幸福の目 無言の愛、マルガリータ
夜の8時47分。暁烏は、誰もいないバーの隅っこで、緑色のエプロンをきたヘアバンドで髪をかきあげた男を静かに待っていた。目をつぶって。
(あの人からは、目を開けるなって言われてるし。……でも、…………ちょっと酒臭い。)
すると、足音を鳴らしながら男が暁烏の隣に座ってきた。暁烏の手前のテーブルにコーラが入ったコップを置きながら、暁烏に「目を開けていいよ」と言った。
ゆっくり目を開ける暁烏、それを見守る男。
「…あの、……此処、……どこなんか教えてくれへん?」
「此処?只のバー、バーのマルガリータ。そこんとこ、宜しくね?主に出すのジュースで、お酒苦手な人向けのバーなんだよね。あ、備考で子供も大歓迎。」
「マルガリータ…。奇妙な名前やなぁ。」
「カクテル言葉が好きなんだよ。無言の愛ってのが。」
少し不貞腐れたバーテンダーの男は、そっぽを向いた。
大分、緊張が取れてきた暁烏の思考はこうだった。
1、先ず名前を聞くこと。
2、何故、暁烏は此処に居るのか。
3、〝あれ〟から何が合った。
「……あの、名前をお聞きしてもよろしい?」
「あ、名前!言うの忘れてた!ごめんな!!朝霧愛染(あさぎりあいぞめ)っていうんだよ。気軽に愛ちゃんで宜しく〜!!」
とびきりの笑顔を暁烏に向けたようだが、それに動じない暁烏はまた新たな質問に移った。
「俺は、何で────」
ここに居るかを問おうした時、朝霧が言った。
「ここに居るんや、か?」
「…話の先読みが出来てんなら言ってくれはってもええやないすか。」
「ごっめんねー♪こういう焦らしするの好きでね。」
「性格、中々の悪ですやん。」
テヘペロと舌を出した朝霧を無視し、1度コーラを口にした暁烏。飲んだ後、口を手の甲で拭く。
「……話すよ?まず、君は………何らかの〝威能者(いのうしゃ)〟だ。」
「……もう1回お願いまっす。」
と、人差し指を立てる暁烏に対して朝霧は冷静。
「〝威能者(いのうしゃ)〟なんだよ。暁烏才神くん、君(きみ)は。」
「……何の、ジョーダンなんや。もうちっと、ええジョーダンつきぃーや?愛さん。」
「冗談じゃないって!!後、名前呼びありがとう!!!」
そう言いながら、朝霧は立ち上がり、通路へと行き止まると左右前後を見て言った。
「話す所、ちょっと変えようか?」
言い終わった直後に指を鳴らす。瞬きをしたその瞬間、目の前の〝空間〟が変わっていた。大きく風も吹いている、鮮やかないい匂いが鼻を突く。花弁が舞う。
「変わっただろ?」
「此処、……花畑?…でも、なんで何や、……。」
また、朝霧が指を軽く鳴らすと元のバーに戻る。
「俺が、〝威能者(いのうしゃ)〟だから。」
誇らしげに言ったその言葉は、この状況に関しては信憑性が深まる。
「……聞かせてくれへん?その〝威能者(いのうしゃ)〟の話。」
「よーやくか。
じゃあ、まず、先に注意事項。」
腰に左手を当てて右手の人差し指を真っ直ぐ立てる朝霧は、それに続けてこう言った。
「これは、悪魔でも俺の解釈。つまり、自己解釈に過ぎない。だから、間違ってても仕方ないからな。で、まぁ、…これだけ。」
朝霧から目を逸らしながら、暁烏は「よく分かりましたわ」と答えた。
「じゃあ、お前が質問したい所も全部含めて説明するな。
〝威能者〟ってのはな、まぁ今の俺みたいな力を持った者を示すは示すが…」
と、言いながら胸ポケットから少し大きめのメモ帳とボールペンを取り出すとメモ帳を机に置き開くとシャッと音を立てて【威能者】と書き終え、机の上にボールペンを置くと口元に手を置き、また続け出した。
「異能者って漢字では思うだろ?でも、違ぇ。…ここら辺の威能者は格別。戦闘向けもあるけど、全く戦闘にも向いていない力もある。
