯楽文化だからな。ルーブルは兎も角、日本の一大文明ってのも意外と大げさじゃないかもしれない」


 その家庭用ゲームの歴史は長く、西暦2019年の現在から遡ること44年、1975年に産声をあげた。

 ただ、当時はゲーム機とソフトが一体化していて、一つのゲーム機で一つのゲームしか遊べない上に高価だった為、ある程度普及はしたものの、一般的な娯楽にまでは発展せず停滞していた。


 そんな中、1978年にアーケードゲーム〈エイリアン・ウィスプ〉がハイパーメガヒットを記録。

 これに伴い、『ゲームが金になる』という共通認識が芽生え、日本各地のゲーム好きが一念発起し開発・販売に意欲的となった結果、携帯用ゲームやソフト交換型家庭用ゲーム機が誕生した。


 そして、その中で最も普及したのが、柳桜殿株式会社の《アルカディア・ファミリア》。

 "アルファ"の愛称で親しまれたこのゲーム機は、国内だけで約2,000万台、全世界で6,000万台以上を出荷し、空前の大ヒットを記録。

 以降、家庭用ゲームは子供だけでなく大人にも娯楽の一分野として定着し、数多くのゲームメーカーがハード・ソフトの開発と販売を行い、ゲームは一大産業を担う分野へと発展した。


 その後は消長を繰り返し、時には斜陽の時期を迎えた事もあったものの、その都度大ヒット作や新ハードの普及、新技術の登場によって息を吹き返し、2019年現在もオンラインゲームやスマホアプリをメインストリームとし、コンピュータゲームは日本の娯楽の中心であり続けている。

 このミュージアムは、ほんの一部ではあるけれども、日本のゲームの歴史をいつでも振り返ることが出来る場所。

 俺にとっても、そして春秋家にとっても、色んな意味で特別な空間だ。


「とはいえ、コンピュータゲームの発祥の地は別に日本でもないのですけれども」


「……ま、そうなんだけどな」


 それでも、特別な空間だった。

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