初めての欠席
最初は入るまでに時間がかかったが、湯船に浸かるとやっぱり全身が滲みて痛かった。
その後から徐々に筋肉が緩むと、脱力感がきてあっという間に身体の芯から温まった。豊田先生が入浴剤を入れてくれて、湯の色が白く濁っていてとても落ち着く香りだった。
毎日シャワーだった茜は、久しぶりの湯船に顔が
──このまま、時が止まればいいのに。
至る所にできた痣を見るだけで、嫌な記憶が蘇ってくる。
──嫌だ嫌だ嫌だっ!!消えろ!思い出したくなんかないのに!
腕を強く摩って現実にされた事を全部無い事にしたかった。そして内側から沸々と怒りが込み上げてくる。痛みが恨みに変わりそうになったが、すぐに茜の手が止まった。
いけない、何をやってるんだ、私。こんな目に遭ってしまったのには許せないけれど、今ムカついてもしょうがないじゃん…。
それに冷静に考えてみると、あれが無ければこの状況は起きていなかったかもしれない訳で。
茜はそう思い直すと、数分でお風呂から上がって用意されたパジャマに着替え、二人の居るリビングへと戻って行った。
「うん、心配しなくても大丈夫よ、私達がみてるから。あ、茜ちゃん湯加減どうだった?」豊田先生が電話をしながら聞いてきた。
「丁度良かったです。……?」
「良かった。今ねホープ君から連絡きて、代わる?」
不意に渡された携帯に応答する。
「え、あ、もしもしっ」
「佐藤さん!どう?身体大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「あまり無理しないようにね。何かあったらいっぱい先生達に甘えちゃえばいいからさ!」
「ふふっ、うん」自然と笑顔になってしまう。橘くんは本当に優しい。
「でもいいなぁ〜、僕も鍋パーティ参加したかった!」
「…次は一緒に出来たら良いね」
「うん、そうだね!」
「じゃあまた、学校で…」と茜が言った時、豊田先生が近づいてきて橘くんに聴こえるようにこう言った。
「それなんだけど、しばらくは、怪我が治るまで茜ちゃんには学校をお休みにしてもらうから、ホープ君、茜ちゃんに会いたかったら家に来て」
「えっ…そっか、分かったよ」
私は普段通り当たり前に、明日も学校に行く気持ちになっていた。
ちゃんとこの怪我を治さないといけない。でも学校を休むなんて、自分に負けた気がするから昔から嫌だった。
茜は無意識に表情が強ばってしまっていた。
それを見た三木先生が察して「茜ちゃん、学校を休むのはプライドが許さないかもしれないけれど、今回だけは私からもお願いします。休んでください」
「……分かりました」
「ありがとう。茜ちゃん」
茜は繋がったままの携帯を豊田先生に返した。
「もしもし、じゃあホープ君また明日ね」と言って豊田先生は電話を切った。
「今日はもう寝た方が良いわ。はやく身体を治す為にもね」豊田先生はそう茜に言うと、隣の部屋に敷いておいた布団へ茜を寝かせた。
「豊田先生と三木先生は別のとこで寝るんですか?」
「そうね、でもまだ二人でそこのリビングで起きてるから何かあったら呼んでね」
「はい…」
てっきり一緒に寝てくれるのかとばかり思っていた茜は、少し残念な気持ちになった。大人には大人の話したい事があるのかもしれない、と解釈した。
しょうがなく私は目を瞑るけれど、全く寝られそうにない……。
しばらくすると今度は三木先生が部屋に入ってきた。
「ごめんね茜ちゃん、眠れそうだった?」
「全然眠れないです……」
「じゃあ眠れるまで私が隣に居てもいいかな?」
茜はこくりと頷いた。内心すごく嬉しかった。
「茜ちゃんの、日頃溜まってる思いとか全部、できれば私に吐き出してみてほしいな」
「溜まってる思い……、いっぱいあり過ぎて……」
「そかそか、何でもいいよ、受け止めるから」
穏やかな顔をした三木を見て、茜は少しずつ吐露し始めた。
三木先生は私の目を見てずっと真剣に、私の愚痴や不満などを聞いてくれて、一緒に共感もしてくれた。
途中からは、心に一生懸命留めていた物が全部雪崩のように崩れ落ちてくる感覚になり、最後は泣きながら話続けていた。
「やっぱり沢山ストレスが溜まってたね。大丈夫、今は思いっきり泣いていいから。茜ちゃんはもう、独りで全部抱え込まなくていい」
三木はそう言うと、茜を抱き寄せて優しく頭を撫でた。
***
目を覚ますと見慣れない天井が映った。
すっかり茜は熟睡していた。
──そっか、ここは豊田先生のお家だった……。
横を見ると三木先生が傍で寝ていた。
そういえば昨日、三木先生に色んな事言っちゃった様な……そして目が重い。めちゃくちゃ腫れている気がする……最悪だ。。。
あ!学校、と思ったが身体中の痛みで思い出した。休まなくちゃいけないんだった。
中学に入ってから、初めての欠席───。
今まで頑張って耐え抜いてきたけど、もう無理してあの四人に会わなくて済むんだと、そう思うと気持ちが楽になった。
もう少しだけ…、また寝ちゃおうかな…。
父にも邪魔されること無く、久しぶりの贅沢な二度寝が出来る喜びを噛み締めた。
自然と茜の顔も、穏やかな寝顔へと変わっていた。
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