本の著者

 茜はリビングのソファに座って読書をしていた。

 そこに三木がお茶菓子を持ってきてテーブル上に置くと、茜の隣に腰を下ろした。

「そのブックカバー可愛いね。お気に入りの本なのかな?」

 茜は笑顔でこう答えた。

「そうなんです。私にとって勇気をくれる、大事な本です」

 三木はどんな本なのか興味を持った。

「少し見せてもらってもいい?」

「勿論。どうぞ」と茜は快く手渡した。

 三木はすぐに始めのページを捲った途端、驚愕と歓喜の混ざり合った感情が込み上げた。

「…嘘!茜ちゃん!これ本当?私、すごく嬉しいっ」そういって三木は茜を見つめると、目に涙を浮かべていた。

「え??なんで泣いてるんですか?!」



 ***



 まさか、まさかな凄い出来事が、私の目の前で起こっていた。

 これは必然というものなのか、偶然のものなのか私には分からなかったけれど、確かなのは夢ではなくて、本当に、現実に起きている事であって。


 ──凄すぎる……。やば過ぎる!



 玄関の扉が開く音がした。

「ただいまー」

 豊田先生が帰ってきた!

「お邪魔しまーす」

 …この声は橘くん?

「先生んちめっちゃ綺麗だね」

「そう?」

 三木先生が立ち上がって玄関先へ出向いていった。

「友梨ちゃんおかえりなさい。ホープ君来たのね!」

「うん、来ちゃった」

 私もゆっくり立ち上がって後を付いて行った。

「ちょっと待ってね、今雑巾持ってくるから」

「あ、豊田先生大丈夫だよ。車輪カバー持ってきてるからそれ付ければ」

「ほんと?凄い、助かるわー」


 茜が姿を表すとホープが声をかけてきた。

「あ、佐藤さん!怪我もう大丈夫なの?」

「まだ少し痛むけど大丈夫だよ。橘くんは、学校で何も無かった?大丈夫だった?」

「何も無いよ。大丈夫、僕の事は心配無用」


 茜は一人で興奮していた気持ちを抑えることが出来ず、続けてホープにこう発していた。

「……きっ、希望を書いた人がね、三木先生だったのっ!橘くん知ってた?!」

 すぐ横にいる三木と茜を交互に見つめるホープ。

「…えっ、まじで?そうなの?全然知らなかった!」

「待って、ホープ君も私の本知ってくれてたの?」

「うん、もちろん!まじか、凄い!!鳥肌たった!」

「凄いよね!やばいよね!!」

 茜とホープは二人して興奮して、盛り上がっていた。



 キッチンで準備を始めた豊田と三木は、リビングにいる二人を眺めながら会話をした。

「もっとはやく教えてあげれば良かったわね」

「友梨ちゃん、わざと隠してたでしょ」

「いや?」

「嫉妬なんて感情もたなくて大丈夫だし。二人共、ちゃんと私達の事大好きだから」

「ふふ、そうね。私達も大好きすぎてこの空間終わって欲しくないと思っちゃってるし?」

「素晴らしい出会いに感謝しないとね」


 夕食の間もずっと本の話題で持ち切りだった。

 質問攻めに合う三木を横目に、黙々と肉を焼いて食べる豊田。

 どうして本名にしなかったの?物語を書いた時は何歳の時?この素敵な話を思いついたきっかけは?小説は今でも書いているの?


 三木は一つ一つ順番に、二人の質問に答えていく。

 そこで三木の過去も徐々に明らかになっていった。


 小説の元になったきっかけは、三木が小学生時代に飼育委員をしていた時、大事に育てていたウサギをモチーフに命の大切さと、尊さを幻想的に書いている。

 本格的に書き始めたのは十五歳で、当時の三木の時代もいじめが絶えず、問題になっていた。

 そして仲良かった友人が、突然の死によって亡くなってしまったのだ。それからというもの、三木はずっと一人で悩み、救えなかった命を悔やみ続けた。

 私に何か出来る事が絶対にあったはずだと。

 図書委員だった三木は、時間が空く度に図書室に篭っていた。そしてある日、本名は使わずに、小説を書いてみることにしたのだ。三木は思うままにペンを走らせた。

 何度か小説を投稿して、三木が高校三年の時に遂に期待の文学新人賞で、大賞を獲得した。

 それから大学に通いながらも、小説を書き続け、卒業する時にはスクールカウンセラーの資格にも合格した。本も何冊か出してはいるが、一番売れているのは今も変わらずデビュー作の希望だった。

