第16話『悪党』
俺はシュナちゃんの家には何度も行ったことがあったが、こんな魔物は見たことがない。
それに、この魔物が漂わせている雰囲気はいい魔物の雰囲気ではない、どちらかというと近寄りたくない暴力的な魔物の雰囲気を漂わせている。
まぁ、ほとんどの魔物は暴力的なのだが。
それにしてもこの魔物からは、いい雰囲気がしない。
俺はどうリアクションを取っていいのか分からず、男の前で固まっていることしか出来なかったのだが、そんな俺の感情を察したのだろうか、謎のホブゴブリンが先に口を開いた。
「んだテメェ、なんか俺たちに用があんのか?」
俺に睨みを利かせるかのように身を俺に向けてかがめてくると、ドスの利いた声で問う。
「す、すいません。な、何でもないでしっ!!」
怖い。怖すぎて噛んでしまった。
何でこんな奴がここにいるのか。誰だ、こいつは。
「おい、おまえ俺を馬鹿にしてんのか?」
俺は応答を間違えたのか、その魔物の態度がさらに悪化する。あと一歩踏み違えたら殴りつけられそうだ。
「いえ、そんなつもりはございません!!」
俺は、精一杯の誠意を込めて、俺の持てる最速で頭を下げる。その角度は、地面に対してキッチリ九十度だ。これ以上の謝罪はないだろう。
「はぁ、何だその態度は?テメェ俺たちを警備隊につきだそうってんじゃねぇだろうなぁ、おぉ!?」
ホブゴブリンの態度がさらに悪化するのを感じてはいるが、怖すぎて顔を上げることが出来ない。俺は必死に地面を見つめながら答えを返す。
「滅相もございません、これで失礼します!!」
訳が分からないが、こういう時は逃げるのが一番だ。だいたい、これだけでキレるってやばいだろうこの魔物、なんでこんな奴がシュナちゃんの家にいるのか分からない。
一目散にここから逃げ去ろうと、華麗なターンを決めた後全力でダッシュしようと地面を踏み込む。しかし、ホブゴブリンの腕が逃げ出す俺の襟首をつかむほうが早かった。
俺はゆっくりと時間をかけて、ホブゴブリンの方に振り返る。
「ちょっと待てや。こっちとしても見られたからには無事に返すわけにはいかねぇなぁ」
え?ちょっと待って。これはやばいやつだ。
シュナちゃんがいなくて心が折れそうになったかと思えば、何か分からないがもっと不味い状況に遭遇してしまったらしい。
俺の全力の抵抗もむなしく、俺は家の中へとホブゴブリンに荷物のごとく投げ込まれる。ホブゴブリンは俺に続いて入ってくると同時に鍵を閉めた。これで脱出の可能性も潰えたということだ。
ど、どうしてこんなことに…。
投げ出されて地面にそのまま激突した痛みでズキズキする身体で家の中を見渡す。まるで盗人が入ったがごとく荒らされている室内には、俺を放り投げたホブゴブリンともう二人の魔物がいた。片方は知らない魔物だったが、もう片方の魔物はよく知っている。
「モ、モルガンさん…」
自然と声が漏れた。
そう、部屋の中にいたのはバジュラ一の富をもつ魔物モルガンだったのだから。後ろを向いているが、その恰幅の良い体を見ればそれが彼だということは一目でわかる。
そんな彼はバジュラの中では生粋のドケチ者として知られている。いつも金儲けのことばかり考えている嫌なおじさんだ。
しかし少なくとも知っている魔物がいるということで俺は少し安堵する。しかし、部屋の様子がおかしい。
タンスは乱雑に引き出されその中身があたり一帯に散乱しているし、普段は季節の花が挿されている花瓶はひっくり返されてその中身をぶちまけている。そして、戸棚からはほとんどの食器類が放り出されて、床にはその残骸が散らばっている。
「モルガンさん、いったい何をしてるんですか?」
俺の質問に、扉に背を向けて戸棚をあさり続けていたモルガンがもったいぶるようにゆっくり振り返る。それに伴い、その身体に備え付けられた必要量をはるかに超えたお腹の蓄えが揺れる。
その表情はいつものケチなおじさんのそれではなく、欲望にまみれた豚のように醜いものだった。
「おぉ、誰かと思ったらタツキ君じゃないか。何をしているかだって?見たら分かるだろう、探し物だよ」
当然のことだと言わんばかりにモルガンが答える。
「こ、これはモルガンさんがやったんですか」
モルガンの全くもって悪気を感じていないようなそぶりに俺は戦慄する。
「そうだとも。シュナ君が家を空けた時を狙ってね。この時を私はずっと待っていたんだよ。普段は魔法による防御結界を張るのを忘れない子だが、今回ばかりは気が抜けていたようだね。フッフッフ……」
心の底から愉しそうにモルガンは笑う。
「こ、こんな盗人みたいなことしていいと思っているんですか?」
シュナちゃんの家に盗みに入るなんて許されることじゃない。だが、モルガンは全く気にした様子もなく答える。
「ん?そうだね、このようなことは許されたことではない。だから私は考えたのだよ。ねぇ、君たち?」
「「ああ」」
二人のホブゴブリンはそう言うと、モルガンの両隣に並び立つ。欲望を隠すこともなく表したその表情はまさに悪党のそれだ。
モルガンはやけに優しそうな表情を作ると、ニコリと微笑みながら言葉を続ける。しかし、その瞳には決して優しさなどという感情は宿ってなどいない。
「タツキ君、これはね、反乱軍カタストロフがたまたま民家から財産を強奪した不幸な事件だったということになっているんだよ」
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