第36話『オシャレは我慢』
俺は悲鳴が聞こえてきた方向を目指して走る。とはいっても、裏門まではそんなに遠い距離じゃない。だから今の俺の走力を以てすれば、たいしてそこまでに時間はかからない。
そのまま走っていると、裏門が遠くに見えてくる。
どうやら裏門の奥では、反乱軍とバジュラによる戦闘が行われているみたいだ。砂煙が舞い、閃光が時折瞬く。
「俺の出番はまだあったみたいだぜ…」
俺は走りながら、安堵のため息をつく。このまま走っていったところで、何の役目も残されていなかったとしたら目も当てられないからだ。俺はさらに速度を上げて、全速力でその戦場まで駆け抜ける。
戦闘が行われている近くまで来てみると、劣勢なのは圧倒的にバジュラの方だということが分かる。バジュラの村人たちの多くが地に伏してしまっているし、続々とその数は増えていく。どうやら、たった一人の魔物にバジュラの皆でかかっているにも関わらず、手も足も出せていないようだ。
これは初陣としては悪くないねぇ、そんな不敵なことを俺はつい考えてしまう。劣勢こそ勇者は輝くというものだ。
これでシュナちゃんが倒れてたら最高なんだけどなー。
それこそ、俺の夢見る勇者だ。傷ついた姫を、颯爽と救いに現れる勇者。もちろん、最後はお姫様抱っこで退場だ。そのカッコよさは、考えるだけで胸が熱くなる。
まぁ、さすがに今の俺でもシュナちゃんが倒されるような魔物相手には勝てる気がしないが…。
夢見る勇者に自分がなるのはもう少し先の話になりそうだ。
このまま飛び出していこうかとも思うが、いきなり飛び出してもインパクトに欠ける。ここは勇者らしく登場できるタイミングを見計らうべきだろう。やはり、勇者というのは登場シーンが重要なのだから。
ということで俺は、ギリギリ今の戦闘状況が見える場所でうつぶせになって、登場の機会を窺うことにする。
となると、俺のすることはその戦いの様子を観戦することくらいしかないのだが、いかんにもバジュラ勢が弱すぎる。
たった一人の魔物相手に、大人数でかかってコテンパンにされているのはあんまりだろう。こんな魔物達に今までの俺は手も足も出なかったのかと思うと残念な気分になる。
だが、見ていて思うのは悲しいことだけではない。それは、その敵らしき魔物よりも俺の方が強そうだからだ!
相手が自分より弱そうなことにひとまず安心する。
その後もしばしその戦闘を眺めていて一つ気付いたことがあった。バジュラの村人たちを次々となぎ倒していくケンタウロスは、左手に槍に斧が生えたような不思議な武器を持っている。しかし、俺が観戦を始めて以降一度も使用していないのだ。
なんだ、伊達か?
伊達メガネならぬ伊達ヤリなのか?
そう言われてみれば、槍に斧が生えてることも、見世物としての奇抜なデザインなのだと納得がいく。
左手使用不可の縛りプレイを自ら戦闘中に行うとは、全くもって分からない奴だ。オシャレは我慢だと聞くが、まさか戦闘中にもオシャレに気を配るような魔物がいるとは思わなかったぜ。
あのケンタウロスは戦いをなめてんのか?
俺の脳内で、謎のケンタウロスがカス認定されていく中、俺の中でカスが確定しているケンタウロスの魔物が大きく皆から距離をとる。するとそいつは戦いの手を止めて皆に向かって話し始めた。
何か言っているのか耳をそばだてて聞いてみると、そのケンタウロスが、カスの割には結構怖い感じの低い声で村の皆に話しかけていた。
見た目だけはいっちょ前な奴だぜ。
そんなことを思いながら話を聞いていると、ケンタウロスは誰も反応してくれないので一人でペラペラ話を進めている。
「…この村最強の魔物を出せと言っている!!それが最も早い手段だろうが!!バジュラ最強の魔物よ出てこい!!この俺ザギュートと戦え!!」
ん?これは俺が出ていけるセリフだな…。でも皆に話しかけてるんだから、皆が答えないうちに勝手に出ちゃまずいか?
そう思って、皆の方を見ていても皆オドオドしているだけで答えようとしない。
これはいける!!
う、いやぁでもちょっと緊張するぜ…。
いや!!ここでためらっちゃダメだぜ男タツキ、俺の初陣はびしっと決めてやる!!
俺はうつ伏せ状態から一人でクラウチングスタートを切ると、猛ダッシュで皆の後ろまで一気に駆け、名乗りあげた。
「ここに!!いっ…ハァハァハァハァ、い、いるぜ!!」
しまった。気合いを入れすぎて、セリフの前半で残っていた息全部吐いちまった!!おかげで謎の息継ぎが入ってしまったじゃないか。
勇者タツキの初登場は、よく分からない感じになってしまった。
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