第40話『タツキvsザギュート』

 俺はグロッセスメッサーを今一度強く握りしめると、覚悟を決めてザギュートへ踏み込む。


 先程までの気を抜いたような動きはしない。俺のとれる最高の動きだ。ようやく、命を懸けて戦う決心がついた。舐めた態度で勝てるような甘い相手じゃないことは、もう分かっている。


 するとギュートは俺を迎撃せんと、その場から一歩も動かずに槍のような武器を構える。その隙の無い構えから、奴の守りを抜いて攻撃を通すのは難しそうに思える。


 しかし、俺の武器はそこら辺に転がっている陳腐な武器などではない。俺の武器は、輝剣グロッセスメッサー。その辺の武器ならば容易に切断出来るほどの切れ味を持つ輝剣だ。ならば、武器の性能差によって奴の守りを抜くこともそう難しくはないはずだ。


 そこまで考えた俺は、ちょうど十歩の所で武技を発動させる。


「《フライングエッジ/飛翔する斬撃》!!」


 それは、自らの斬撃を飛ばして攻撃する武技。その飛翔する斬撃による威力は剣による直接攻撃のそれには劣る。だがこのグロッセスメッサーの性能と、武技『パワーアップ/身体強化』によって強化された俺の肉体から放たれるその武技の威力は侮れるものではない。ザギュートめがけて青白い三日月状の斬撃が高速で飛翔していく。


 しかしザギュートは慌てた様子もなく、武器を持たない右手をその斬撃に向けて振りかざす。そして、すぐさま魔法を発動。


「《エナジーフラッド/魔力の氾濫》!!」


 ザギュートの右手から、一切の色味を帯びない、おびただしい量の無彩色のエネルギーが放たれ、それが円形の盾を模りだす。その盾が並々ならぬ破壊力を秘めていることは容易に読み取れる。


 時を移さずしてグロッセスメッサーより放たれた蒼白の斬撃と、ザギュートの右手から放出された無彩色のエネルギー塊が激突。


 だが奴の放った魔法の盾は、グロッセスメッサーの飛翔する斬撃を前に一瞬で爆散し、爆散した魔素によって生じた煙がまき散らされる。


 そして、その煙を引き裂くように高速で飛行する斬撃が、ザギュートの引き締められた筋肉の鎧を斜めに切り裂き、その奥の肉をえぐった。


 あのザギュートに俺が一撃食らわせてやったことに歓喜の念がこみあげてくる。さぞや苦しんでいるだろうと思ってザギュートの方を見る。だが、その傷は思っていたよりも浅かった。さきほどの防御魔法で威力を半減されたのだろう。


 ならば、もっと攻めればいいだけだ。


 俺は自分の身も顧みずにザギュートとの距離を一気に詰めると、右上段からザギュートの首筋を狙ってグロッセスメッサーを一気に振り下ろす。


 だが、そこでザギュートの武技が発動する。


「《リバースサイドレーン/魔の通り道》!!」


 鈴が鳴るような音を立てて、グロッセスメッサーがその光る刀身の残像を残しながら振り下ろされた。


 しかし、それだけだ。まったく手ごたえは無い。


 ザギュートは武技を使って高速で後方に移動することで、俺の攻撃を回避していた。少しがっかりした気持ちもするが、俺は気を抜かずにザギュートにグロッセスメッサーを構える。


 一気にとどめを狙いに行った一撃は外したものの、ザギュートにも先の『フライングエッジ』によるダメージが入っているのは確実だ。奴の体には、太くはないが決して細くもない、鈍く光を反射する紅の斜線が新しく刻まれているのだから。


 俺の攻撃をかわすために後ろへ引いたまま攻めてこないのは、先の一撃が決して軽くはなかった証拠だろう。


 苦痛をこらえているのだろうか、ザギュートのその表情は鉄のように固く引き締められていて、その感情を見通すことは出来ない。


 しかし、その様子を見ると俺はさらに気分がよくなる。


「はっ、これでおあいこ様ってことだ」


 してやってりという顔を作って、俺は奴の感情を逆なでするような言葉を吐き捨てる。しかし、その言葉を受けたザギュートはその表情を歪めるでもなく、ニヤリと笑みを浮かべた。


「ふふふ、久しく楽しいぞ。今日は良き日だ。一度だけでなく、二度までも相手の攻撃の食らうことになるとはな」


 その言葉に俺は少々の疑問を覚える。


「二度?俺が攻撃を入れたのはこれが初めてじゃないか?」


「そうだとも。一撃目は…そこに転がっているザックとかいったか?この魔物によるものだ。この村の最強の魔物だと自称していたが、お前を隠すための嘘だったのだろうな。まぁ、奴の攻撃を受けたとはいえ、まぐれ当たりのようなものだったが」


 そう言われて、ザギュートの視線の先に転がっている魔物の姿を俺は見やる。


 そこに倒れていたのはまぎれもなくこの村の戦士頭ザックだった。ザックは見るも無残な姿でピクリとも動いていない。鉄壁を誇ったザックの皮膚には三本の深い斬撃の跡が残り、地面にはザックからにじみ出たであろう血によって、赤い溜まりができている。


「お前がザックをやったのか…」


 ザックは俺たちバジュラの村人たちにとって、強者の象徴たる魔物だった。弱き魔物を強き魔物から守り、いつも村のためになることを考える優しい魔物。俺も何度、魔物の子達からいじめられている時にザックの手で救われたことか。


「ふん、素直に奴がお前のことを話していれば、このようなことはせずとも良かったのだがな」


「くっ…」


 ザックがザギュートに既にやられていたと聞いて、俺の中に沸き上がってきた感情は何か。


 それは暗い喜びだ。確かに、ザックが傷つけられたことに対しては少々の怒りの念も湧いてくる。だが、それ以上にドロドロした高揚感がこみあげてくる。


 ザックがやられた。それが意味することはつまり、俺が目の前に立つ魔物を倒すことが出来れば皆がそれだけ称賛してくれるということだ。ザックがやられたという事実が何よりの箔付けになる。


 戦士頭ですら敵わなかった相手に、俺が単騎でとどめを刺す。


 その時に得られる喜びは、想像するだけで興奮するほどだ。殺したときに得られる快楽だけは決してない。


 そして、こいつは村の皆だけでなくザックまで手にかけた。


 つまり、許すべくもない屑だ。


 皆に危害を加えるような奴は、この俺が殺してやる。

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