第38話『演者』

「ほう、勇者とは大それた名を名乗るものだな…。それに見合うだけの実力はもっているということだろうが。それでは、私も名乗るとしようか。私こそがザギュート、反ら…」


 ザギュートが強者のオーラを漂わせながら,重低音で言葉を紡ぐが、俺はそれを途中でさえ切った。


「いや、お前の名前なら知っているけど」


「なんと?」


 ザギュートが心の底から驚いたように、カっと目を見開く。しかし俺は逆に何故奴が驚くのかが分からない。


 え、何なんだコイツ?さっき自分で、ザギュートって言ってたよね?こいつ、もしかして馬鹿なのか?少し前の自分の言ったことも覚えてないなんて、痴呆症か?


 俺の中で、ザギュートの好感度が再び下がっていく。ザギュートの好感度は、見事なV字回復を果たしたかと思われたが再び落下してしまった、残念。


「なるほど。村の近くで暗躍している反乱軍の勢力ごとき既に調べつくしているということか…。勇者を名乗る魔物として、不足はないようだな。貴様ほどの魔物がこのような村にまだ埋もれていたとは。帝国もまだまだ分からないものだな」


 しかもなんか勝手に納得しちゃってるし!!


「お、おう……」


 褒めてくれるのは嬉しいのだが、お、おうとしか返しようがない。


「さて、話を本題に移そう。貴様は、今日この村に攻めてきた私の弟を知っているか?私と同じくケンタウロスの魔物だ。まぁここで、私は村に危害を加えるつもりはないと先に言っておこう。私の望みは私の弟を殺した魔物をこの手で殺し、弟への手向けとすることだけなのだ。だから、知っているのであれば素直に教えて欲しい。村の他の魔物達に聞いても、とぼけるだけでな。お前なら何か知っているのではないか?」


 目に確信めいたものを浮かべながら、目の前に立つギュートは尋ねてくる。その姿勢は自身に溢れたものだ。


 そこで俺はザギュートの質問について頭を働かせることにした。


 今日攻めてきたケンタウロス?


 そんなのいたっけなぁ………。パっとは浮かんでこない。だが、しばし記憶をさかのぼってみると一人合致するものがいた。


 あ!!そういえば、朝シュナちゃんがそんな感じのやつ瞬殺していた気がするぞ。きっとあいつのことだな。


「あぁ。ケンタウロスを殺した魔物なら、俺は知っている」


 俺の答えに村の皆からどよめきの声が上がった。その音色に、俺は選択をミスったのではないかと言う一抹の不安がよぎる。


「ほう…。弟を殺した魔物を知っているというのか。もしやだが…それは、お前ではないのか?」


 ザギュートは落ち着いた様子で俺にそう問いかけきた。


 だが、ここの答え方は少々難しいところでもあるのだ。何故なら、ここで本当の事を言ってしまうとシュナちゃんの強さがバレてしまうし、なによりこいつは弟を殺した魔物を殺すとか言っている。


 シュナちゃんならこんなバカな魔物に負けることは、まずないと思うが、好きな女の子にその子を殺そうとする刺客を差し向けるわけにはいかないだろう。


 何て答えればいいんだろう。


 よし、ここは勇者っぽい答えをしておこう。困った時は勇者らしくいくべし!


 俺は、軽く握った左拳を心臓へくっつけるように据えると、残った右手を大きく右から左へと振り抜く。頭の中の効果音は、バサッ、だ。本当はここにマントがあれば完璧なのだが、そこは致し方ない。


「ふっ、よくぞ見抜いたな!!いかにも。そのお前の弟を手にかけたのは他でもないこの俺!!この俺がバジュラにいる限り、この村を襲うようなケンタウロスの一匹や二匹、決して見逃したりはしない!!」


 き、決まった…。


 村人たちはあっけにとられたかのように俺の背中を見つめているのがなんとなく分かる。


 これが勇者なのだ。


 しかし、どうしたのだろう。俺が答えたのはいいものの、ザギュートは右手を額に当ててうつむいてしまったまま動かなくなるではないか。


「なるほど…。なるほどな………。貴様ほどの魔物にやられたのであれば、それは弟の未熟さを悔やむしかあるまいな。逆に貴様ほどの魔物に最後を与えられたことは戦死としての僥倖か」


 ザギュートは誰に言うでもなくポツリと呟いた。


 しかし、俺はそのセリフに強い焦りを覚える。


 え?ちょっとまってくれ、俺の初陣がなくなるような、ここで戦闘終了フラグはやめてくれ。これで気が収まったから帰りますなんて言われてしまった日には、俺の強さが証明できないではないかっ!!


「だが!!」


 しかし、そこでザギュートの話は終わりではなかった。先ほどの嫌な予感を一気に払拭してくれる、ザギュートの強い否定の言葉が叫ばれ、俺は心の底から安堵する。


 その今までの流れを一気に否定する言葉を発すると共に、ザギュートは俺を身の毛がよだつような怖い顔で睨みつけてくる。昔ながらの癖でついビビってしまいそうな迫力だ。昔の俺なら一目散に逃げだしただろう。


 でも今の俺は強い!!ここはビビらずに堂々としておくべきだ!!


 ビビってなんかないぞ、となんとなく堂々としてそうな表情を作って胸を張ってみる。こうするだけでも自然と少し余裕が取り戻すことが出来るのが不思議だ。


 そんな俺の心の葛藤など全く知らないように、ザギュートによって続きの言葉が発せられた。


「そうだとしても、弟の敵は兄として果たさせてもらおう!!」


 それに合わせて、ドウっという音を立ててザギュートから気迫とでもいうべき一切の色彩を持たない波動が放射される。まるで、ザギュートの周りの空気が俺に向かって一斉に放たれたかのようだ。


 おおっこれが殺気ってやつか!!


 長年英雄譚の中でしか縁のなかったものに、とうとう実際に触れることが出来て、俺は少し感動してしまう。


「殺気を向けられて喜ぶとは、戦闘狂の類か…。ではいくぞ!!」


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