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 研究施設『ソル・イドゥリマ』は、この〈アカデミック・ファンタジア〉をプレイしているユーザーにとって拠点に該当する施設。

 ここで自分達の条件下において受注可能なオーダーを選び、実証実験を行う試作品を受け取り、それを一定数使用するのが基本的なこのゲームの流れだ。


 メインストーリーを進める『ラボオーダー』の受注条件は、レベルや他オーダーのクリアといったソロプレイで満たせるものばかりなのに対し、経験値や報酬を得るのが目的のサブオーダーの条件は参加人数、所持アイテムなど多種多様。

 アクティブユーザーが少ないノクターンにとっては参加人数がネックになる事が多く、キャリア三週間の俺でもいるだけで貢献出来る。


 今回受ける事になったオーダーは《No.0336 骸骨は何度嗤う?》。

 プレイ時にネット上の攻略サイト等は一切見ないから、推奨Lvは不明だけど……難易度は★3つだから大体15~20程度だろう。

 今の俺のLvは12だけど、アポロンが56、ソウザが30だから俺が足を引っ張らない限りは問題ない。


 試作品として、研究者から〈髑髏ワインダー〉という武器――――釣り竿を人数分受け取り、早速装備。

 このゲームは全員が実証実験士〈オプテスター〉という職業で、どんな武具でも装備可能だ。

 釣りが苦手だろうと関係ない。


「またネタ武器かよ……最近多いな。ネタ切れか?」


「毎日のように新アイテムが投入されているんだ。仕方がないだろう」


 アポロンは呆れつつ楽しそうに、ソウザは淡々と、ワインダー部分がスカルデザインの釣り竿を装備し終え、共にソル・イドゥリマから出る。

〈アカデミック・ファンタジア〉では現在、ソウザの言うように連日新たなアイテムとオーダーが実装されている。

 サービス開始1周年を記念した『エブリデイキャンペーン』らしいが、開催して一週間以上経過した現在もそのペースを持続しているから驚きだ。


 毎日サーバーメンテナンスを行ってる訳じゃないし、時限式で仕込んでいるんだろうか?

 その辺の理屈は、オンラインゲーム初心者の俺には良くわからない。

 オンラインゲームの飽和期に差し掛かっている今の時代、長く運営するにはそれくらいの企業努力が必要なんだろうか。


「レンジは15。釣り竿だけあってクッソ長ぇーな。敵さんに近寄りすぎるなよ」


「了解」

「あいよ」


 髑髏ワインダーの仕様書を読んだアポロンの指示を聞きつつ、俺達は早々にソル・イドゥリマのある研究都市『スクレイユ』から出て、フィールドへと足を踏み入れた。

 

 アカデミック・ファンタジアにおけるユーザーの当面の目的はオーダーの消化だけど、シナリオ上の目的は世界樹を食い荒らしているイーターという化物の殲滅だ。

 研究の為に必要な万能素材を守る為、研究者達は日々様々な装備品や魔法を開発している。

 それを俺達オプテスターが試用し、安全に使えると証明して、普及・定着させる。

 その繰り返しによってイーターへの攻撃手段の充実化を図り、根絶を目指す――――それが研究都市『スクレイユ』、そして俺達プレイヤーの使命だ。


 ジャンルはオーソドックスなMMORPGで、画面上には会話用のボタンをはじめ、様々なボタンやゲージが表示されている。

 戦闘に複雑なアクション要素は殆どなく、攻撃の際の操作はタイミングを合わせてタッチパネルをタップするという、これまた良くある仕様。

 PCにも対応していて、マウス・キーボードどちらでも操作可能らしいが、俺はPC版でプレイしていないからその操作性の評価は出来ない。


 スタンダードな点が多いこのゲーム、一方でバトルに関しては『まだ完成していない装備品や魔法の試用』がメインの為、クエストの度に装備品が変わるという、やや特殊な性質を持っている。

 また、各武器には射程(レンジ)が細かい数字で設定されていて、剣だろうと銃だろうと、その射程に合った敵との距離で攻撃しなければ本来の威力を発揮出来ないし、何より実験にならない為、オーダークリアの条件を満たせない。