例えば、俺や……お前。」
朝霧は、空いた手で暁烏を指差した。
「…何で俺なんやって顔してる気がするな……先ずは、お前のその目。ゾワッてしたんだよ…お前の目を見つめた瞬間、……」
胸元の服をギュッと強く掴む朝霧の顔は、少し微笑んでいた。そこで、暁烏が一言。
「……ときめいたんすか?」
「この話の流れで行くと、恐怖に慄いた感じになるけど良いの?」
「嫌、別に良いは良いですけど…。」
「良いのかよ!」
すると、朝霧はまたボールペンを持ち、メモ帳に何かを書き始めた。【ムードメーカー】と書き起こした。
「…これが俺の力の名前。」
「ムードメーカーすか。」
「……君のは?」
暁烏は、手を組み口元に手を置く。
「……名前ー、名前……んーっと………。」
幸福、××、目、の、不幸、降り注ぐ。
─────────〝幸福(しあわせ)の目〟。
「〝幸福(しあわせ)の目〟…」
暁烏がそう呟いた時、朝霧が冷静に暁烏に問いかけた。
「もしかして、沢山の文字…浮かんだ?」
「え、何で分かったんや?」
「…力の名前はそうやって、出てきたからなぁ。俺はな。」
立ち上がり伸びをすると朝霧は、暁烏のコップを指差し、「もう一杯いく」と問いかけられた。
「その前に小便行かせてもろてもええ?」
「あ、行っトイレ〜♪」
と、手を振る朝霧。暁烏は、【W.C】と彫られた看板の右隣のメンズ専用トイレに小走りで入り、1番奥のに入り込む。
洋式トイレで便座に座る。
(威能者?……意味、分っかんねー。しかも、何だよ………〝幸福(しあわせ)の目〟って……)
両手の指を重ね合わせて、おでこをそこに置いた。
(……幸せ………)
目を閉じた暁烏は、今までの出来事を振り返っていた。
まず、学校に入学して間もない頃優しく努力を惜しまない女の先輩が凄くよく接してきてくれた時、暁烏がぼーっとしていて花瓶を割ってしまい、先輩を怪我させてしまったが。先輩は、暁烏の所為じゃないと言ってくれた。その先輩は、恋に苦しんでいたらしいがその怪我をした時、すぐにその想い人が駆けつけてきて、両想いってのが分かったらしい。その時の光景が少女漫画みたいだったらしい。これが、あの〝1回目〟。
「ちょっと、待ったってや。俺、全員と関わりがあるやん。」
そう思った暁烏の手は、トイレットペーパーを巻き取り用を済ますとすぐさま個室を出て、手を洗い、朝霧の所へと向かった。
「愛さん、俺の話ちぃと聞いてくれへん?」
朝霧の手には煙草があり、ついさっき吸い始めた様でまだ5mm程度しか消費していなかった煙草の吸殻を捨てた。
「煙草吸ったまま、良かったんやけど。」
「子供の身体には悪いんだよ。親だって、お前を産むまで我慢してたかもしんないぞ?」
「そーかもなぁ。」
「で、話って?ちぃと聞いてやんよ。」
暁烏は、真似せんといてと言って話を進めた。
今までの高校生活の話を朝霧にした。朝霧も、親身になって聞いてくれた。
「……そんで、今に至るんやけど…あれもこれも〝幸福の目〟ちゅーのが原因?」
「だと思うよ。全員、君の目先に合ったなら。」
「初めての友達だったり、先輩の優しさだったので見てたんやなぁ…」
頬を掻きながら笑った暁烏の頬を思いっきり抓る朝霧の手には、名刺が握られていた。頬を抓り終わると、頬を抑える暁烏にすっと朝霧は手に持っていた名刺を渡す。
「いつでも来いよ。それか、このまま行方暗ます?」
「…勘弁しますわ。」
と、名刺を胸ポケットにしまいながら言った。
「……まだ、あれから時間は経ってないけど。外は暗い。この辺じゃ、危険な場所が多すぎる。けど、帰る?」
「帰らんと今晩のご飯が食えへんからなぁ、」
「ご飯位奢るよ?」
「嫌、早々ない機会やから。遠慮しとくちゅー訳や。」
