第32話『ザックvsザギュートⅣ』

 それだけ言葉を残すと、ザギュートの纏う気配が大きく変化する。先ほどまでの戦士としての気配から大きく変わったそれは、殺気ともよばれる苛烈な気配である。


 ただの村人であれば、そのザギュートの放つ本気の気配だけで逃げ出してしまうかもしれない。しかし、ザックはそれでも引かない。いや、それどころか逆に向かっていくのだ。


 ザックとザギュートの間には、今現在十メートルほどの距離がある。その距離は、ザギュートの脚力をもってすれば大した距離ではない。だがそれは、ザックをしても同じことが言える。


「《羅刹進撃》!!」


 ザックの使用したそれは、一陣の旋風のような速度で相手との距離を一気につめる武技である。そして、その武技の速度に乗ったザックは、赤い彗星となってザギュートへ迫る。


 ザックが通常通り戦っていては、決してザギュートには勝てない。ならば、少しでも相手の意表を突く必要があった。その思考がザックに普段はしないような選択を取らせる。


 ザックはもはや自分でも制御できないような、その速度の中で左拳を構えた。そこから放つは己の最強の一撃である『鬼神爆砕撃』だ。刹那、左拳に蒼白の炎が灯る。それでも尚、ザックの速さは止まらない。


 赤の彗星が蒼白の軌跡を描く。


 それは、このバジュラに流れた一つの星。


 村人たちの心を奪うような美しさをもって、ザックはザギュートへの距離を瞬時にゼロとする。そこで発動する武技は、『羅刹進撃』によって加速された身体から放たれる『鬼神爆砕拳』すなわち―――――。


「《閻魔彗星撃覇》!!!!」


 ザックは勢いそのままに、左拳をふるった。実際のところ、『羅刹進撃』のあまりの速度ゆえに自身でも完璧に制御できているとはいえない。それはそのはず、この武技は相手との距離を詰めるだけの武技であって、攻撃を加える武技ではないのだから。そのため、このザックの放った拳は技というよりも、子供がけんかでやる無茶苦茶なパンチのようなものだ。


 しかし、常軌を逸したその速度から放たれる存外の力を秘めた蒼炎をまとう左拳の威力は絶大。それは、ザギュートの意表を突くには十分すぎた。


 防御など間に合わない。


 ザギュートは驚きの表情を浮かべている


 しかし、もう遅い。


「おぅるぁぁああああああああああ!!!!」


 ザックは渾身の一撃でザギュートの顔面を殴り飛ばす。刹那ザックの拳に秘められていた蒼炎が炸裂し夜の闇を吹き飛ばす大爆発起こる。それは村人たちの怒りが蒼炎となって放出されたかのようだった。その一撃をもろに食らったザギュートは、その巨体に似合わないような速度で大きく吹き飛ばされる。


 それは、まさに称賛に価する一撃であった。


 移動用の武技に合わせてパンチを放つことすら並大抵のことではない。ましてや、それに合わせて己の持つ最強の武技を放つことなどもはや奇跡といっても差し支えないほどのものである。そして、それをここ一番で発揮する運とその実力。


 その一撃は、ザックが戦士頭として立つにふさわしい魔物たる証明の一撃であったのだ。


「おおおおお!!!!」


 吹き飛ばされたザギュートの姿を確認したバジュラの村人たちから歓声が上がる。


「さすがはバジュラ戦士頭!!俺たちが束になっても敵わなかった魔物を見事打ち取りおった!!」


 村人たちは、安堵とも歓喜とも尊敬とも興奮ともとれない感情にその表情を自然と明るいものにさせる。


「さすがはザックだ!!」


「いや、俺は信じていたぞ!!」


「私も信じてたわ!!」


 皆がそれぞれ溢れんばかりの気持ちを込めた賛辞を贈る。


 普段は謙虚なザックだが、今回ばかりは己を誉めてあげたくなってしまう。いまもう一度同じことをやれと言われても、それは難しいだろう。まさに、奇跡。村人たちを守りたいというザックの意思が巻き起こした奇跡の一撃だったのだ。









 しかし―――





―――村人たちのあずかり知らぬことだが、ザギュートは吹き飛ばされたその先で、微笑を浮かべていた。


 それは決して敗者の浮かべる笑みではない。まるで今あったことを単純に面白がるようなそんな笑みだった。

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