第39話『決意』

 ザギュートは、その身体の内側から力を引き出すように背をかがめると、突如ドス黒い赤色のオーラがその全身から湧出する。


 さっきはこんな技使ってなかったよね、などと俺が思ったのもつかの間。


「《バニシングラッシュ/消失する連撃》」


 ザギュートがありえないような速度で俺に迫る。そのあまりの速度故に、ザギュートの姿は真紅の残像としてしか捉えられない。


 え?なにそれ?お前そんなことできたの?


 そんな俺の驚きはいさ知らず、ザギュートはただ規格外の高速で迫ってきただけではない。その右拳は固くにぎり占められ、その力を解き放つ時を今か今かと待ち構えていた。


 この距離なら殴られたら届く、そう俺が思う距離まで瞬時に詰め寄られると、ザギュートから目にもとまらぬ高速の拳が放たれた。


 今までの俺からして見れば、桁外れの身体能力を誇る今の俺といえども、これをかわすのは至難の業だ。


 となれば、手は一つ。


「《パワーアップ/身体強化》!!」


 ザギュートの拳が到達する寸前に、俺は武技の発動に成功した。それはモルガンが使用していた身体性能を底上げする武技。俺の新しく開花された異能力『略奪者』により、俺は殺した魔物の持つ異能力を自分の物とすることが出来るのだ。


 武技によって強化された俺の体に、ザギュートによる六連撃が一瞬の内にたたき込まれる。以前の俺なら一撃で余裕にノックアウトできたであろう強烈な拳が六撃も、だ。


「うっ!!」


 その衝撃に、俺はつい反射的に声を漏らしてしまった。


 だが、その声は苦痛によるうめき声ではなく、単に驚いた故にあげてしまった声だ。確かに六回も殴られたが、特に異常をきたす程ではない。殴られた部分がすこし痺れるが、その程度だ。ザギュートが思ったよりもいい動きをするのを見て少し焦ったが、その攻撃がそこまで効かないことに安堵する。『肉体強化』による身体性能の向上が良かったのかもしれない。


 しかし、ザギュートの攻撃はここで止まることはなかった。まるで、効かないことは想定内だといわんばかりに、今度は左手に持つオシャレな槍にオーラが宿る。


「《カラミティ・スラッシュ/殲滅の斬撃》」


 え、それって伊達ヤリじゃなかったんですか!!!?


 まさか使われるとは思っていなかったオシャレ槍が使用されたことに、俺は驚く。


 しかし、何より驚くべきはその槍の振われる速度。


 さきほどの拳による攻撃は、まだ知覚することはできた。しかし、次の攻撃は知覚すら困難な速度で俺に襲い掛かる。


 赤色から明るさが逃げ出してしまったような、ドス黒い赤色の光。


 それが瞬いたかと思った次の瞬間には、浮遊感と灼熱感に襲われる。


 灼熱感の根源は、俺の胸元だ。まるで溶けてしまわんばかりの高温に熱された鉄板を胸に押し付けられたかのような痛みと熱さを混ぜ込んだかのような激しい感覚が走る。


 俺はザギュートによって、知覚すら出来ない間に切り上げられていたのだ。


 宙に浮かんだ俺の視界に、真紅の液体が零れ落ちていくのが映る。あれは俺の血だろうか。


 神速の斬撃。それだけでも十二分に強力な一撃だった。


 しかし、まだ終わらないとでも言わんばかりにザギュートが間を置かずに、俺を目がけて飛び上がって来る。その槍に宿ったオーラはまだ消えていない。


 追撃が来る、俺は直感でそう感じた。そしてそれを証明するかのように、今度は先ほどと逆方向に槍が構えられる。そのザギュートの姿は獲物を前にした捕食者のようだ。


 俺の本能が奴に近づかれたらまずいと有らん限りの力で叫んでいる。


 だが回避など出来るはずもない。


 真紅の軌跡を描きながら、視認できないほどの速度をもつ槍によって俺の身体が再び切り裂かれる。


「あぁあああああっ!!!!」


 あまりの痛さについ声が漏れてしまうのを止められなかった。


 奴の槍によって俺はさらに上空へと打ち上げられてしまう。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 痛すぎてもう自分の身体が胸から燃えてしまっているようだ。あまりの痛みに吐き気がこみあげてくる。