暁烏は、立ち上がると朝霧に鞄を要求した。すぐさま、鞄を持ってきた朝霧がもう一つと告げた。
「ここさ、夕方でもやってるんだけど。働かない?バイトでさ!」
「……あ、LINE交換しますか?」
「おっ!良いねぇ。頭冴えてる?」
「赤点四つとるほどの馬鹿っすけど。」
携帯のLINEで暁烏のQRコードを読み取る朝霧。その体はリズムよく揺れている。
「……なんすか?んなに腰振って。」
「嬉しいんだよ!威能者に会えて!!まぁ、い能者と言う威能者じゃないけど!!」
「軽くこの力?…の事を罵倒せんといてください。」
「SorrySorry髭?」
小声で「そーりー」と棒読みをしながら、鞄に携帯を入れ、店を出る。
(……バイト……良いかもな。)
外は本当に暗く、夜の街と化している。携帯のメールの履歴を見ると暁烏の母が何通ものメールをしていた。
「…早う帰らなあかんな。」
携帯の履歴を開封済みにするのに夢中になってしまい、目の前から来る酔っ払ったサラリーマン達に気付かなかった暁烏は案の定ぶつかってしまった。
「あっ……すんませ────」
謝罪の言葉を聞かぬまま、いちゃもんを付けてくる。「前見ろ」「最近の奴は」など自分が学生だからと言わんばかりのいちゃもんに変わってゆく。
「ちょっと待てよ。」
と、大きな男の人が暁烏とサラリーマンの間に割って入る。
「それは、コイツだけの問題じゃねーし。全体の問題だろ。歩きスマホだって、お前ら酔っ払いと一緒だ。周りを見ずに見る。…あ、これ、矛盾してんな。周り見てんのは良いけど、人の迷惑考えろ。」
すると、大きな男の人の手が暁烏の方に伸びてくる。その手にはスマホ、画面には【今の内に逃げろ。お前の後ろで手を振ってる奴の後についてけ。】と映されていた。
暁烏は、横目で後ろを見るとフードを被った身長の高い人が口だけを見せて微笑んで手を振っていた。恐る恐る、そっちへ向かうとその人とある程度距離を詰めたと思った時、その人が小走りで走り始めた。暁烏は、急いで鞄を抱き抱えて走り始めた。路地裏の細道に入る、見失いそうになりそうな道。それでも、ある程度その人も暁烏に合わせてくれている様で見えなくなると少し遠くで止まってくれている。
(…感謝しなくちゃな。)
と思いつつ、走る。
すると、甲高くも白々しい大声が響く、こう問いかけられた。
「少年!!君どこ住み?!」
焦った暁烏は、早口で答えた。それへの返答は返って来なかった。だが、その質問をしてきた理由はすぐに分かった。それは、その通りを出た真ん前にタクシーが合ったからだ。
タクシーの運転手は、暁烏に早く乗れと急かす。それに釣られた暁烏は乗って、走行中に運転手から話を聞いた。
釣りは良いから今から来る少年を箕(みの)駅前まで送り届けてやってくれと一万円を払ってきたらしい。そこまでは、複雑な道なのだが5千でいいらしかったらしく運転手も大金を貰っても良い気はしないみたいで、後の5千を暁烏に渡してきた。
「俺にゃ〜、そんな大金貰えねー。どうか、使ってやってくれ。若造。」
と、頭を搔く。お金には余り執着してないようだ。
「…でも、おじはんか使ってくれはった方がええんとちゃう?その方がええと思うで。」
暁烏は、前屈みになると前の運転手側の方に右肘をかけ、5千を返そうとする。
「かまわんかまわん。使ってやりーね。」
右手でそのお金を押し返す運転手、その顔は何処と無く笑みが零れている。
「どうしたんや?」
「嫌ー、孫と一緒に遊んでいるみたいな感覚になってなー。」
「孫いるんか?」
そう問いかけると、少し悲しい顔をしてか細い声で答えた。
「居ないな。でも、まあ、良いじゃないか。…おい、坊主!」
途端に笑顔になると暁烏のことを呼んだ。
「な、何や?」
