第26話『村人の決意』
それはテリーの必死の叫びであった。その顔は恐怖で引きつり、ピクピクと目筋のあたりが痙攣している。声を発してからというものの、テリーからは冷や汗がとめどなく噴き出していた。徐々にテリーの衣服が冷たい汗に滲んでいくのを感じる。
テリーは、バジュラの中でもそこそこ腕の立つ魔物だ。そんな腕の立つものであるからこそ、ザギュートの恐ろしさが手に取るようにわかるのだ。そんな彼が、強者であるザギュートの期待に応えないような返事をした。その勇気は称賛に価するだろう。しかし……
「そのような者は見受けられなかっただと…?そんな、そんなはずがあるわけないだろうがぁ!!ふざけるなよ貴様!!!!」
彼のその答えはザギュートの逆鱗に触れてしまったようだ。怒声が、まるでそれ自体が破壊力を持つかのようにバジュラの村人たちを襲う。ビリビリと空気が震えるほどの迫力だ。
そして時を移さずザギュートは力をその身体の内側にため込むように背筋をかがめる。
ザギュートが暗く揺らぐような赤色のオーラに包まれる。その身体から噴き上がってくるそのオーラはまるでザギュートの怒りを具現化したようだ。
ザギュートの行動に理解が追いつかない村人たちが、彼のその行為を不思議に思う。しかし、そのような時間はごくわずかだ。それは、ザギュートが瞬刻行動を開始したからだ。
「シッ!!」
ザギュートが村人たちの視界から突然消失する。本当に突然、今までそこにいたという事実が嘘だったようにザギュートの姿は消えてしまったのだ。
しかし、それはあくまでも村人たちから見た様子に過ぎない。
「カッ…」
魔物の身体に重い何かをぶつけたような鈍い音が響いたかと思うと、かすかなうめき声だけを残してテリーは地面へと受け身を取ることも出来ずに崩れ落ちる。その身体には無数の鉄球が撃ち込まれたような痛々しい打撃跡が幾つも生じていた。
崩れ落ちる者がいれば、その場に姿を現すものも一人。
前者はテリー。そして、後者はザギュートである。彼は一瞬のうちに村人達から姿が消えたと思われるほどの速度でテリーとの距離を一気に詰め、刹那の連撃を浴びせていた。その数、八撃。そしてその一撃一撃の威力は強烈無比。テリーはその実、もう二撃目でその意識を失っていたのだ。
「あまり私をなめないほうがいい………」
ザギュートは激怒していた。その怒りは、普段は怒りに任せて誰かを殴ったりしないザギュートがついかっとなってその手をふるってしまった程だ。というのも、先ほどの魔物の答えはどう考えてもザギュートをなめているとしか考えられなかったからだ。
この村でガズルの消息が途絶えているというのに、この村でそんな者は見受けられなかったというのはあり得ないだろう。嘘ならばもう少しましな嘘があるはずだ。つまり、こちらを侮っての発言に違いない。
ザギュートとて、雑魚に侮られるのは好きではない。ましてやこんな状況では尚更だ。
しかし、これは完全なザギュートの思い違いである。
ザギュートの経験からすると、ガズルが強硬偵察に赴いたのにその地の者の印象に残らないなんてことは有り得ないことである。普段はその絶大な魔力を以てその地の者に恐怖の象徴として脳裏に刻まれるのがガズルだ。そのためザギュートは、村人たちがガズルのことを知った上で隠しているのだと判断した。そんな彼にガズルが誰にも知られることなく『とある魔物』に瞬殺されたなどという考えは出てくるはずもない。
しかし、不幸なのは村人たちである。村人たちは訳が分からなかった。というのも何が彼の逆鱗に触れたのか全く分からないのだ。先ほどの魔物は正直に知らないことを知らないと伝えただけなのだ。確かに望む答えではないかもしれないが、知らないことを知らないと伝えて怒られたらどうしようもない。この魔物は狂人の類ではないかと思うものも少なからずいた。
「いいか?正直に話すのだ。そうすれば危害は加えないと言っているだろうが…。だが、これ以上隠し通すことを望むというのならその時は力ずくでその口を開かせてやる。私もお人よしではないのだと知れ。さぁ、もう一度聞くぞ?弟を殺した奴は誰だ」
ザギュートの再びの問いかけにも、村人たちはうつむくだけで何も答えはしない。いや、出来ない。
彼らは覚悟を決めていた。もう何を話しても無駄だという事実。誠心誠意で話して分かり合えないのであれば、残る手段は一つしかないのだ。ならば覚悟も決まろうというもの。
村人たちの間で相談はない。しかし、言葉は交わさずともその心は一つ。伊達に同じ村で生活しているわけではないのだ。このくらいのことは言葉を交わさずとも分かる。残すはきっかけだけである。
ザギュートが質問をしても村人たちからしばしの間答えが返らないのは先ほどと同じである。しかし、先ほどまでと違うことがある。それは村人たちの様子だ。その顔は覚悟を決めた者の顔だ。
村人たちの様子に、ザギュートはとうとう村人たちが答える気になったかとその返事を待つ。だが、いくら待っても返事は帰ってこない。どういうことかとザギュートが再び口を開こうとしたその時
「そんなやつ知らねぇなぁ!!」
ある村人から戦闘の開始を合図する気合の咆哮が張り上げられた。と思うと、村人たちはザギュートめがけて一斉に駆け出す。それは、その手で攻撃を加えるための疾駆。バジュラの村人たちは危険を承知で脅威の排除を自らの手で行うことを決心したのだ。
一対数百、普通に考えればその差は圧倒的だろう。しかしそれは同程度のレベルの者同士の戦の話である。圧倒的な実力差が存在する場合――
――数の暴力は意味をなさない。
「愚か…」
半ばあきれたかのようなため息がザギュートから漏れる。雑魚の相手程つまらないものはないのだ。
ザギュートは、自らを取り囲むように迫ってくる村人たちへ向けて、魔法を発動させる。
「《ディフュージョン・ショックウェーブ/拡散する衝撃波》!!」
ザギュートを中心として全方位に、白色の衝撃波が放たれた。
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