大人嫌い

 夜の七時頃、高級住宅街から少し離れた場所にある、人気のない小さな公園に眞辺理沙は居た。

 黒いキャップを被り、黒のパーカーとスエット生地のボトムに、スニーカーを履いた格好で一人、ベンチに座っていた。 そして足を組み、ポケットから手慣れた様子で煙草を取り出し口に咥えると、ライターで火をつけて一服し始めた。

 すぐに吸殻が落ちそうになるくらい強く吸うと、口から思い切り煙を吐き出した。

 その煙は風にのって街灯まで昇っていった。


 理沙が煙草に手を出し始めたのは、元彼の影響だった。出会いはSNS、高校生だった彼の見た目は爽やかイケメンで生徒会長もしているのに、実は煙草を吸うというギャップに惹かれたのだ。そして周りからはお似合いカップルとも言われていた。だが、付き合いはそう長くは続かず、理沙から別れを告げて終わった。


 理沙は今日あった出来事を思い返した。


 ──あの場所には何も面白い事なんかなかった。

 むしろ、腹立たしくなっただけだ。

 部屋の中の空気もずっと胸糞悪かった。

 まるで、私達は優しくて善良な人間ですよ、ってか?ふざけんな。

「まじで気持ちわりぃ」

 煙草を吸うペースが早まる。

 タイヤをパンクさせた位では、まだ怒りも収まらなかった。


 何で未だに佐藤茜が平然と生きていられるのか、理沙には理解不能だった。それにあいつも大人は嫌いなはずではなかったのか──。


 三本吸い終わったタイミングで、スマホに着信があった。原まりえからだった。

「あーもしもし、おう、公園に居る」

 しばらくすると、まりえが小走りでこちらに駆け寄ってきた。

「理沙〜!大丈夫だったぁ?」

 まりえの私服姿は、白のフード付きニットワンピースに桃色のムートンブーツ。いつも通りの女の子らしい格好だった。

「最悪だったわ、まじで」

「えー!何で?なにがあったの!」

「なんも面白くなかったんだよ…」

「そっかぁ…つまんなかったのね」

「だからさ、今日うち誰もいないから遥と愛も誘ってパーッとやろうぜ」

「うん、それいいね♪今すぐ誘う!」


 近くのコンビニの前で待ち合わせをして、四人が合流すると、買い出しを始めた。

 四人は好きな物を一通りカゴに入れたら、いつも通りに理沙の奢りで会計を終えると、高級住宅街にある一軒家に向かった。

 到着すると理沙が、門扉の所でセキュリティーコードを打ち中に入ると、玄関灯の人感センサーが反応して明かりがついた。持っていた鍵を使って玄関を開ける。

 眺めていた遥が呟いた。

「何度来ても超凄い…綺麗な理沙ん家」

「たまに来る家政婦のお陰で綺麗なだけだよ」

 理沙はそう言って靴を脱ぐと、リビングのある部屋へ歩いていく。その動きから自動で廊下の足元にも明かりが点灯していった。

「おっじゃまっしま〜す♪」

 まりえ達が後に続く。

 四人共広いリビングに集まると、テレビをつけながらテーブルに買ってきた食べ物や飲み物、お菓子等をつまみながら、しばらく楽しんだ。

 途中理沙が保健室であった事を皆に話すと、

「やっぱ保健の先生がアイツ庇ってんだね」と愛。

「パンクさせたのはマジ最高、理沙やるね」と遥。

「私だったら、ムカつくの隠せなくてすぐ怒って帰っちゃうと思うなぁ」とまりえ。

「ははっ、それは想像つく。まりえは素直だからな」

「でも、本当に私達の事を真剣に想ってくれる大人なんて、この世に居ないと思ってる。信じられるのは理沙達と、自分自身だけなんだよ…」

 まりえがそう言った後、表情がどんどん暗くなっていく。過去の辛い記憶を思い出してしまったか、と焦った理沙はまりえが喜びそうな事を言ってみた。

「あ!そうそう冷凍庫にさっき買った苺のアイスクリームが入ってたんだった!今持ってくるから待ってろ」

 理沙は直ぐにキッチンの方へアイスを取りに行った。

 まりえは小学五年の頃に、父親から近親相姦をされた過去があった。それがトラウマで、今も口先だけの大人や男自体が嫌いだ。

 ほどよく凍ったアイスとスプーンを渡した。

「ありがとう理沙」

 まりえは笑顔に戻った。


「トイレ行ってくるー」

 そう遥が言ったのはこれで三回目だった。

 遥の家は貧乏大家族、お金になる事や物に興味津々。たまに家のものがいくつか無くなっているのは、遥がトイレから戻ってくるまでに盗んでいるのだろう。戻ってきてしばらくは目を合わそうとしない。本当に大事な物は金庫に入っているから別に盗んでも許しているが。盗みは親から教わったらしく、慣れた感じで外でもしているみたいだが、捕まるのも時間の問題だろう。


 愛の方はというと、家族はシングルマザーで幼い妹がいる。母親は水商売で働いていて、ほぼ愛が妹の面倒をみている。帰ってくると母親は偉そうで口ばかりらしく、子供の事は放置。産まなきゃ良かったと何度か言われたらしい。酷い親だ。無責任すぎる。


 そして私の親は共働きで、常に考えている事は会社の利益。子供の事は二の次。今まで授業参観や、運動会、発表会等も見に来た事なんか一度もない。

 その割には成績が悪いと叱られる。成績、結果しか見ようとしない。お金持ちであっても決して幸せだと言うことも無いのだ。

 


 ***



 理沙は、佐藤茜との出会いを思い出した。

 佐藤茜こいつも大人が嫌いなのではないか、と同時に虐めがいがありそうだとも思った。そして一人ぼっちで居た茜に、一言、こう声をかけた。

「なぁお前、大人は嫌いか?」

 佐藤茜はいきなり自分に声をかけられた事に困惑していたが、少し考えた表情をした後、小さく頷いた。

 それからというもの、全て茜には馬鹿な大人に向けて色々指示したり、嫌がらせをさせた。

 それを傍から眺めていた理沙は、ずっと愉快だった。日頃のストレス発散もできて楽しかったし、生きている理由も分かったような気がしていたのだ。

 でも、違った。また振り出しに戻ってしまった。


 まぁ弱い佐藤茜が保険の先生に悪さすら出来るとも思わなかったが、大人を信じるとも思っていなかった。…やっぱ顔面に画鋲刺しときゃ良かった。


 夜十時半頃になって、遥と愛の二人は家に帰っていった。遊びに来た時はいつもまりえだけ、理沙の家に寝泊まりをさせる。

 理沙の部屋のベットの上で、はしゃぐまりえ。

「ほんとふかふか〜気持ちいいよねぇ♡」

「何でそんなにまりえは可愛いんだー!」

「えー?わっ」

 理沙は隣に寄り添って、まりえを抱き締めた。

「…人の温もりって最高」

「ふふ、あったかいね」


 …しばらくこのまま、時が止まればいいのにと思った。



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