ホープの過去

 毎日家から学校まで約二十分かけて車椅子通学をしている。 今日は雨が降っていたから雨具を着ていった。母に車で送ると声をかけられたが、僕は断った。皆と変わらず通学をしたかったからだ。

 そのお陰で大分、腕の筋肉が大きく成長して、電動車椅子サッカーも始めた当初よりは上手くなった。

 その電動車椅子サッカーの存在を初めて知ったのは中一の夏頃、担任から資料を渡されて紹介してもらった。

 まさか足が使えなくなってもサッカーが出来るとは思いもしなかったから、先生には感謝している。



 ***



 ホープは日本人の父とイングランド人の母との間に生まれた。三歳の頃からボールが好きで手離さなかった。それから十一歳の頃までずっとサッカーに夢中だった。将来は必ずサッカー選手になる事を夢見て一生懸命練習をしていた。

 勿論中学に入っても変わらずサッカー部で活躍するだろうと思っていたホープだったが、十二歳になる前日に不慮の交通事故によって、下半身不随になってしまう。

 それからというもの、ホープは生きる気力をなくし、入院中はしばらく鬱状態が続いた。

 何度かお見舞いに来たサッカークラブの皆には一切顔を合わさず、話もしなかった。

 もういっそ死んでしまえば楽になると、自殺行為を何度か起こすも、必死に母に食い止められた。


 ──なんで僕だけがこんな目にあわなきゃいけないんだ……!

 なんでなんだよ……酷すぎるよ──。


 大好きだったサッカーが、一生出来なくなってしまった現実を、受け止めたくはなかった。夢であって欲しかった。


 母には「命を取りとめただけ良かったの。死んでしまったら何もかも終わり。でもから。だからお願い、死なないで生きてほしい」と言われた。

 それからホープは母に泣いて欲しくない為に自殺行為はしなくなったが、学校へは行かずに家に引きこもるようになった。

 その代わり色んな本を読み漁った。(この時出会った一冊の本が後に茜とも繋がりがあるとは露知れず)


 たまに休日になると、家族で車を使わずに散歩をしようと外に出た事があったが、車椅子で出歩くのは思った以上に大変で、不便さを思い知らされた。まず何処に行くにも階段が多すぎるし、エレベーターが少なすぎる!段差も多い。電車やバスに乗る際も、スロープ板を用意してもらわないと乗れないなど、益々外に出る気が失せるとホープは思った。でも唯一、公園だけは好きだった。広い所だと、テニスコートや野球場、サッカー場もあった。

 ホープは日が暮れるまで、ずっと練習している彼らを眺めていた。

 それがもう何時しか習慣になっていて、小学校を卒業した後もそれは続いた。

 中学に入る頃には、三年生による部活動の勧誘が始まっていた。

 本来であればサッカー部に即入部届けを出しているはずだったホープ。

 今度は部活が始まる放課後になると、校庭の隅でサッカーをしている部員達を眺めるようになった。


 そんな姿を度々見かけた担任が、後にホープの未来を変えるきっかけをくれたのだった。



 ***



 朝礼と一時間目だけ授業を受けると、僕は保健室に向かう。たまに国語と英語が続いていたらそのまま受けるけど、それ以外は教室でわざわざ学ばなくてもいい。教師の教え方が下手くそだと尚更訳分からなくなるし、自分で調べて解いた方がマシだと僕は思っている。

「豊田先生おはようー」

「あらホープ君、おはよう♪」いつもの笑顔だ。

「今日はサッカーないから先生ん家寄ってもいい?」

「そうなの。良いけど、んふふ…茜ちゃんに会いたいの?」

「まぁね。三木先生も居るんでしょ?」

「勿論。茜ちゃん一人にはさせられないからね」

「それとまだ作戦会議で僕の役目を決めてもらわないといけないし?」

「あぁそうだったわね。じゃあ後で三木ちゃんと考えとくわ」

「頼んだよ先生」


 でも僕には既に一つ考えがあった。

 いじめる人間は自分よりも弱い相手、刃向かってこない奴を相手にするって事。

 実は僕も入学してから一年間いじめを受けていた。

 髪の色は金だし、肌は真っ白で目は碧く、おまけに車椅子だ。クラスで浮きすぎて、直ぐにいじめの標的になった。

 初めはかなり辛かった。不登校も考えた。でももう引きこもるのは辞めにしたんだ。

 その変わりに僕は居場所を学校内で見つける事ができた。

 それがここの保健室だった。豊田先生と顔見知りだった事もあってか、すぐに何かあると逃げてきた。それでもいじめ自体は無くなる事はなかった。


 だがある日、僕は危機感を覚えて行動を起こした。

 いじめのリーダー格が一人になった隙を狙って、背後から勢いよく車椅子で突進して相手を転倒させると、持っていたアーミーナイフを素早く取り出し、相手の腕を切りつけたのだ。すると相手は転んだ痛みと自分の血を見て困惑していたが、僕に目を向けると「てめぇよくも…」と言い出したので、僕は一言冷たい声でこう言い放った。

「これ以上やったらお前を刺し殺すけど良い?」

 相手は僕の殺気立つ表情を見て本気だという事を察したのか、慌ててその場から逃げて行った。


 それ以来、僕に対してのいじめは一切無くなった。


 問題は、何もせずにやられてばかりが本人にとって一番良くない結果を生む。

 出来ればそれは避けたい。逃げるのも勿論有りだけど、自分の身が危なくなったら自分で守るしかない。

 彼女の場合もそうだ。

 僕はなるべく彼女の為に何か出来ないかと考えてはいるが、実際どう行動するかを決めるのは彼女次第だから、まずは彼女と話し合って僕なりの考えを伝えてみるつもりだ。


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