 新作も現在書こうとしてはいるが、希望を超える作品を書く為に思考を練っている最中だった。


「でもまさか、既に私の小説が二人の手に渡っていて、読んで貰えていたのには、驚いたし本当に私、嬉しくて…書いて良かったなって……本望だよ……」

 また泣いてしまった三木に豊田がすぐ優しく声をかけた。

「本当に、念願叶って良かったね。おめでとう。私まで泣けてきちゃうからぁ〜!もう、ほら、いっぱいお肉焼いたから食べて食べて!」

「ふふ、うん、ありがとう」



 茜は本当に生きてて良かったと改めて思えた。

 死んでしまっていたら出会う事すらできなかったし、知る事も無かっただろう。



 ***



 ホープが帰る時間までに四人で作戦会議を始めた。といっても前回に決定した内容に変更はなく、主に三木が近くで茜達を見張りつつ、証拠を映像として撮る。豊田は三木とメールで状況をやり取りして、もし失敗した場合は直ぐに助けに向かう。上手くいった場合は、そのまま警察に通報をする。そして警察が来たら、証拠をみせる手筈だ。

 三木はこう話し出した。

「そこで、ホープ君には探偵の役割をしてもらおうかなと思ってるの。私でも出来るけど、ぜひ頭のいいホープ君に任せたいなと」

 それを聞いた瞬間ホープの目に光が刺した。

「探偵!面白そう!やるよ任せて!」

「そうね、いい考えだと思う」

「いじめる生徒達の情報を詳しく一人一人調べておいて欲しいの。どうしていじめるのか、原因は必ずあるからね」

「了解しました!」

「そしたら私が職員室行った際に、生徒達の個人情報をコピーしておくから、保健室で渡すわね」

「お願い友梨ちゃん。もし作戦が失敗したとしても、彼女達の弱みを握っていれば何とかなると思うし、いじめ自体収まる可能性もあるから」

「…弱み。凄いですね、流石です三木先生!」

 茜は心底感心して、尊敬の眼差しで三木を見つめた。

「そんな考えがあったなんて思いつかなかったです。わ、私も出来るだけ調べておきます!」

「茜ちゃんは、無理に嫌いな人の事考えなくても良いんだからね。茜ちゃんのできる範囲で大丈夫だから」

「はい!」

 誰にでも弱みはある。人には見せたくない弱みが。


 ホープが茜にこう告げた。

「あと佐藤さん、人には弱みだけじゃなく、もう一つあって、それは恐れによっても効果があるよ」

 …恐れ、恐怖。

 三木が答える。

「確かにあるけど、いい方法では無いわね」

「僕はその方法でいじめを阻止できた。身の危険を感じたから、そうするしか無かったし。だから、僕は佐藤さんにも万が一の事があったらその方法をお勧めする」

 豊田が口を開いた。

「そうね。それだったら、万が一の為に護身用の技を覚えておくと良いわ。私が茜ちゃんにあとで伝授するわね」

「はい!どんな技なのか、ぜひ知りたいです!」

 茜は嬉しくて感激した。

「なるほど、技かぁ。それのが安全で遥かに良いね」ホープも感心する。


 話も終わりを迎えると、ホープを家に送るために豊田が出て行った。

 残された茜と三木は、一緒に食器類を洗って片付け始めた。

「…今日も本当に楽しかったです」

「私も楽しかったし、嬉しかったよ♪」

「…あの、今日は、三人で寝たいんですけど、良いですか?」少し照れながら言う茜が可愛かった。

「もちろんだよ〜♡友梨ちゃんも絶対喜ぶよ!」

「良かったです…」

 茜の脳内では嬉しくてはしゃいでいる無邪気なもう一人の自分がいた。


 その後も笑顔が耐えず、三人で仲良く眠りに着いた。





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