第37話『俺の雄姿』

 皆の前で恥をかいてしまった羞恥のあまりに、顔がカァっと熱くなる。そんな風に俺が羞恥に固まっていると、俺の声で俺の存在に気づいた村人の皆から、驚きの声があがる。


「な、なんで、よりによってタツキが…」


「あいつ……死んだか」


「これは悲劇だ」


「タツキ君かわいそうに…」


 どちらかというと驚きの声というよりも、俺に対する嘆きの声であった。小声でつぶやいているつもりかもしれないが全部丸聞こえである。


 あまりにもあんまりなリアクションだ。よりによってタツキが、というのはまぁ理解できる。だが、あいつ……死んだか、って一体俺のことを何だと思っているのか。


 これが期待値ゼロということか、思っていたリアクションが得られなかったことに少々気持ちが沈む。


 俺の期待では、俺の登場と共に村の皆の表情がパァっと明るいものになって黄色い声援なんかも上がっちゃったりする予定だったのである。タツキコールなんて上がったら最高だ。


 まぁそうはならなかったわけだが。


 しかし、この程度で俺はへこたれたりはしない。なかなかに心は傷つけられたが、俺の胸にともった炎は消えないのだ。


 まぁね。今はこの俺が何の役にも立たないザコだと、そう思っておいて下さいよ皆さん。生まれ変わった、このニュータツキが目の前のカスそうなケンタウロスごときちゃちゃっと倒しちゃいますから。


 そうだ。元の期待が低い分、ギャップでより俺はカッコよく見えるんじゃないか?ふっふっふ。


 自然とケンタウロスの前までかき分けられた、村の皆の間を通って、俺はカスこと謎のケンタウロスの前までゆったりと余裕をもって歩く。背筋をピンと張り、首はわずかに引く。


 強者たるもの、登場はゆっくりとだ。最初の名乗り声が、焦って息切れしてしまったことは置いておく。


 俺の登場を前に、目の前に立つケンタウロスが口を開く。


「ほう、貴様がか…」


 カスのくせに、何故か強そうなセリフを吐いているのがおかしくてつい俺はにやけてしまう。


「このザギュートを前にして一切ひかないとは、かなり肝の据わった魔物だな」


 こいつザギュートっていうのか、ふーん。雰囲気だけはやたらと強そうだ。こういう奴をきっと、見た目倒し、と言うんだろう。つまり、弱く見えても実は強い俺とは、真逆の存在だということだ。


 その謎のケンタウロスは、奴を前に一歩も引いてないと俺を讃えてくれたが、実は伊達ヤリには引いてました!!ドン引きです!!


 なんか、期待裏切っちゃってすいません!!


 そんな俺の心の内など全く読めていないのだろう、ケンタウロスは言葉を続ける。


「貴様がこの村で最強の魔物か、名前をなんという?」


 お、意外と物分かりのいいやつじゃないか。俺の強さをちゃんと分かっているなんて。村の皆とは大違いだ。


 しかも、この俺にみんなの前で名乗るチャンスを与えてくれるとは、感激モノである。そう、勇者たるもの名乗り上げるシーンが大切なのだ。先ほどは失敗してしまったが、この魔物はリベンジのチャンスを与えてくれた。


 なんてやつだ、俺への当て馬としてはこいつほど完璧な奴いないんじゃないのか?


 俺の中でザギュートとかいうケンタウロスの好感度がぐっと上昇する。


 このケンタウロスが準備してくれた絶好のステージを無駄にするわけにはいかない。声を出す前に、まずは呼吸を整えることから始めよう。俺は息をすうっと吸い込む。まぁ、前回の反省も踏まえてでもあるが。


 しかし、これだけではまだ足りない。


 それはポーズ!!


 勇者たるもの、自分の名を名乗る時にもそれ相応のポーズが必要なのだ!!


 俺は、まずは右手の人差し指だけをピンと伸ばし、残りの指をぎゅっと握りしめるとその右手を天に向けて高く指さす。今回は主役を譲った左手は腰に当てることで右手の動きを強調させる。


 そして、足は肩幅に開く。これが基本スタンスだ。そして最後に、ここが重要なのだが、顎をくいっと斜め四十五度上に向けて視線をザギュートとかいう魔物に合わせて固定させる。


 決まった…。これで準備は万端。


 いくぜぇ、俺の初陣!!


「俺の名は勇者タツキ!!この村バジュラを守る村人たちの希望の星!!そしてこの村の侵略者である貴様を打ち滅ぼす魔物だ!!よく覚えとけいっ!!」


 少し声が上ずってしまったが、次第点だろう。


 辺りがまるで、俺の雄姿に心を奪われてしまったような心地よい静寂に包まれる。


 日ごろから勇者の妄想をして遊んでいたことがここで役に立ったぜ!!やはりイメージトレーニングは重要だ。


 さて、少しは楽しませてくれよ?モルガン達は正直手ごたえがなさ過ぎた。そしてギャラリーもいなかったからなぁ。


 しかし、今度は違う。


 なにせ村の皆が俺を見てくれている、勇者としてはこれほど心躍る状況はない。俺の雄姿を、是非その眼に焼き付けてくれ!!

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