 もう嫌だ。もう嫌だ、こんなのは無理だ。こんなはずじゃなかった。


 涙が意図するまでもなく、零れ落ちていく。


 誰だ、あの槍が伊達とか言っていた奴は。


 てか、カスって何よ。あいつガチじゃん。これ絶対にやばいやつだろ。何で来ちゃったんだろう。


「ぐうううううっ!!!!」


 俺はザギュートによって打ち上げれていた空中から落下すると、落下時の衝撃で声が漏れる。衝撃が傷口に響くのだ。傷口が己の存在を主張するようにズキズキと痛む。痛さのあまり、歯が自然と食いしばられ、全身が力んでしまう。


 痛い。


 怖い。


 そんな俺の頬を流れる涙は留まることをしらない。こんなに痛いなんて。こんなに怖いなんて。出来ることなら帰りたかった。もし時間を遡ることが出来るなら少し前に戻って、調子に乗った自分を止めてやりたい。俺には無理だったんだと教えてやらなくては。


 でも、現実はそう甘くない。


 俺が落下するタイミングを見計らっていたかのように、ザギュートによって槍のような武器が大きく振りかぶられる。狙いは言うまでもない。


「ちょ、ちょっとタイムぅ!!」


 あれが振り下ろされてしまえば、俺は死んでしまう。どんなに今が痛くても、怖くても、それだけは避けなければならない。だから俺は生き残るために、もう無理だと叫ぶ体に鞭をうって必死に頭を働かせる。


 こういう時は…これだぁ!!!! 


 瞬時に今の状況を打開する策を考え抜いた俺は、思いついた策をすぐさま実行に移す。

 

「《クリエイト・ブレイブウェポン/勇者の武器創造》!!」


 俺の右手を中心として、まるで極大魔法による大爆発でも起こったかのような大閃光が放たれる。武器を呼び出す技だが、武器が生成されるまでの過程が目くらましにも利用できることは先のモルガンとの戦いで実証されていた。


 突然の大閃光にザギュートは驚いたのだろう、ザギュートによる追撃はやってこない。


「輝剣グロッセスメッサー!!」


 目もくらむような閃光に世界が包まれる中で、俺は手に形成されていく長年の相棒のように感じる剣の名前を、つい叫んでしまう。ほぼ反射的な行動だった。


 でも何故だろう、グロッセスメッサーの名前を呼ぶと気分が少し落ち着いた。それどころか、グロッセスメッサーと共にあると思えば、この痛みにも、この恐怖にも、この絶望にも立ち向かえる気がしてくるのだ。


 それと同時に、俺には無理だという俺の根底にあった思いが薄れていくのを感じる。グロッセスメッサーの放つ神秘的な光が胸の内に染み込んできたように、胸の内のドロドロとして不快なモノが霧散していく。


 グロッセスメッサーは俺の背中を押してくれているのか。


 そこに言葉はない。


 でも、きっと俺の進むべき道を後押ししてくれているんだ。お前なら出来るって。だからこうやって勇気が湧いてくるのだ。


 先程までの絶望が嘘のように、俺の胸に希望が湧いてくるのを感じる。それは、不可能だと思い込んでいた事が、出来るかもしれないと思えるようになって生まれた希望だ。俺の胸に、一つの蒼炎が灯る。


 そうだ…。俺は傷つくためにやって来たんじゃない。皆を守るためにやってきたんだ。 


 そして俺は今までの自分が甘ったれていたことに気づく。


 ザギュートという魔物はカスでもなんでもない。正直、めちゃくちゃ強いだろう。俺が本気を出して、どうにか出来るかどうかという程だ。そこに痛み無く勝とうなんて甘えていた。


 だから、俺は今までの甘ったれた考えを捨てる。


 本気で勝ちにいかなければ、殺される。


 もはや俺の頭の中には、自分は勇者なのだから勇者らしく行動しないと、などという考えは一切なかった。あるのは皆を守るためにこの命を使うという決意。


 そこまで俺の意思が固まったとき、『クリエイト・ブレイブウェポン』によって生じた閃光が俺の意思を汲んでくれたかのように霧散していく。


「ここからが本当の勝負ということだな…」


 ザギュートが自分の本気を解放できる喜びの声を漏らす。


「あぁ!!いくぜザギュートォオ!!!!」

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