三木先生


 陽が傾き、外は暗くなってきていた。

 茜はベッドで寝ていたが、一人の女性と話をする為に上体を起こした。その女性はボブの髪型で黒縁眼鏡をしている。年は豊田先生と同じくらいか少し上。茜の傍に座って自己紹介を始めた。

「初めまして、スクールカウンセラーの三木と言います。よろしくね」

 落ち着いた感じの優しい声をしていた。

「…佐藤茜です…」

「じゃあ茜ちゃん、て呼んでもいいかな?」

 茜はこくりと頷いた。

「豊田先生とは仲が良くて、たまにここの学校にもお邪魔したりしてたんだけど、茜ちゃんみたいな素敵な子が居たなんて知らなくて、もっと早くに出会いたかったなー」と、豊田先生を横目で見ながら言った。

 ……私が素敵な子?ってお世辞もいいとこだ。

「ご、ごめんて三木ちゃん!ほんと私がいけないの!本当にごめんなさいっ」あんなに両手を合わせて必死に謝っている豊田先生は初めて見た。

「茜ちゃんは、ホープ君とも仲良くしてくれてるの?」そう言われ、私は橘くんに視線を向けた。すると目が合って微笑んでくれた。

「…いいえ、橘くんの方が、私に仲良くしてくれているんです、感謝しています…」

「僕の方こそ、佐藤さんはすごく優しくて良い子だし、三木先生も親身に相談のってくれる良い人だから、安心して思ってる事吐いちゃいなよ」

「わお!更にイケメンにパワーアップしてるホープ君!友梨ちゃんびっくりじゃない?」

「だよねー、私も嬉しいよ〜♪将来が楽しみ」

「絶対車椅子サッカーで活躍するから!」

 笑顔で楽しそうに話している三人が、茜には羨ましく映った。



 今まで大人に助けを求めたって誰一人助けてくれたことは無かった。だから無駄だしって諦めて自分の身は自分で守ってきた。

 でも、この人達に出会ってからは少し人の見方が変わった。私の事をお世辞でもたくさん褒めてくれるし、心配もしてくれている。優しい人も存在するんだと、この人達になら、私の今辛くて苦しい現状を、どうにかしてくれるかもしれない──。



 しばらく沈黙していた茜が、やっと話し始めた。

「…私は小学五年生の頃から、今もいじめにあっていて、ずっと一人で我慢して耐えてきた…もう、毎日死にたいって思って、逃げるにも家に引きこもる事さえ出来なくて、信用出来る大人も居ないし、私は生きていても意味ない、いなくてもいい存在なんだって、私がいなければ父も楽になるし、私も楽になる。…でも、豊田先生や橘くんみたいな優しい人に出会っちゃったら、死にたくない、むしろ楽しくて生きたいって思えて、でも今度は、橘くんに迷惑かけてしまった、私のせいで…もうどうしたらいいんだろうって、これ以上傷つけたくないし傷つきたくない……だからお願いします、助けてください───」

 茜は泣きながら目の前の三人に助けを求めた。

「思い切って話をしてくれてありがとう。茜ちゃんは、一人で良く頑張ったね。でももう大丈夫だから、私達があなたを助ける 」そう言って三木は茜を強く抱きしめた。


 緊張していた──。心臓の鼓動が速くて三木先生にも伝わっちゃってるかな。でも全部思った事が言えて、気持ちがスッキリした。


 茜が泣き止んで落ち着くと、三木は幾つか質問をした。いじめる生徒はどのクラスにいて、何人か、男か女か、いじめをするタイミングや場所など、それと家庭環境も詳しく聞かれて、茜は隠さずに全部話した。

 三木はそれを全てメモしてまとめた。

 ・二年B組

 ・女子四人、一年から常に一緒に行動。

 ・休み時間や放課後、誰もいない教室や多目的室、

 体育館裏、トイレ、下校の際には万引きやお金を巻き上げるなどを強要。

 ・小学一年から父子家庭に、父親からも暴力を受けていた過去がある。


「なるほどね、茜ちゃんありがとう」

「アイツら相当な悪じゃんか!許せない、絶対痛い目に合うべきだ!」

「さて、肝心な証拠を掴むにはなんだけど、三木ちゃん私に考えがあるの」

「ん?なになに?」

「佐藤さんにボイスレコーダーを常に仕込ませて、彼女達の発言を取ってきてもらうの」

「いい考えね、でも茜ちゃんが危険な目にあったらどうするの?」

「そうなる前に防犯ブザーも一緒に持たせておいて、危なくなったら押してもらう。でもまだ佐藤さんを走らせたくないから、三木ちゃんに近くで見張ってて欲しいの」

「なるほどね。でも私が近くに居るなら声だけじゃなくて動画も撮る事にしない?茜ちゃんの命がかかっているから」

「わかったわ」

「僕も何か役目がほしいんですけど」

「そうね、考えとくからとりあえず橘くんはサッカーがあるでしょ?」

「あ!そうだった!もうそんな時間か…あーもう!」

 みんなが真剣に、私のために解決の道を考えてくれている。嬉しすぎてまた泣きそうになった。

「佐藤さん、名残惜しいけど行ってくるね、体お大事に。豊田先生あとで連絡するからよろしく!」

 そう言うとホープは保健室から出ていった。

「はーい」

「もう帰宅時間すぎてるのね、作戦会議はまた明日にして今日は終わりにしよっか。佐藤さん、家には帰れそう?」

「はい、私……」

「あ!そこで提案なんだけど、佐藤さんが嫌でなければ、家に来ない?」

「え?ちょっと友梨ちゃん?」

「豊田先生の家に、ですか」

「佐藤さんだったら全然ウェルカムだし、遠慮もいらないわ。何なら三木ちゃんも今日は家に泊まる?」

「まじで言ってる?それなら茜ちゃんとゆっくり話できるし好都合だけどさ、茜ちゃんが気使っちゃうよね…」と茜の顔を伺う三木。

「これからはお姉ちゃんと思って気軽に接して!」

 豊田先生と三木先生とお泊まり…ずっとそばに、信頼できる人が居てくれる……安心……。

 どうせ帰ってもあの女がいるし……それに心配だってしてくれる筈もない。

「…本当に、行ってもいいんですか?」

「もちろん!怪我の調子も見れるし。じゃあ今日は三人でパーティーだね♪」

 そしてこの後、茜は豊田先生の家に初めてお泊まりする事になった。

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