邪魔者

 

 ドアが開いた音がした。

 茜の姿が目に映ると、豊田は歓喜の声を上げた。

「茜ちゃん!お疲れ様!大丈夫だっ……?」

 茜の背後に、もう一人生徒が居た。

 茜の頭一つ分飛び抜けて、すらっと伸びた背に長い黒髪。高校生と言われたら信じてしまいそうなその子は、異様な雰囲気を醸し出していた。

 言葉を失った豊田に、すかさず反応した理沙は自己紹介を始めた。

「初めまして、茜の友達の眞辺理沙です!保健の先生とも仲良くなったって聞いてたので、今日一緒に来ちゃいました♪」

「あら、そうだったの!豊田です、よろしくね」

 着いて来る時から理沙の普段と違う表向きの喋りに、茜は酷く嫌悪感を抱いた。

 保健室内を見渡すと、まだ橘君と三木先生の姿はなかった。

「豊田先生って、めちゃくちゃ綺麗ですね!モテるんじゃないですか?今彼氏います?」

「え?!何言ってるの、そんな事ないわよ。彼氏は募集中」

「そうなんですかー?絶対すぐ出来ますよ!」

 理沙は豊田の目の前に座って質問を続けた。

「スキンケアは何使ってるんですか?肌もシミひとつ無くて羨ましいです〜」

 次々と言葉が出てくる理沙に二人共呆気に取られていた。そして周りを自分のペースに持っていくのが上手な子だと豊田は思った。大人の扱いにも慣れている様子。

「眞辺さんも、十分綺麗だから大丈夫よ。それより、茜ちゃんの怪我の状態を少し見たいから、お話は後でもいいかな?」

「あ、そうですよね、すみません…」

 豊田が最優先するのは茜の事だけだった。


 茜にベットへ横になってもらうと、カーテンを閉めて理沙に聞こえないように耳元でこう囁いた。

『何かされた?録音はできた?』

 茜は左右に首を振った。

 何もされていない。

『じゃあそれは持ったままでいて』

 ブレザーの左ポケットに入っていた録音機の事だ。

「痛いとこはある?ここはどう?」

 豊田は普通の声のトーンに戻して、茜の足を触りながら聞いた。

「…押すと痛いけど、大丈夫です」

 その時、保健室のドアが開いてホープが入ってきた。



 ホープは目の前に座っている人物に目を見開いた。

 先程、原まりえと新井遥と宮田愛の三人は、大人しく帰って行ったのを見届けた所だったが、眞辺理沙はここに居た。佐藤さんと一緒にいるかもしれないという考えは当たっていたが、着いてきたのか。

 ──何のために?

「あ、こんばんは」

 理沙はホープに挨拶をして微笑んだ。

「…こんばんは」

 奴が何を企んでいるのか、警戒しつつも冷静を装って室内へと入った。

「ホープ君、お疲れ様」

「豊田先生、佐藤さんは大丈夫?」

「えぇ、大丈夫よ」

 ホープはすぐさま車椅子を動かしてベットへと近づくと、茜の姿を確認し、ほっと息をついた。

 そして眞辺理沙がここにいる事で、僕達の話し合いが出来なくなってしまったなと、さり気なく豊田先生に目配せをした。

 それに気づいた豊田はホープにこう伝えた。

「今日は、私が茜ちゃんを送ってくから、ホープ君はサッカー行っておいでよ」

「えっ……」でも、アイツが気になってサッカーに集中出来るわけが無い。しかも敵はすぐ側にいるのに。

 眞辺理沙はスマホを弄っていたが、この会話は聴いているだろう。

「大丈夫。何も心配いらないわ」

 豊田先生には何か考えがあるのかもしれない、と思った僕は、素直に従う事にした。

「分かったよ。じゃあ、二人とも、また明日ね」

「橘君、ありがとう。また明日ね」

 佐藤さんの声には、含みがあった。そして凛々しい表情をしていた。

 保健室を出ると、ホープは思いついた事に行動を移した。



「…さっきの橘君てハーフだよね?茜よく一緒にいるのみるけど、付き合ってるの?」

 黙っていた理沙が喋りだした。

「違う、友達だよ」

「え、そうなの?てっきり付き合ってるのかと思った!お似合いなのに、ね〜豊田先生もそう思わないですか?」

「ふふ、そうね」

「ほらぁ、茜好きなら告っちゃえば?あっちも絶対茜の事好きだと思うよ」

「橘君は、友達だから」

 私にとって、初めて出来た、大切な友達。

 その関係を壊したくないし、壊されたくもない。

「眞辺さんは?彼氏、居るんでしょ?」

 豊田先生がそう理沙に聞く。

「私ですか?今は、居ないです」

「あら、そうなの。好きな人は?」

「好きな人は居ますよ。一方的な片思いですけど」

 いじめる奴の内側なんか知りたくもないと思っていたけど……。

「良いじゃない♪どんな人なの?」

「…笑顔が良くて、前向きな奴、かな」

「素敵ね!応援するわ!!」

 えっ、豊田先生?嘘でもそれはちょっと嫉妬心がっ……。

「ありがとうございます」

「他にも今、何か悩んでることは無い?」

「悩み……いいえ、無いですね」

 理沙の表情が一瞬だけ曇った様な気がした。

「そう。ならよかった」

 程なくして、眞辺理沙は先に帰って行った。



 ***



「ふぅー!なんか本当に疲れたわ!何あの子!」

「お疲れ様です……私も心臓やばかったです、、」

「茜ちゃんよく頑張ったわね!何も無くて良かったわぁ、ハグ〜♡」

 豊田先生の強めの抱擁が嬉しかった。

「さっきの少しの質問で、何か分かったんですか?」

「そうね、ある程度は。まぁ雰囲気からして醸し出されてるものが悪すぎて、三木ちゃんにも伝えなきゃ」

「雰囲気、ですか」

 そもそも私はあいつの眼がほんとに嫌いだった。人を見下すような眼で見てくるから。

「さ、もう今日は帰りましょう」


 学校からは特に父親からの連絡は無く、私はまた豊田先生の家にお世話になることに。

 この事が済むまでは、しばらく無理に戻らなくていいからと豊田先生の優しさが凄く有難かった。


「え!嘘でしょ!?」

 駐車場へ行くと、豊田先生の車の右後のタイヤがパンクしていた。

 誰かがやったのだ。

 そんなの、理沙しかいない──。

「はぁー、全く。もうこれが私の車だって分かってたのね。まぁ、こんなこともあろうかと、確かスペアタイヤがあったはず」

 豊田先生流石です……。

 辺りはもう暗くなってきていた。

 豊田先生の指示で、私は懐中電灯を受け取り、タイヤ部分を照らした。

 パンクしたタイヤには何か鋭利な物で刺されたのか、裂けていた。

「余計な仕事増やさせて、あとで覚えておきなさい」

 豊田先生を怒らせるなんて。理沙は馬鹿だ。

 いつまでも悪事をし続ける人は、絶対痛い目に合うべきだと言っていた橘君の発言を思い出した。


「よし、これでとりあえずOK!茜ちゃんありがとうね。さぁ、車に乗って」

 豊田先生の声は元気に聴こえたが、顔は酷くやつれていた。






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