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「あら、もう覚醒なされておいででしたか。さすがはお兄様、睡眠時孤独症候群に耐え、よくぞ常闇の魔力から逃れました。貴方の名は未来永劫、この世界の蒼空に刻まれる事でしょう」
――――声が聞こえる。
やたら耳に馴染んでくるその声は、物心つく前から慣れ親しんだ身内の声。
というか、妹だ。
俺の部屋に無断侵入し、奇妙な言動で微笑みかけている彼女の名は春秋来未。
これで「ひととせ くるみ」と読む。
苗字の珍しさも手伝って、若干キラキラネームっぽい仕上がりになっているけれども、本人はいたくお気に入りだ。
「今朝の日光は常闇の眷属たるヴァンパイアにさえ幾ばくかの余命を与えるほど慈悲深きもの。さあ、更なる勇気を持って月のカーテンを開くのです、お兄様」
華奢なその身体にフィットしたゴスロリチックな衣装を時折左手で擦りながら、来未は薄く笑む。
横ポニーを束ねる髪留めもホワイトブリムっぽいデザインで、見事な統一感だ。
「で、今日は何キャラなんだ? 毒舌メイド?」
そんな外も内も奇特な妹に向け、俺はそう問いかける。
それに対し――――
「んーん。子供の頃にお金持ちの家に養子に出されてヤンデレになって戻って来た妹。ほら、〈ハイスクール・テラス〉の湖子ちゃん」
「ああ、あの歪んだ女キャラしかいないゲームな。大変だなお前も。嫌になったりしないのか? その仕事」
素に戻って、にへーっと笑う来未。
彼女へ向けた俺のその言葉は、同情というよりは共感に近いものだった。
我が春秋家の自宅は、両親の職場も兼ねている。
そしてその職場はというと、世間一般で言うところのカフェに該当する。
ただし、落ち着いた時間を提供するカフェとは言い難い。
都内にあるようなオシャレで洗練された憩いの空間とは対極にある。
ゲームカフェ【ライク・ア・ギルド】。
それが、山梨県の片田舎にポツンと立つこの家の、一階フロア全般を総括した名称だ。
略してLAG、"ラグ"とオーナー兼店長の父は呼ばせたがっているが、浸透している様子はない。
ゲームカフェと説明すると、年配の人は数十年前の喫茶店を想像するらしい。
宇宙侵略ゲーム〈エイリアン・ウィスプ〉が社会現象を巻き起こしていた時代、喫茶店にはゲームセンターやアミューズメントパークのようにゲームの筐体が設置されていたという。
それも、場末のスーパーの片隅にあるこぢんまりとしたコーナーじゃなく、喫茶店の各テーブルが筐体になっていたというから驚きだ。
でも、LAGは生憎そんなお茶目な作りにはなっていない。
かといって、家庭用テレビゲームやアナログカードゲームで遊べる訳でもない。
家庭用ゲームをテーマにしたメニューを出したり、展示を行ったりするカフェだ。
アニメとコラボレーションして、特典を用意したり、登場キャラクターをモチーフにしたメニューを販売したりしているアニメカフェが近年増えているというけど、そのゲーム版というのが多分一番わかりやすい説明だと思う。
妹の来未も、そして俺も、平日の夕方や土日祝日はそのカフェの手伝いをしている。
はっきり言って全く流行ってない為、従業員を雇う余裕が微塵もないからだ。
この手の客層が偏ったカフェは、どれだけ競争が激しくなろうとも、またどれだけベタでも秋葉原や池袋を拠点とするのが圧倒的に優位。
ゲームセンターが年配者の溜まり場になって久しい現在であっても、田舎でゲームカフェは無謀……というか、道楽以外成り立たない。
実際、このLAGも例外である筈もなく、人件費一名分消費しようものなら一年で店が傾くくらいに経営は切迫している。
有名チェーン店ならまだしも、業界へのコネなんて一切ない個人店だから、ゲーム作品の描き下ろしイラストをグッズ化するなどのマーチャンダイズビジネスや、スタッフ・声優をゲストに迎えてのトークイベントなども出来ないし、劇的な業績良化は望めないのが現状だ。
だからこそ、大手には出来ない創意工夫をしよう――――という事で、妹は有名ゲームのキャラになり切り、週替わりでキャラ変して接客業に臨んでいる。
先週は〈疾病キャプチャー〉という病気を擬人化・美少女化した訳のわからんゲームの人気キャラを演じていた。
あれもヤンデレっぽかった気がするけど……ま、2週連続ヤンデレ接客ってのも、それはそれでアリだろう。
「あ、そう言えばお母さんが早く起きてミュージアムの掃除しといてって言ってたよ。今日は昼間からお客さん来る日だから」
「木曜だもんな……わかった。ちゃっちゃと着替える」
木曜は家庭用ゲームの発売日だ。
大学生を中心に、ある程度時間に余裕のあるゲームファンが、新作を店頭で買うついでに寄ってくれる書き入れ時。
それに合わせて、新メニューの追加や妹のキャラ変などは木曜に行うようにしている。
スマホアプリに代表される、ゲーム機を買わなくても手軽に遊べる種類のゲームが台頭して以降、家庭用ゲームのシェアは右肩下がり。
それでもゲームに金をつぎ込む熱心なファンの比率は依然として高く、ここLAGを訪れるお客様も殆どが家庭用ゲーム愛好家だ。
彼等に満足して貰い、固定客として定期的にお越し頂くのが、LAGを存続させ、俺達春秋一家の生活を安定させる唯一の方法。
そして俺は、その為の一コンテンツを幼少期から担っている。
それが、さっき来未が言った『ミュージアム』だ。
「……着替えるっつってんだろ。早く出て行けよ」
そう言いつつも既にTシャツを脱いで上半身裸になっている俺を、来未はじっと眺め続けていた。
妹に裸を見られたところで、今更羞恥心を刺激されたりはしない。
寧ろ、思春期の森でブルーハーブを奏でるお年頃の来未の方が、恥ずかしがるなり嫌悪するなりしなけりゃおかしい筈なんだけどな……
「にーに」
「普通に兄って呼べっつってんだろ。で、何」
「相変わらず身体のパース狂ってるよね。背骨曲がってるんじゃないの?」
「現実のパースが狂うか! いいからさっさと出て行きやがれ二次中!」
イラストレーターになるのが夢で、日頃色んなイラストをデジタルで描くなど二次中心の生活を送り、その結果三次元と二次元を混同するに至った中学二年生の女、略して二次中。
そんな来未はゲームカフェを営む両親や俺とは違い、ゲームよりアニメや漫画をこよなく愛し、グッズ収集も精力的に行っている――――が、家庭の事情を優先し、さっきみたいにゲームキャラになり切って接客業を手伝っている。
そして、手伝いで得た報酬で趣味のグッズ、更にはペンタブなり画集なりを買い集めている。
痛いところもあるけど、夢への前進と家族への貢献を同時に満たしている、自慢の妹だ。
その妹を追い出して颯爽と着替え終えた俺は、二階の自室を出て滑るように階段を降り、一階のリビングへ足を踏み入れた。
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