 よって、いち早くその適切なポジションへ移動することが重要になってくる。


 射程は仕様書に記されているけど、何しろ試作品だから、必ずしもその記載通りにいくとは限らない。


「ゲッ! 届かねーじゃねーか!」


 早速その具体例が目の前で繰り広げられてしまった。

 フィールド上にいた、イーターの下級種――――要するにザコへ向かって攻撃を仕掛けたアポロンだったが、その攻撃は敵に届く前に地面にポトリと落ちた。


 ちなみに髑髏ワインダーは釣り糸の先にトゲトゲの鉄球が付いた武器で、振れば糸が伸び敵へ向かって飛んでいくというもの。

 モーニングスター+けん玉って感じの武器だ。

 名前や見た目は禍々しいけど呪われている訳じゃないらしい。


「恐らく正しい射程は13か14だ。シーラ、回復を頼む」


「うい」


 了承の意を示し、俺は攻撃に失敗しカニのような姿の下級種[カルキノス]にぶっ飛ばされたアポロンへ向かって、回復魔法〈ニュウ〉を使う。


 このゲームの魔法は正式名称を『世界樹魔法〈ユグドマ〉』と言って、世界樹の樹脂〈レジン〉を体内に取り込み、手に刺激を与える事で発動・出力させる。

 刺激の与え方としては、指を軽く擦る、両掌を擦り合わせる、強く握り締める等。

 体内に摂取するレジンの空気や水分との比率、『固める』『溶かす』など加工の仕方等によって出力される魔法は異なる――――という設定だ。


 当然、プレイヤーがそんな動作や考察をする必要はなく、画面上のボタンをタップして使用する魔法を選択するだけ。

 このゲームにはクレリックやソーサラー、僧侶や魔法使いは存在せず、誰でも魔法が使える。


「ヘッ、過保護な野郎だぜ。あんな攻撃でこのオレの鍛え抜かれた肉体が悲鳴を上げるとでも思ったかい? でもありがとよ」


 明らかに俺が女だったらと期待しての下心全開なツンデレ芸を披露しつつ、全快したアポロンが即座に立ち上がる。

 戦闘中にこれだけ無駄口を叩く奴は結構な変わり者なんだろうけど、全くプレイに支障を来たさないのも凄い。

 しかも、さっきのソウザの分析を見逃していなかったらしく、直ぐさま一度目より若干敵との距離を狭め、スムーズに攻撃開始。

 なんだかんだで、このゲーム……というかオンラインゲームに慣れているのが一目でわかる円滑さだ。


「っしゃー! クリティカル!」

「射程は13で確定だ。シーラ、行けるか?」

「ああ。大丈夫だ」


 実験オーダーをクリアするには、試作品を装備し一定数のクリティカルヒットを発生させる必要があり、その為には正しい射程での攻撃が必須。

 一人で攻撃するより、パーティー全員で装備して攻撃する方が早く終わる為、俺も攻撃へと加わる。


「おっしゃクリア! ザマ見やがれカニ! テメーらなんて毛がなきゃただの下等甲殻類なんだよスベスベミソッカスが!」


 四匹目のカニを倒したところで、オーダークリアの条件を満たしたというアナウンスが表示され、アポロンが両手を突き上げ歓喜を露わにする。

 MMORPGでは、こういう場に即したジェスチャーは割と重要で、この何でもない動作一つがパーティー内の空気を維持・良化させる。

 彼のこういう素直さは皮肉でもなんでもなく純粋に素晴らしいと思う。

 

「これで一応今日のノルマは達成だな。シーラはこれからどうする?」


 一方、ソウザはアポロンのような雰囲気作りはしないけれど、こうやってさりげなく問う事で、いつも俺が抜けやすい空気を作ってくれている。

 新入りが『これから用事あるから』と切り出すのは意外と勇気が要るからな。

 彼は本当に気遣いの人だ。


「ああ。悪いけど、今日はこれくらいで抜けさせて貰う」


「ンだよー。もう帰んの? シーラちゃんいないとオレ寂しいー」


「だから俺は女じゃないっつってるだろ。あんましつこいと顔写真送るぞ」


「マジ止めて! まだもうちょっとだけ夢見させて! 現実って直視すると目が潰れるの!」


 本気で泣いてそうなくらい必死に訴えてくるアポロンは無視し、気を使ってくれたソウザに礼を言って、俺はアカデミック・ファンタジアの世界からログアウトした。

 続いてハードの電源も落とすと、光源を失った部屋は日中でありながら濃い闇に覆われる。

 窓は遮光カーテンに覆われていて、立体的された闇は容赦なく俺の視覚を脅かし、現実となって迫り来る。


 そしてそれは、ある種の儀式でもあった。


 ゲームをする際、部屋を真っ暗にするという習慣が子供の頃から俺にはある。

 よりドラマティックに、よりダイレクトにゲーム画面へ没頭出来るからだ。

 映画を観るのと同じような感覚だと言えば大抵の人は納得してくれるから、奇行って程のものでもないだろう。


 現在の時刻は午前6時。

 普通の学生なら起床時間だけど、俺にとっては程よく脳が活性化している時間帯。

 とはいえ、その要因と目的が朝ゲーとなると、やっぱり健全とは言えない。


 それでも、俺はゲームをしなくてはならない。

 遊びたいから遊ぶ、という欲望の解放とは少し異なる事情で、毎日何らかのゲームをプレイしなくてはならない。

 俺には明確な目的がある。

 その目的の為に、今日もこうして――――


「お兄様。本日は心地善き朝でございますよ。そのポリストーン製のように脆い心を奮い立たせて、睡魔に立ち向かって下さいませ」


 ――――不意に聞こえたその声に、俺は思わず眉をひそめた。


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