写真立ての女の子

 学校から車で三十分程の場所に、豊田先生の住むマンションがあった。

 茜はゆっくり車から降りると、豊田先生に支えられながらマンションへと入り、エレベーターに乗った。

 階のボタンを確認すると、ここのマンションは十二階まであるらしい。豊田先生は十階のボタンを押した。

「茜ちゃんにも私の住処すみか、気に入ってくれると良いなぁ」

 豊田先生も三木先生と同じく私の事を名前で呼んでくれるようになった。

 十階に着くと、左右に別れた形で部屋が並んであり、豊田先生は左へと向かって歩いていった。

 ───1001。部屋の番号の隣には豊田と書かれた表札があった。一番端の角部屋。ここが、豊田先生の家。玄関の鍵を開けてドアを手前に引くと、「どうぞ、入って」と豊田先生は私を迎え入れてくれた。

「お邪魔します」

 中に入るとすぐに、豊田先生の匂いがした。

 いつも着ている白衣の匂いがする。お花の良い香り。豊田先生は私が無意識に目を閉じて嗅いでいる姿をみて「あれ、なんか臭う?」と聞いてきた。

 私は慌てて「い、いえ!すごく良い香りがしますね!」と返した。

「そう?多分柔軟剤の匂いかな」柔軟剤……?

「さぁ上がって、寒くない?今エアコン付けるね」そういってスリッパを私の前に置くと、奥の部屋へと入って行った。

 綺麗だな……。ホコリ一つない。私の家なんて汚すぎて絶対豊田先生が見たら驚いて引くだろうな……。

 少し進むと、そこは広いリビングルームになっていて、端には観葉植物が幾つか置いてあり、可愛いフィギュア等がテレビ台に飾ってあった。カーペットも花柄で素敵だった。すぐ右にはキッチンがあって、豊田先生が夕食の準備を始めていた。

「そこのソファに座っていいからね。テレビも付けていいから、自由にリラックスしてね」

「はい、ありがとうございます」

 私はソファに座ると、ゆっくり周りを見渡した。

 テレビの横にはパソコン用のデスクがあって、その上には一際目立つ大きめの写真立てがあった。

 女の子が一人アップで写っているのと、二人写っているのがあった。

 ……子供の頃の豊田先生かな?隣の小さな女の子は誰なんだろう…と見つめていたら、豊田先生が声をかけてきた。

「その写真は私と、私の妹よ。はい、温まるジンジャーティー淹れたから、良かったら飲んで♪」

「ありがとうございます…」豊田先生の妹さんだったんだ……。

「あとでゆっくりお話するね」そう言うとキッチンへ戻って行った。


 しばらくすると、インターホンの音が鳴った。

「はーい、三木ちゃんかな♪」豊田先生は玄関に向かった。

「お邪魔しまーす」と三木先生の声がした。何処かでお買い物をしてきたのか、お洒落な手提げ袋を持ってリビングに入ってきた。

「居た茜ちゃん!スイーツ買ってきたからあとで皆で食べよーね♡」と言ってキッチンへ、豊田先生と一緒に準備し始めた。


「はいお待たせ!辛いの大丈夫って言ってたから、チゲ鍋作ったよ〜」と豊田先生がテーブルに鍋を置いて蓋を開けた。

 一気に湯気が部屋中に舞い上がった。

 ……いいにおい!

「美味しそう…」

「今装ってあげるね」豊田先生は器に豆腐や豚肉、白菜にネギ、椎茸等一通りの具を盛ってくれた。

「ありがとうございます」

「ほんとに美味しそー!早く食べよう」

「うん!頂きまーす」「頂きます♪」「…頂きます」

 薄くオレンジ色に染みた白菜を一口食べると、先にピリッと辛さがきて、後から白菜の甘みが口の中いっぱいに広がった。

「…どう?茜ちゃん、辛さ大丈夫?」

「はい、すごく美味しいです」自然と笑顔が溢れた。

「良かったぁー、どんどん食べてね!」

「友梨ちゃんの作ったチゲ鍋最高☆」「ありがと♡」

「こうやって卵の黄身を絡めても美味しいのよね〜」

 女性だけの、三人で囲んで食べる食事って、こんなに楽しいものだったんだ……。



 ***



 鍋を食べ終えた三人は、食後のデザートを楽しんでいた。

「モンブランうまっ!♡♡」

「三木ちゃんスイーツ大好きだからねー、ほんと毎回買ってきてもらうと、ハズレ無しよ」

「そうなんですね。このショートケーキもめちゃくちゃ美味しいです…」ケーキなんてかなり久しぶりに食べた。

 私、こんな贅沢して良いのかな……幸せすぎてもう死んでもいいと思えるくらい──。


 不意にぼそっと、豊田先生がこう呟いた。

「…凛にも食べさせてあげたかったなぁ」

 ──凛?

「私の妹の名前、凛って言うんだけどね」と写真立ての方を見ながら話し始めた。私は豊田先生の事をもっと知りたいと思っていたから黙って聞いた。

「私が丁度、茜ちゃんと同じ十四歳の時に、凛は六歳だったの。小学一年生で、明るい活発な女の子だったわ……ある日、凛が学校で休み時間に遊んでる時に、誤って転倒して強く頭を打ってしまったの。その時は保険の先生が不在で、救急車を呼ぶのも遅れてしまって、運ばれた時にはもう息をしていなかった…。打ち所が悪かったとしても、保険の先生がちゃんと居て、少しでも早く対応をしていれば、凛は生きていたかも知れないのに……って悔やんで。それから私は保険の先生になって、少しでも多くの学校で負傷した子供を、私が救えればと思って、今の仕事を決めたの。前はずっと小学校ばかりだったんだけど、最近は中学生も部活とかで負傷する子も増えているから助けないとって思って移動したら、なんと!可愛い茜ちゃんに出逢えた訳♡」と言って私に素敵な笑顔を向けられて思わず照れてしまった。

 豊田先生は本当に、見た目も中身もすごく素敵な人だった。

 妹さんを亡くして辛かったはずなのに、前向きに物事を考えていて、私だったら病んで自殺すると思うのに……、豊田先生は心から尊敬できる人だ……。


「私もね、友梨ちゃんと同じく、多くの子供を助けたいって気持ちがあるからカウンセラーという仕事を始めたし、友梨ちゃんとも仲良くなれたの」と三木先生が私を見て話した。


「何時の時代も、って、だから、茜ちゃんに出逢えてほんとに良かったと思ってる」



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