第34話『蹂躙』

 ザギュートが軽やかに地面へと着地した。その後少しして、ドシャリ、というのが相応しい格好でザックが地へと落下する。それは、死に絶えて地へと落ちた鳥のようであった。


 その姿を見れば、もはやザックに戦闘する余力がないことは一目瞭然である。胸に大きく刻まれた傷口からは血が止めどなく流れ出し、その身体はピクリとも動かない。ザックの強靭な皮膚を以てしても、ザギュートの怒涛の三連撃は受けきれるようなものではなかったのだ。


「力の差というのはこういうことだ。まぐれ当たりで喜ぶのは構わないが、どのみち結果は一つしかないということを知っておくべきだったな」


 ザギュートから侮蔑の感情が多く含まれた捨てセリフを吐かれても、ザックから返事は返ってこない。ザックというバジュラ最強の座に坐する魔物を倒したにも関わらず、この程度かとザギュートは少々味気無さを感じるだけだった。


 弟の敵はいまだ討てていないなとザギュートは直感する。この胸の内に宿る弟への無念が消えないからだ。


 村人のほうを見てみると、いまだよく事態を呑み込めていないようだ。


 それもそのはず、先ほどまではザックがザギュートを倒したと思っていたのだろう。そして先ほどの戦士頭としてのザックの言葉。ザックに敗北はないと村人たちは信じていたに違いない。それが一転、ザックが瞬く間に倒されたとなれば即座にその理解が追い付かないのも仕方ないことだ。


 それは単に、目の前に広がる絶望的な現実を認めたくなかっただけかもしれないが。


 ザギュートは地面に倒れるザックには興味を失ったので、今度は村人たちのほうへ視線をやると、村人たちがおびえたかのようにびくっと体を震わせる。


 ここは、説得する好機だとザギュートは判断した。


「お前たちの最強の魔物であるザックは私に敗れた。もはやこの村で私に敵う者はいないということだ。これで少しは自分達の置かれている状況が分かったか?抵抗というのは無駄なことだと知れ。今頃は正門も我が部下たちが制圧を終えていることだろう。おとなしく我が弟のことを話してほしい。弟を殺したのはこの者ではないのだろう?私はそれ以外の者達に危害を加えたりすることはしないと約束しよう。それどころか、話してくれた誠意ある者にはそれ相応の報酬も与えようじゃないか」


 ザギュートは誠実だとしか思えないような落ち着いた声で村人たちに呼びかける。しかし、やはり返事はない。そこには、困ったような顔を浮かべている村人たちがいるだけだ。


 ここまでしても尚、村人達には話す気が起きないということだろうとザギュートは考える。村人達が意地でも話さないというのなら力ずくだとしても話させるまでのことでしかない。分かったというまで、力の程を思い知らせてやるだけだ。


 ザギュートは強烈な踏み込みをすると、辺りに砂塵がまき散らされる。その踏み込みの勢いのままに、村人たちのほうへと高速で駆け出す。


 武技を使用してその機動力を高めていないとはいえ、その脚力はあなどれるものではない。開かれていた村人たちとの距離をあっという間に詰めると、ハルバードを握る左手ではなく、右手を村人たちの前に突き出すと魔法を発動させる。


「《衝撃波/ショックウェーブ》」


 魔法の発動に合わせて、ザギュートの右手から白色のエネルギーが波の形をかたどって放たれる。この魔法は、ザギュートの持つ攻撃魔法の中では低位に位置する魔法である。魔法に対する耐性をもつザックであれば軽く受け流せただろう。


 しかし、その魔法が向けられたのは抵抗する能力を持たない、ただの村人たちである。その白色の衝撃波がザギュートの前にいた魔物たちに直撃すると、拡散するようにその周囲の魔物達も巻き込んで吹き飛ばす。


「ぎゃぁあああああ!!」


 痛ましい悲鳴がザギュートの魔法を放った辺りを中心にして漏れる。そう、戦士としての訓練を受けている者ならばまだしも、ただの村人としてしか生きてこなかった者が苦痛に悲鳴を上げるのは半ば当然のことだ。


 中には次は自分が魔法に襲われるという恐怖に耐えられず、ザギュートから逃げ出してしまう村人も見られた。


 しかし、その選択は正解だったとは言えないだろう。


 逃げる村人は後ろを振り帰りはしない。歯を懸命に食いしばり、あらん限りの速度で遠ざかろうと足を一心不乱に動かす。その速度はその村人の人生最高の速度だろう。まさしく火事場のバカ力というに相応しい疾走だ。


 とはいっても、絶対的な能力の差までなくなるわけではない。


 ザギュートは、逃げ出した魔物へといとも簡単に追いつくと、右手をその魔物の背後から一気に突き出す。銃声のごとき音を立てながら、ザギュートの右拳がその魔物の身体を貫通する。あまりにも唐突な出来事であったため、すぐに反応できるものはいなかったが、間違いなく致命傷だ。胸から飛び出したザギュートの手が、鮮血に赤く濡れる。


 その一撃は、それを見た村人達から逃走という、決戦とは異なる第二の選択肢を容易に奪い去る。それもそのはずだ。逃げ出した途端に身体を腕に貫かれるなんて、そんな真似には誰もがなりたくないだろうから。

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