「学校楽しいか?」
「ん? ああー、まあまあやなー。」
「楽しめよー?人生1回限りの学校生活!楽しまなきゃ損だ!」
急に喋り方がおじいちゃん臭くなった運転手の口元は緩んだまま、暁烏と喋る。何だか、懐かしくなってしまった暁烏もこの際と思い少し微笑みながら言った。
「…おじいちゃん、最近どうや?元気か?」
「腰が…痛くてなぁ……」
涙を堪え出すおじいちゃん運転手、暁烏も微笑ましくなってきたのかドンドン学校の話を記憶から掘り出し話してゆく。
「そうかぁ、じゃ、まずは友達つくんねーとなぁ。」
「そうなんよなぁ、どーすりゃ出来ると思うー?俺、分からへんねん。」
「んー、…まぁ、それは人それぞれだろ?人それぞれ、いい所があってこそ。人それぞれの仲良く仕方があるってもんだろ?」
「おじいちゃん、ほんまに俺のおじいちゃんならへん?」
運転手はすぐになってやるとドヤ顔で答えた。その顔が少しツボに入った暁烏は、笑いをこらえながら話した。
「ありがとな、ちょっと元気出たわ。……友達作り、頑張ってみるな。」
そして、箕(みの)駅前に着くと運転手は暁烏を降ろす為、駅前のタクシー乗り場で止まる。
そして、降りる際、ドアが閉まる前に暁烏は運転手に問いかけた。
「名前、聞いてもええ?」
「おお、良いぞ。空閑高史(くがこうし)、48歳だ。よーく覚えとけよ?」
「……忘れへんって、おじいちゃん。」
「ありがとな、少し元気でたわい。じゃあ、また話せたら話そうな!」
暁烏は、手を振りながらその場を去る。
(………こんな事、初めてだな。ひっさびさにマトモに人と話した。)
ふと、携帯のバイブレーションが鳴る。それに気付き、すぐに鞄から携帯を取り出すとLINEを見た。
「…あ、愛さんやないか。何や。」
朝霧から【今、話せる?新情報、来たんだけど(●´ω`●)】と送られてきていた。
【通話?】
短調に返す暁烏、何せ人とのLINEは久しぶりだからだ。並べく愛想を尽かさない様にパンダのはてなスタンプも送る。
【ギャップ萌え(´^ω^`)ワロチ
そうそう、通話。大丈夫?】
そう送られてきたので、【良いけど待って、イヤホンします。】とイヤホンをつけるとOKスタンプを押した。すぐに電話がかかってきた。
通話ボタンを押す。«おっ、出たなー。家ついた?»と朝霧の大きな声が響いた。
「まだやねんな〜」
«何か、良いこと合った?»
「な、何がやねん。」
«声の雰囲気が違うんだよ。…まぁ、話すよ?近くで聞いた噂っーか、伝承みたいなもん。……昔、この当たりは全員威能者だったらしい。»
ガタガタと聞こえる、恐らく作業しながらなのだろう。
「……威能者、そんなに居たんやな。」
«嘘か、真かってのは分かん……いって、叩くなっーの!!電話中なの!!?分かる?!»
誰かに叩かれたようで怒っている。でも、声にそれほど威圧と言うものを感じない。
「…あの、それ………本当なら、……」
«なら? どうなの?»
「他にもいますよね?朝霧以外にも。」
«あ、確かに。»
次は、紙が重なり合う音が聞こえた。
「…何しとんのや?」
«あー、今、家に居るんだよ。それで、歴史書ってのを開いてんだ。»
「……へー、……今度、貸してくれへん?」
«また会えるって、事だね!じゃあ、明日!!いったい!»
ブチッと一方的に切られた。
「……働くって……言えなかったんやけど。……送っとこか。」
キーボードを叩き【マルガリータで働いてもええ?】と送った後、すぐに既読がつくかと思ったがつかずにズボンのポケットにしまった。
空を見上げながら、前へ進む。
無表情ながらも口元は少し微笑んでいた。
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