第3話『バジュラ最弱』
「今日はあそこまで柵で囲えばいいみたい」
シュナちゃんはそう言うと、その細い白く透き通るような指でここから遠くのあたりを指さす。
「え?今日のノルマの量おかしくない!?何故に今日こんなに多いの?イジメ!?」
俺たちの工事現場は、村のはずれにあたる奥に森が広がる村と森のちょうど境界のような場所である。
「しかも、今日マキュリスもいないじゃん!!さすがに、この量を二人だけでやるなんて無理でしょ!!」
柵で囲うと一言でいっても、その作業は想像以上に骨が折れるものなのだ。
と言うのも、柵というのは、まず地面に直径が握りこぶしほどある支柱を30センチほど埋め込む穴を掘るところから始まる。
また、地面とこれを一言にいっても、途中には石が埋まっていたり、硬い層があったり、気持ち悪いワーム系のモンスターがいたりするのだ。ワーム系モンスターを掘り出してしまった時は肝が冷える。中には噛みついてくる奴もいて、大変迷惑している。
こんな地面を、俺たちの手で40センチも掘り進めなければならない。魔法のスコップでもあれば話は別なのだろうが、バジュラにあるのは普通のスコップのみ。シュナちゃんも筋力は強いほうではないのでこの作業は非常に骨の折れるものである。
ここまでしてようやく一つ、支柱を立てるための穴を掘ることができる。そして、その堀った穴に支柱を埋め込んで掘り進めた土を固めてやっと一本完成だ。
もちろん、俺たちの仕事は支柱を1本立てておしまいなわけでなく、柵を作ってようやくである。つまり、それだけ膨大な数の支柱を埋めなければならない。今日のノルマだと、おそらく支柱が100本あっても足りないというところだろう。
って、無理じゃねぇか!!と俺がもう半ば諦めかけていたのだが
「うーん、確かにこれをいつも通りタツキと私だけでやってたんじゃ間に合わないね」
とシュナちゃんもその意見に賛成してくれたので俺は完全に諦めた。物事は諦めが大切である。よし、今日のノルマをクリア出来なかったことを何と言って言い訳するかを考えようじゃないか。
しかし、彼女が本当に諦めていた訳ではなかったことが次の言葉によって知らされる。
「よーし。今日は周りに誰もいないし、ちょっと本気出しちゃおうかな?」
「え、どうしたの急に?」
普段は、本気を決して見せようとしない彼女にしては珍しい発言に俺はびっくりした。彼女が本気を出す時は誰かを守るときだけだと思っていたのだから。
何なんだこのヒーロー設定…。
「だって、ここなら誰かに見られる心配もないじゃない?なら、いいんじゃないかなって」
「シュナちゃんは、他の誰かに本気を出している所を見られるのが嫌だったってこと?」
あれだろうか。思春期によくありがちな、本気を出すのは恥ずかしいみたいな。
しかしシュナちゃんは、イヤイヤと大きく首を振るとこう続けた。
「いやだって、本気を出してるところを村のみんなに見られちゃったら、私も狩りメンバーに入れられちゃうでしょ?」
そんなことも知らなかったのかとでも言いたげな顔をしている。まぁ、そんな顔でもシュナちゃんの美貌が崩れることはないのだが。
シュナちゃんのその答えを聞いて、俺はなるほどなと納得する。確かに、一定以上の強さを認められた者たちは村の食料を調達するために危険なモンスターを狩る、狩人となることが仕事となってしまう。
シュナちゃんは女の子なのだから、そういったことは怖いのだろう。やはり、中身もかわいいぜシュナちゃん!!
「そうだよね!!狩りなんて怖くてとてもいけたもんじゃないよね!珍しく気が合ったみたいで嬉しいよ。まぁ俺の場合は話が少し違うけど!!」
「え?」
シュナちゃんが心底戸惑ったかのように素っ頓狂な声を出す。その目は大きく聞く見開かれ、そんな答えが返って来るとは思わなかったということが容易に読み取れる。
その様子に俺はやっちまったことを悟る。
これはあれだ。『君のことは分かってるよ、こういう感じでしょ?』と当てにいったはいいものの、実際は全然違っていたというやつだ。俺は恥ずかしさのあまりカァっと顔が熱くなるのを感じる。
「私は別に狩りに行くのは怖くなんてないよ?ただ、私が狩りにいってしまったらその間誰がタツキを守るの?」
「お、おうっ。そういう理由ですか…」
どこまでも信用されてない自分へのふがいなさと、シュナちゃんにそこまで心配してもらえる嬉しさという、相反する二つの感情が同時に湧いてくる。
「どうしたのタツキ? 変な顔しちゃって」
どうやら今の俺は、喜びと悲愴が混じり合ったカオスな表情を浮かべていたようだ。
「いや、何でもないよ。大丈夫」
「だって、タツキったらワーム系のモンスターも殺せないもんね、フフフ」
「いやだってあれ気持ち悪いじゃん!!ウネウネしてるの見ただけでゾワーってするよ。おまけになんか、牙はえてて噛みついてくるし!!」
「だから私はタツキを放って狩りにいくわけにはいかないの。その辺にいるただのワームすら殺せないのはもうどうしようもないわね…。もうタツキって、生物最弱名乗ってもいいんじゃないかしら」
シュナちゃんは、いたずらっぽい表情を浮かべてクスリと笑う。
「もうその話はいいから!!はやく仕事しようよ、仕事!!」
話題が不穏な方向に進みつつあったので、俺は急いで話をそらしておいた。
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