第33話『ザックvsザギュートⅤ』
村人たちが、ザックの激闘の末の勝利の喜びから、その表情に花を咲かせるなか、ザックだけは徐々にその表情が明るいものから暗いものへと変わっていく。
それは、倒したはずのザギュートのオーラがいつまで経っても消えないからだ。通常であれば、倒れた魔物はその気配を消失させる。それがないということはつまり…。
ザックは嫌な汗が噴き出すのを覚える。それに合わせてザックが右拳に装備している真紅に染まったカイザーナックルから血がぽたりと滴り落ちる。
村人たちもザックの様子が優れない様子を確認すると、徐々にその盛り上がっていた声を小さなものへとさせていく。
そして、タイミングを見計らったわけではないだろうが、ある魔物がその場で立ち上がる。
ザギュートだ。
ザックからは大きく距離が離れているものの、その姿は容易に確認できる。
しかし、ザックはやはりという思いを抱くだけで驚きはしない。その気配はすでに感じ取っていたのだから。しかし、その胸の中を徐々に絶望が支配していくことだけは免れなかった。
驚いたのは村人たちの方である。自分たちの村最強の魔物が放った奇跡の一撃でようやく倒したと思っていた敵が復活する。その出来事は、村人たちの心情を再び絶望の淵に追いやるのに十分であった。
ザックはここで心配する村人たちに声をかける。皆を安心させるようなそれは優しく力強い声で。
「皆心配しないでくれ。さっきだってぶっ飛ばしてやれたんだ。何度だって俺がぶっ飛ばしてやるさ」
そう言うと、ザックは村人たちに背を向けてザギュートが立つ方を睨む。ザックのその広い引き締まった男の背中は村人たちに、まるで巨大な城壁のような安心を抱かせるものだった。
ザギュートは正直なところ驚いていた。あのオーガがザギュートの反応速度を超えるような攻撃を繰り出すことが出来るとは思わなかったからだ。
もちろん、ザギュートだって本気で構えていたわけではないが、それでも手をぬいたわけではない。あのオーガにしては出来すぎた一撃だったのだ。
「追い詰められたネズミは猫の尾も噛む……か」
ザギュートは人界に伝わるコトワザを口ずさむと、クククと笑う。それは、自分があのような魔物に一本取られたことを自嘲する笑いであり、そのような偉業を成し遂げたあのオーガを称賛する笑いでもあった。
ザギュートとしては、正直なところあの村人たちもザックも相手ではない。せいぜい、村人たちとザックでは、レベルが大きく違うだけということにすぎない。
例えるなら、村人たちとの闘いは一レベルにも満たないワームモンスターを、プチプチつぶしていくような退屈極まりないものであったのが、ザックとの闘いは逃げ回るインセクト系モンスターを、狙いを澄まして叩き潰すような少々神経を使うものになったというところか。
インセクト系モンスターを殺そうとしたら、急に飛び上がってきてビックリしたことはあるだろう。
ザックによって放たれた渾身の一撃は、ザギュートにとってはその程度のものでしかなかったのだ。
仕留めそこねることはあったとしても敗北はない。
「さて、あいつらに絶望という言葉の意味を教えてやろう」
そしてザギュートとザックの距離はおよそ30メートル。ザギュートにとってのそれは、すぐさま攻撃を加えられる距離でしかない。
「《リバースサイドレーン/魔の通り道》」
ザギュートは武技により一気にその脚力を上昇させると、残像を残すような豪速をもってザックへと急接近する。今回は、先ほどまでのような生ぬるい攻撃はしない。
その理由は、先ほど驚きの攻撃を見せてくれたザックへの称賛が半分と、舐められたままでは終われないというザギュートのプライドが半分だ。
そもそも、ザギュートはハルバードを使った戦いを最も得意とする。それなのになぜハルバードを使わずに素手で攻撃したりしていたのかと言われれば、もったいないという言葉が最も適切だろう。
たかだか雑魚相手にザギュートはハルバードを使いたくないのだ。雑魚相手に本気を出していると、自分まで弱くなってしまいそうな気がして。
だから、ザギュートは普段は素手を以てして戦う。しかし、今回は本気の一撃だ。もちろん使用するのは自らの愛武器たる伝説級のハルバード『カタストロフ』。
ザギュートは武技による加速を得た屈指の脚力で、ハルバードの必殺の間合いまでたやすく侵入する。
その時点でもうザックの未来は確定だ。
ザックはザギュートを迎え撃とうと攻撃態勢に移ろうとしているが、全ては手遅れ。
先ほどの動きを一も二も上回るような無駄のない動きで、ザギュートは己の十八番ともいえる必殺の武技を発動させる。
これこそがザギュートをザギュートたらしめる武技。カタストロフ最高峰の戦力を誇った弟をして習得できなかった武技。正確にはもう一段上があるのだが、このオーガ相手にそこまでする必要はないだろう。この武技を食らって立っていられたのは今までに一人しかいない。
左腕に握ったハルバードを、ぞんざいながらも流麗な動作で大きく下段に振りかぶると、ザギュートのハルバードがドス黒い赤色のオーラを纏う。
その闇に染まった真紅のオーラこそ頭領の証。
今日初めて振るわれるザギュートの本気の一撃だ。
「《ジェノサイド・スラッシュ/殲滅の斬撃》!!」
左下段で大きく溜められたハルバードは、深紅の煌めきとなって豪快に振り上げられる。
その斬撃は、空中にクリムゾンレッドの斜光線を刻みながらザギュートの身体を容易に抉り出す。
ザックの硬質な肉体が引き裂かれるような斬撃音が響き、ザックは勢いそのままにその体を上空に吹き飛ばされる。
そしてザギュートはザックを追うようにその場で垂直に飛翔。
ハルバードに宿ったドス黒い赤色のオーラは、まだ消えてなどいない。それどころか、ザギュートがハルバードを振りぬいた勢いそのままに今度は右下段で構えると、血を食らうことを喜ぶかのようにその刀身が一層不気味に輝く。
そして、体に巻き付けるようにして構えられたハルバードが、今度は右下段から左上段へ一閃。赤く輝くハルバードがVを横に向けたかのような軌跡を空中に残しながら、ザックの体をさらに引き裂く。ハルバードがその切っ先を天に向けるのと同時に、ザックの身体は鮮血の軌跡を残しさらに上空へ。
まだ終わらない。
これだけで終わるのであれば、弟でさえ到達できた武技に過ぎない。
ザギュートの武技は、それを超えていく。
天へと高く向けられたそのハルバードが、最後の雄たけびを上げるように深紅のオーラをあたりへ放出する。赤の閃光に、誰もの目がその姿に釘付けとなった。
宙にて真紅の光を瞬かせるハルバードを天に掲げるその姿はまさしく王者。
地を駆け、空さえも駆けるケンタウロスの王だ。
王者の連撃、その最後の一撃が必殺の勢いを以てザックへと振り下ろされる。
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