2

救い

 ……あの机は、橘くんのだった。


 なんて事しちゃったんだろう、私のせいで…。

 とにかく返さないと、困ってるはずだ。



 茜は傷ついた身体で多目的室から出ると、教室の方へと戻った。


 まだ授業中らしく、学校内は静かだった。

 廊下には放置してあった机がそのまま置いてあった。茜は腫れている両手で机を持ち上げると、A組の教室まで運んだ。

 茜は戸を開けるのを少しだけ躊躇したが、すぐに身体は動いていた。

「───失礼します」と茜は言って、机と共にA組の教室にお邪魔した。一斉に注目を浴びる。

 誰?なに?とクラスの生徒達がざわつく。

「ん?何だ君は?どうしたんだ?」数学の先生が黒板に向かっていた手を止めて、茜に声をかけた。

「授業中にすみません、橘くんの席は何処ですか?」

「え、あぁ、橘の席はそこだが……」と先生は一番後ろの窓際の方を指さした。

 茜はそちらに視線を向けると、ホープの姿は無く、ぽっかりと一席分の空間が空いていて、広く床が見える状態だった。

 茜は無言で机を持ったまま、全身の痛みに堪えながら奥の窓際まで行くと、机を元の場所に戻した。

 そして踵を返すと一言「失礼しました」と告げ、戸を閉めた。この後茜は自分の教室には戻らず、保健室へと向かった。





「佐藤さん?!何その傷!」



 保健室に現れた茜の姿を見た豊田先生は驚愕した。奥にいたホープも何事かと近づいてきた。


 茜はホープの姿を見た途端、目に涙を浮かべて謝り続けた。

「橘くん、ごめんなさい…私のせいで、ごめんなさい…」

「佐藤さん?何があったの?謝らないで」

「佐藤さんとにかく観るからこっちへ!」

 豊田先生はすぐに茜をベットの方へ座らせると、手当を始めた。


「何これ…ちょっと全身痣だらけじゃない!酷すぎるわ」

 豊田先生は茜の現状の深刻さを目の当たりにした。

 至る所に打撲がみられる。幸い頭部には損傷はなかったので一先ず安心するが、この状況は極めて危険だった。

 彼女が死に追いやられてしまうかもしれない。

 何とかして彼女を救わなければ。


 本来であれば、こういう事態があった場合、校長に報告したあと全校生徒にアンケートを取って、いじめが発覚したとして教育委員会へ伝わり、改善へと向かうはずだが、ここの学校はいじめ問題を揉み消す可能性があった。

 信用ならない事を豊田先生は知っていた為、唯一頼りになる人を頭の中で浮かべると、すぐさまスマホを取り出して、スクールカウンセラーの三木に連絡をした。

「もしもし?三木ちゃん?」

「はい、友梨ちゃんどうかしたの?」

「今日こっちの学校に来てくれないかな、一人見てもらいたい子がいるのよ」

「そう、分かった、じゃあ放課後までにそっち行くね」

「うんありがとう、待ってる」

 豊田先生は電話を切ると、茜の手当を終わらせて、ベットに寝かせた。

 すると、近くにいたホープがこう言った。

「豊田先生、佐藤さんについててもいいかな?」

「ええ、そばにいてあげた方がいいかもね」



 ***



 ───私が生きているせいで、良くない事が起こる。やっぱり私は死んだ方がいいのかな──。



 茜はゆっくり目を開けると、頬に涙が伝って流れたのが分かった。


 私は寝ながら泣いていた……。


 気づくとそばにはホープがいて私を見つめていた。驚いたと同時に、申し訳ない衝動に駆られた。

 ホープは安堵した顔をして、声をかけてきた。

「目を覚ましてくれて良かった、でもまだ動かない方がいいよ」

「う、うん……あの、私のせいで橘くんにも迷惑かけてしまって、本当にごめんなさい…」

「迷惑?全然大丈夫だよ、それよりも佐藤さんが無事で本当に良かった…僕がちゃんと気づいていれば、こんな事にはなっていなかったかもしれないのに…本当にごめん」

 橘くんが私に謝った。悔やんだ顔をしている。

「…なんで?こんな私に心配なんてするの?」

 ホープは驚いた顔をして茜にこう言った。

「なんでって、友達が酷い目にあってたら助けるに決まってるだろ?!あと、自分を卑下したら駄目だ!」

 ついホープは興奮して大声を出してしまった。

「…ごめん」


 私はこの時、橘くんは本気で私に接してくれているんだ、向き合ってくれているんだと思った。


「ありがとう…」

 茜は素直に感謝をした。

「あいつらが佐藤さんをこんな目に合わせたの?」

 茜はこくりと頷いた。

「人としてやってはいけない事だし、集団だからって甘く見てるんだろうけど、これは歴とした犯罪だよ」

 会話を聞いていた豊田先生が近づいてきてこう言った。

「そうね、暴行罪になるわ。犯人がわかってるならすぐに懲らしめてやりたい所だけれど、まだ証拠が必要だわ」

 ホープが豊田先生に問いかける。

「証拠はこの痣だけでも十分じゃないの?」

「もう一つあれば確実なんだけど、それは佐藤さんにやってもらわないといけないから」

「え?佐藤さんにまた危険な目にあわせるの?そんなのは反対だからね」

「分かってるわ、ちゃんと安全な方法で証拠を掴むのよ」

 すると戸をノックする音が聞こえて、誰かが保健室に入ってきた。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る