第2話『タツキの力』

 その理由が気になった俺は、いつもいる彼女がいないのはどうしたものかとシュナちゃんに聞いてみる。


「えっとね、なんでも昨日の夜に村の大人たちで大事な話し合いがあったらしいの。それでマキュリスったら私も参加するーって言いだして、結局夜遅くまで村の大人たちと一緒に話し合いに参加してたんだって。それで寝坊しちゃったんじゃないかな?」


 マキュリスも俺たちと同じ場所ではたらく職場仲間で、俺たちの幼馴染だ。ちなみにバジュラ村長の娘でもある。そのため村の大事な話し合いなどには毎回出席しているのだ。


「むぅう、そういうことならしかたない…………かぁー」


 二度寝をしようとしてたたき起こされた俺としてはいささか不満も残るが、これは村長の娘の特権だろう。そもそも、夜遅くまで話し合いに参加していたのであれば致し方ないことではないか。


「で、いったい何の話し合いだったの?」


 俺は、ちょっと気になった点を聞いてみる。


「それがなんでも、最近この辺りでカタストロフっていう反乱軍たちが暴動を起こして、近隣の村々を制圧して回ってみたいなの。それで、私たちのこのバジュラも危ないんじゃないかってことでの対策会議だったみたい」


「そういうことだったんだ。大戦のあとからそういった話って本当に絶えないよなー」


 そう、先の大戦である大魔界大戦で俺たちの住むこのマルス帝国は大敗北を喫した。その絶大なカリスマ性でこの帝国を一手にまとめあげていた先代皇帝シュータゲイザーが、ロンドミル王国魔王ディアボロスに一騎打ちの末敗れてしまったのだ。


 それからというもの、ただでさえ国の絶対的指導者たる皇帝が討たれて国内が混乱している状況なのにも関わらず、戦争の損害賠償やらなんやらで帝国の富は搾り取られてしまい、その残りかすのような富でなんとか暮らしているのが今の俺たちの住むマルス帝国の現状である。


 そして絶対君主制を敷いていたマルス帝国は、その心臓たる皇帝が死んでしまったことにより転機を迎えた。それは、次世代皇帝がまだ子供でろくな力をもたないということで、自分こそが皇帝にとって代わってやろうという反乱があちこちで起きるようになったのだ。


 それは先代皇帝の求心力が、いかに優れていたかの証明でもあったのだが。


 しかし、このような状態がこのマルス帝国の現状なのだ。ただでさえ敗戦国として資源はほとんどない状態で、なおかつ国内は反乱が頻発に起きてしまい、しまいには村は戦争で労働力を失って人手不足。そりゃあ、二度寝ができないのも納得のいく話である。


「そんな物騒なことが起きてるんだったら、夜も安心して眠れないじゃん!」


「そんなこと言ったって、タツキは毎日ぐーすか眠れてるでしょ。もう、そこは男の子なんだから『俺が守るから安心しろ』ってくらい言いなさいよね。みっともなーい」


 シュナちゃんは、ぷくっと頬を膨らませると俺にあきれたような目で不満を申し立ててくる。


「俺だって、言いたいよ!それどころかいっそ『俺がこの帝国を統一して平定させてやるぜ!!俺が皇帝ならお前は皇女だ。ファーッハッハッハッハッハ』くらいのこといってみたいよ、トホホ…。シュナちゃんだって俺がこの村で一番弱いことぐらい知ってるだろ?」


「それもそうね。でも流石にこの前、生まれてまだ間もない女の子にも負けていたのは本当にびっくりしたわ!!」


 とシュナちゃんはまるであの時の面白さを思い出したかのようにプっと噴き出す。


「お、俺の黒歴史をさらっと掘り返すのやめていただけませんかね・・・」


 もはや俺の男としての矜持はゼロである。


 とは言っても、さすがにまだ生まれて間もない赤ちゃんにすら勝てないのはどういうことだ?と疑問に思う方もいると思う。


 いやしかし待ってほしい。


 ここは様々な種族、とはいっても人型の魔物が中心だが、の魔物たちが暮らす魔物の町バジュラである。つまり、ここにいるのは赤ちゃんといえども魔物の子なのである。


 想像してみてほしい。


 君は生身で、全身が固い岩でできたゴーレムにダメージを与えることはできるだろうか?


 魔物にはそれぞれ異能力というものが備わっていて、なかには鋼鉄ですら傷をつけられないほどの屈強な皮膚を持つ者もいるのだ。そんな者に俺の生身の体で傷をつけることなど、まず不可能。


 それどころか、中には雷を身にまとったり、炎を自在に操ることが出来るような者もいるのだ。そんな者に素手で殴りかかろうものなら、こちらのほうが瀕死の重傷をおってしまう。


 魔物を相手にするというのはそういうことなのである。


 じゃあ、お前はどんな能力をもっているんだと疑問に持つ人もいるだろう。


 その答えは




 一切なし




 だ。


 そう、ちょっと力が強かったりすらしない。俺は魔物の子として生まれたにもかかわらず、その辺の人間と全く変わらないごく平凡な力しかもっていないのだ。


 魔物とはいえ、皆が皆おぞましい化け物の姿をしているわけではない。バジュラに暮らす魔物たちは天狗や鬼、変わったものでは幽鬼などといった亜人系の魔物が中心だ。


 だが、おれの場合はそうではない。完っ全に人型なのだ。異能力もなければ見た目も姿格好も肉体能力も、完全に人。自分で魔物ですと言わないとよく人に間違われる。小さい頃は村の知らないおじさんたちに人間と間違われて食べられそうになったことが何度もあった。


 今晩はごちそうだぁ!!じゃないんだよ、全く。


 その度に、シュナちゃんたちに助けられていたのだが。


 そんな完全な人型の俺には一切の固有能力は見受けられなかった。魔物の特徴とでもいうべき異能力が。そりゃあ、赤ちゃんにも負けるはずだわ。


 ちなみにシュナちゃんは幽鬼である。彼女の異能力として俺の知る限りでは


 非実体化

 紫炎

 紫電


 というのがある。


 うん、モノが違うとはこういうことを言うんだろうね。


非実体化は、ほぼ無敵に等しい能力だし、それに加えて紫炎、紫電に至っては周りで誰も持つ者がいない。固有ユニーク能力アビリティと呼ばれる類のものだとは思うが、それがどれほどのものなのか桁が外れすぎててわからない。しかも、まだこれ以上の能力を秘めているように感じられる…。


「いやぁそれにしてもタツキってこの村の中で一番弱っちいよね、フフフっ。でも大丈夫、いざというときは私が守ってあげるからね!!」


 おう、とうとう好きな女の子に守ってあげる宣言をされてしまった。


 ふつう逆だろっ!!


 とまぁ、俺の自尊心が今日もバッキバキに折られたところで今日も仕事の始まりの時刻が来たようだ。村に定時を知らせる鐘の音が鳴り響く。


「よし、そろそろ今日の仕事はじめようか♪」


 そこに自尊心をズタズタに引き裂かれた者がいるだなんて気づきもしない様子で、シュナちゃんは天使のような笑顔で俺に微笑んでくれる。女の子に守ってもらう宣言ってマジ男として終わりな気がする…。


 まぁいいんだ、弱くたって。シュナちゃんと一緒に居られて幸せなら俺はそれでいいんだ…。

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