第25話『頭領ザギュート』

 バジュラ裏門に立つそのケンタウロスの瞳からは一切の感情をうかがわせない。見たものをそれだけで怯えさせるようなその強面は鉄の無表情を貫いている。


 しかし、それはまるで自分の胸からこみ上げる激情を必死に抑えて表に出さないようにしているような表情にも見えた。


 彼は動かない。


 その場から一歩も動かず、じっと裏門に集まりゆく魔物たちのほうを見つめるだけである。彼の考えの内を覗くことができるものは、その場に集まったバジュラの者たちの中では一人もいなかった。


 バジュラ裏門の前で不動の姿勢を貫いているその魔物こそ、反乱軍カタストロフ最強の魔物たる頭領ザギュートである。


 彼は目的の魔物がいつまでたっても現れないことに憤りを感じていた。


 元より、反乱軍の頭領である彼が正門からの攻撃に参加せずに一人で裏門に立っている事態こそが異常だろう。しかし、彼にはどうしても引けない理由があった。


 その理由とは、己の手で弟の敵を討たなければ気が済まないからだ。


 男として、反乱軍頭領して、そして兄として当然のことである。


 昼間に強硬偵察へと送り出していた彼の弟たるガズルの消息がこの村で途絶えているのだ。ザギュートは、まだガズルが実は生きているなどという希望的観測はもう止めている。つまりこの村で消息が途絶えたこと、それが意味することはガズルの死に他ならない。


 またそれが意味することは、この村に自分の弟の命を奪った輩が存在するということ。それをおいそれと見逃すほどザギュートは甘い性格ではない。


(そいつだけは俺が、必ず………。必ず、殺してやる!!)


 ザギュートが裏門に一人で赴いた理由は、裏門からガズルと同じように攻めればきっとまたガズルを殺したのと同じ輩が裏門に現れるだろうと思ったからだ。そう思ってザギュートはずっと裏門の前に立っているものの、それらしき物が現れる様子は見られない。それどころか、先ほどから続々と集まっている魔物たちは一目で弱者と判断できる程度のものでしかないのだ。


 この程度の魔物達に彼の弟たるガズルがやられるはずはない。兄であるザギュートには少々劣るものの、ガズルもかなりの強者であったのだから、それぐらいは分かる。彼の強さは外ならぬザギュートが一番よく知っている。幼少期より二人でその腕を高めあってきたのだから。


(なぜ現れない。しかし…。このままではらちが明かないな。気乗りはしないが、少々手荒な真似に出るとしよう)


 不動を貫いていたザギュートが突如、ガラス玉のように動く気配を見せなかったその瞳をギョロリと先頭に立つ魔物たちの方へと向ける。そして、骨の髄まで響くような重低音を発した。


「私こそが反乱軍カタストロフ統領ザギュートである!!貴様らのような雑魚共に用はない。私の望むことは一つだけだ。俺の、俺の弟を殺した奴を……この手で、殺すことだぁあ!!」


 ザギュートから、暴風のように猛る殺気がバジュラの村人たちに向かって放たれる。その強烈な殺気に、屈強な戦士たる魔物達ですら恐怖のあまりその身を震わせてしまう。


 しかし、そこでザギュートは自分を鎮めるかのようにそこで呼吸を一度整える。そして、ある程度呼吸が整ったと判断したところで、再び口を開いた。


「すまない、取り乱してしまったようだ。今からお前たちに質問をするが、答えなかったり嘘を答えたりしたものに関しては命の保証はしないと先に言っておく。さて、私と同じような背格好をしたケンタウロスの魔物が今日の昼頃にこの村へ攻めてきたはずだ。その者を殺した者を差し出せ。そうすれば、お前達の命は見逃してやろう」


 ザギュートのその言動は、自分を絶対者と疑わない尊大なものだ。しかし、それが虚勢を張っただけのものではないことは先ほど放たれた殺気から明らかである。


 質問を受けたバジュラの魔物たちは、みな戸惑いを覚える。


 というのも彼のようなケンタウロスの魔物は今日に限った話では一切見受けられなかったからだ。村人たちが戸惑うのも道理である。何のことか分からなかった村人たちは周りの魔物と小さな声で相談を始めるしかない。


「おい、お前知ってるか?」


「いや、しらない」


「誰か聞いたものは?」


 村人たちは少しでも情報を得ようと必死に小声で言葉を交わし合う。しかし、いかなる情報も出てこない。たとえ敵であったとしても、強者の言葉は絶対なのだ。何も答えられないというのはまずい。


 しかし傍から見れば、動揺したように慌てて周りの魔物達と相談を始める村人たちの姿はまるで大事なことを隠そうと打ち合わせを行っているようにしか見えない。


「隠し事ならやめとけよ?せっかく無傷で見逃してやると言っているんだ。おとなしく喋ったほうが身のためだぞ」


 ザギュートは、そんな村人たちのその態度に苛立ちを隠せない。その表情は、憤怒でゆがんでしまっている。だが、バジュラの村人からすれば何の話だか分からない。


 それはそのはず。先ほどの話に出て来た、彼の格別の信頼を得ていたケンタウロスのガズルは誰にも知られない間にシュナが瞬殺してしまったのだから。そして、その事実を知る者は三者いるが、皆この場にはいない。


 しかし、そんな事はこの場にいる誰もが知る由もないことである。ザギュートは苛立ち、村人たちは困惑するのみ。そんな状況がいつまでも続くかと思われた。


 しかし、そんな事態を改変するべく一人の魔物がザギュートに向かって声を張り上げる。それは、目の前で殺気を放つ魔物の恐怖におびえながらも皆の気持ちを代弁せんとする勇敢な申し出だった。


「ザ、ザギュート様!!私は、この村で戦士を任されているテリーと申します。皆の気持ちを失礼ながら代弁させていただきます。今日のバジュラ村において、そのような魔物は一切見受けられなかったかと存じ上げます!!」


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