断ち切る

 休日の午後1時過ぎ頃、豊田先生と私は車で父の居る家へ向かった。25分くらい走ると見慣れた古い団地が見えてきた。

 事前に豊田先生が家に電話を入れてくれたけど、父は出なかった。多分、休みの日だからお昼まで寝ているんだろうと私は伝えた。

 車を駐車し終えた豊田先生が、気合いの入った声で

「よし、行きますか!」といった。

 スーツ姿の豊田先生も綺麗だった。

 玄関の前にたどり着くと、ポストには大量のチラシがはみ出て挟まっていた。

 だらしない、汚い部屋に豊田先生を呼ぶなんて、よく考えたら恥ずかしいと思った。

「すいません、部屋中、散らかってるかもです…」

「大丈夫、気にしなくていいわ」

 豊田先生がインターホンを鳴らす。

 が、出てくる気配がない。

 豊田先生はもう2、3回続けて鳴らした。

 すると奥から重い足音が聞こえて、錠を外した音がしたと思ったら、扉が勢いよく開いた。

「…るせーなぁ、何だ?」

 寝起きで機嫌の悪いときの父が出てきた。

 豊田先生を睨んだ後、私と目が合った瞬間こう言った。

「あ!てめぇ、今まで何処にほっつき歩いてたんだぁ?この女は誰だ?何しに来たんだ」

「お休みの所申し訳ございません。私は学校で保健を担当している豊田と申します。午前中にお電話をしたのですが、茜さんのお父様で間違いないでしょうか?」

「保健?何で保健のセンコーが家に来るんだよ、普通担任が来るもんだろ」

「色々事情がございまして…あの、少し中でお話をさせて頂きたいんですが、宜しいでしょうか?」

「…たく、しょーがねぇな」

 父は渋々中に入れてくれた。

 案の定、家の中はゴミや物で散らかっていた。

 ほとんど掃除は私がやっていたから、居なくなってからは一度も掃除されずにいたんだろう。

 …最悪だ、腐った匂いがする。

 最近は女も来ていないのか、酷く荒れていた。

 いつも父の寝ている部屋に通された。

 布団の周りには飲み終わった空の缶や焼酎瓶が散乱していた。

「んで、要件は?こいつが何かしたのか?」

 そういって煙草に火をつけて吸い始めた。

「まず、学校で起こっていた事をお話します。お父様はご存知だったか分かりませんが、茜さんはずっと学校でいじめにあっていました」

「ふーん、ってことは怪我かなんかしたから保健のセンコーが来たってわけ?」

「随分落ち着いてますね。普通娘さんがいじめにあっていたら驚愕なり、怒りを示すと思いますが…」

「なんだって?!じゃあいじめた奴教えろよ。俺がそいつんち出向いて訴えるなり示談金貰いに行くからよ」とわざとらしくにやにやしながら喋る父が気持ち悪かった。

「茜さんは、酷い怪我を負っていました。しばらく保健室で手当をしていたんですが、落ち着いた時に詳しく話を聞くと、事態は想像よりも遥かに深刻だったんですよ」

「いじめがか?」

「それもありますが、貴方との関係もです。そこで単刀直入に言いますが、茜さんをこの家に置いておくのは宜しくないと考えています。なので茜さんを私に引き取らせて頂きたく、こちらに伺った旨です」

「あ?何だと?」

「茜さんから全て聞きました。あなたには育児放棄、虐待と家庭環境も非常に悪く、このまま茜さんをここに放っておくのは危険だと、勝手ながら判断したのです。そして茜さん自身も、ここから離れる事を望んでいます」

「はっ、何勝手にペラペラ言ってんだ!つか、こいつはもう中学生だぞ!育児もへったくれも十分でっかく育ってるじゃねぇかよ。なにが危険だ、クソ野郎」

 父の貧乏ゆすりが始まった。そして私を睨む。

「今まで娘さんが帰ってきていないのに、一度も学校や警察に連絡をして来ないのもおかしいですよね?」

「遊び呆けてんのかと思ったんだよ、まさかそんな事になってるとは微塵も思わねぇ。つーかこいつも何も言わねーしよ」

「言わなかったんじゃなくて言えなかったんですよ。貴方が恐怖で娘さんを支配させていたからでしょう。家では奴隷のように扱っていたみたいですし」

「おいおい、何だその言い方?子供にただの家事手伝いをさせてただけだっつーの。他人の家の教育に口挟むのか?食わせてやってんのは俺だぞ!命令を聞くのは当たり前だろバカが」

「そうですね。じゃあその教育をこれからも継続させるつもりなんですね?」

「だとしたら?訴えるってか?」

「それか、黙って私に引き渡すかのどちらかですね」

「あーそーかよ。こいつの何が良いんだか…。あれだ、根暗だからお前はいじめられんだよ」

 そう私に向かって吐き捨てるように言った。

 すると豊田先生は舌打ちをして、父にこう言っていた。

「…アンタみたいな、いじめる奴が!そのまま大人になって居るからっ、いつまで経ってもいじめがなくならないんじゃない!!この子の事もまるで分かってない、親として失格よ!もう金輪際、この子に近づかないで下さい」

「おーこわ…既に母親ズラかよ。あーあ、もうめんどくせぇわ。んな奴くれてやるからとっとと出てけや糞が」

 私は慌てて自分の部屋から荷物をまとめると、豊田先生とすぐさま家を出た。


 初めてあんな豊田先生を見て驚いた。けど、何か清々しい気持ちと嬉しい気持ちだった。

 車に戻ると豊田先生が落ち込んだ顔をして私にこう言った。

「茜ちゃん…ごめんね!もう我慢できなくなってついカッとなっちゃったよー、大声出してびっくりしたよねホントごめんね」

「いいえ全然、大丈夫です。むしろ嬉しかったし、豊田先生かっこよかったです…」

「ほんと?でも、マジであんな最低な奴が親だったなんて恐ろしすぎ。もう二度と会わせないし、近づかせないから安心して」

「はい、ありがとうございます」


 豊田先生のマンションに戻ると、しばらくして後から三木先生と橘くんが駆けつけて来た。

 最悪な状況にならずに無事に帰ってこれたのが本当に良かったと、2人共安堵していた。

 あの場所から抜け出せた事は凄く大きい。実は父に会った瞬間過去の嫌な出来事がフラッシュバックして、吐きそうになって、声すら出せなかった。

 全部が気持ち悪くて、豊田先生が居なかったらどうなっていたか…。

 でも、もう考えなくていいんだよね。

 これからは心置き無く、自分の事に向き合えば。

 何かあったとしても、もう私は一人じゃない。

 みんながいる。


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