第24話『足止め』

 時は少々さかのぼる。


 反乱軍カタストロフによって、バジュラ正門に打ち込まれた広範囲殲滅魔法の威力から彼我の実力差を悟った村の魔物たちは正門から遠ざかるように村の裏門へと皆逃げ出していた。


 その表情は必死そのもの。額を流れ落ちる汗すら、誰もが気にすることなく走る。それは、強者を前にした弱者の態度だった。強者に立ち向かうのは、同じ強者か愚か者しかいない。強者を前にした弱者に残された選択肢は、隷属か逃走しかないのだ。


 幸運なことに、避難を開始したバジュラの村人たちは誰もが反乱軍カタストロフと遭遇することなく裏門までたどり着くことが出来た。反乱軍カタストロフは正門からしか攻めて来ていなかったのである。全方位から包囲網を形成しながら襲撃されていればこのように無事に逃げることは出来なかったであろう。


 しかし、村人たちが裏門の辺りまでたどり着くと同時に、皆の動きが急停止する。そして、徐々にそこには渋滞ともいえる状況が生まれる。まるで裏門が行き止まりになっていて、これ以上先へ進むことが出来ないとでもいうように。


 逃走中にその足を止めるというのは、自殺行為と呼び変えても差し支えない。どんな事情があったとしても通常は考えられない行いである。


 そのため、後方で足止めをされてしまっている魔物達からは何故前の奴らは先に進まないんだ、という怒りの声が上がり始めている。いや怒りというのは正確ではないだろう。心の根底にあった本当の心は、恐れである。


 だが、だからと言って裏門の先頭にいる魔物たちを責めるのは酷だ。なにせ、彼らだって後続のものたちと全く同じ思いを抱いていたのだから。逃げられるものなら、一目散にその場を離れて逃げ出したかったろう。


 ただ彼らには、一つだけ後続の者たちと違う点があった。それは、彼らの行く先を阻むものだ。それは――――――。








 的確な状況判断と、優れた移動速度によって誰よりも早く裏門へとたどり着いたオーガのテリーは裏門までたどり着いたもののそこから先は、一切の行動をとることができなかった。


 その理由は目の前に立つ一人の魔物。


 その魔物を一言で表そうものなら屈強という言葉がふさわしいだろう。その体は、筋肉隆々というわけではない。もちろんその魔物の種族における平均な個体から比べれば、肉体の筋肉量は比較にならないほどだが、筋肉量においてはそれだけでどうこうという程のものではない。


 では、一体何がその者を屈強たらしめているのか。それは、戦闘に必要のないものが一切そぎ落とされているだけでなく、戦闘によってのみ鍛え上げられたその鉄のような硬質感を持つ身体だ。その身体のうちに秘められている力は一体どれほどかテリーには見当もつかない。


 テリーもオーガという種族ゆえに己の肉体能力には自身のある方だったが、目の前に立つ魔物と比較すればお話にならないだろう。


 それだけではない。もう一点彼の力を示すものがあった。それは彼の左手に握っている白色のハルバード。その透き通るような白さは、月光を彷彿とさせる。


 ハルバードの纏う雰囲気から、それが超一級の武器だということは戦闘に詳しくないものでも一目瞭然だ。ある者は、美術品としての価値をそれに見出すかもしれない。つまりは、それだけの逸品だということだ。


 強靭な肉体に一級の武器。それはまさに強者そのものだった。


 そして、テリーが逃げ出そうとしない最後の理由。


 それは目の前の魔物の持つその脚である。その魔物の脚数は魔物の一般的な数とされている2本ではない。その数を倍にする4本である。


 目の前に立ちはだかる魔物は、ケンタウロスと呼ばれる種族であった。その特徴は、その強靭な脚による機動力である。その脚力はワーウルフをも凌ぐ。


 並の魔物では逃げ出したとしても、すぐに追いつかれてしまうだろう。その想像が難くないからテリーは行動を起こせないのだった。もし、その魔物が敵意をもっていれば、即座に己の命は刈り取られてしまうだろう。だが、少なくともここで動かずにいれば相手は何の行動もとらないのだ。そう考えると、うかつに行動に移すことは出来ない。


 その後も、やはり時間だけが過ぎていくだけで何の行動も起こせず、そこに立っていることしかテリーは出来なかった。嫌な汗がテリーの額を伝って地に落ちる。


(何なんだよぅ。こいつは一体何なんだよぅ…)

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