仲間殺しの勇者 前編

河原一平

第1話『始まりは日常通りに』

「きっと…この世界を、救って………。」


 今にもこと切れそうなはかない女性の声が聞こえた。


「タツキ」


 その声を聞いて。もう俺はこの人と会えないのだと知って。


 俺は涙がただただ止まらなかった。これほどまでに人は涙を流すことが出来るのかという程に泣き崩れた。








 目が覚めた。しかしまだ眠気は冷めやらない。目をこすろうと手を伸ばすと自分の頬が濡れていたことに気付く。


 あれ?俺泣いてたのか?そういえば何か悲しい夢を見たような気がしないでもない。


 まぁいいや、とりあえず二度寝しよう…。


「おいタツキィィィィ!!!!」


 などと思っていると、早朝からボルテージマックスの怒号が響く。


「お前いつまで寝てるんだよ、とっとと働けボケ!!うちの村にはお前みたいな働き盛りの男を寝かせておく余裕はねぇんだよ」


 まったく…俺はこんなにも眠いというのになんで早朝から働かなきゃならんのか…と反抗的な思いを抱くが、それはそっと胸の内にしまっておく。


 そう、俺のおかんはマジで怖いのだ。この人型魔物達が暮らす村バジュラにおいてすら皆から恐れられるやばい魔物なのだ。


「ただいま起きました!おはようございます、母上!」


「なに馬鹿なこと言ってんだよ。くだらないこという暇があるならとっとと働いてきな!!」


 人界には「君子危うきに近寄らず」という言葉があるらしい。君子な俺は速攻で危うき母上から逃げ出すように家を出た。


 俺の向かう先は…。


 男らしく狩りへ!!というわけじゃなく、俺の今の持ち場である村を囲う柵の工事現場だ。こんな俺なんかが狩りになんていけたものじゃない。


 そもそも俺たちの住んでいるこのバジュラ村だが、先日起きた大魔界大戦の影響で生活は質素そのもの。日々の暮らしにいっぱいいっぱいな現状がある。


 そりゃあ、二度寝が許されないわけで。


 そんな俺の将来の夢は、皆が二度寝できる豊かで幸せ社会を作ること。実に素晴らしい夢だ。


 俺は荒れ果てた村を進む。途中で見かける村人たちは、日々の苦労がにじみ出たような暗い顔をしていて村全体の雰囲気はどんよりとしたものだ。曇りでもないのに曇りの日のような薄暗い気配に包まれている。先日の大戦の爪痕は思った以上に深いものだったようだ。


 木々はその葉を散らし、何にも覆い隠されることなくその姿をさらしているし、その木々が生えている土壌は、その養分を枯れ果たしてしまったように薄暗い灰色のような色に変色してしまっている。


 そもそも、なんでこんな大戦が起きてしまったのかというと…。


「タツキ、おはよう!」


 鈴のような心地よい音色が耳に聞こえた。


それだけで、少し気分が明るいものになる。


そう、その声を発した少女こそが俺の長年の思い人のシュナちゃんである!!


 絹のようなきめこまやかな白い肌、プラチナをほうふつとさせる朝日を反射して白く輝く艶やかな銀髪、そしていかなる美の巨匠であっても表現できないであろう完璧な調和がとれたまだすこし幼さが残るその美貌に宿る瞳は真紅。


 まさに超絶美少女という言葉がふさわしいその少女は、宝石のような笑顔で俺に手を振ってあいさつをしてくれる。


 あぁ、生きてる意味を感じる瞬間だ。


「おはよう!!」


 俺も元気に返事を返す。


 今日も相変わらず可愛いシュナちゃんに俺の眠気は吹き飛んだ。そりゃあ、シュナちゃんを目の前にすれば眠気なんて吹き飛んでしまう。


「タツキは相変わらず元気だね、フフっ」


「そう、俺はいつだって元気だよ!シュナちゃんさえいれば、俺の元気はいつでも満タンさ!」


「タツキったらまた馬鹿な事いって~」


 シュナちゃんがクスリとほほ笑む。彼女の周り一帯だけがまるで光り輝いたかのような錯覚に陥るほどの破壊力だ。


 幼馴染の俺ですらこうなのだから、初めて会った奴なんかは驚きで声も出ないだろう。絶世の美女を前にした者たちは声を発することも出来ない、とどこぞの本で読んだ気がする。


「あれ?そういえば、まだマキュリスは来てないの?」


 普段なら俺が来る頃にはシュナちゃんともう一人俺の幼馴染の魔物がいるのだが、今日は見当たらない。どうしたのだろう。

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