止まないいじめ

 昨日は家に帰ったら、女が居なかったことや、楽しいひと時を過ごせたせいか、茜は初めて自傷行為をせずに眠りにつくことができた。



 朝いつもの様に登校すると、茜の下駄箱には悪戯をされていた。上履きの中には枯葉と虫の死骸が入っていた。

 このような悪戯は最近なかったから、多分昨日の出来事が彼女達の気に障ったのだろう。

「小学生じゃないんだから…」と茜は呆れながらも掃除して片付けた。

 もしかしたら、自分の席にも何かされているかもしれない。

 嫌だな……、憂鬱になってきた。

 慣れてはいるものの、やっぱり精神的に堪える。教室まで行く足取りが重くなった。


「おはよう佐藤さん!」

 茜は驚いて後ろを振り向くと、ホープがいて手を振っていた。

 いきなりで恥ずかしくなった茜はそっぽを向いてしまった。周りの視線が嫌だった。が、ホープは気にすることなく近づいてきた。

「おはよう佐藤さん」

「…お、おはよう」

「今日も保健室寄る?いつ来る?」

「まだ分からないけれど、寄るよ」

「そっか、待ってるね」そう言うと先に行ってしまった。

 …あまり私と居ない方がいいよって言えば良かった。

 それに、彼にも何か被害が及ぶかもしれない──。今度からは、彼と接する際は場所をみて気をつけようと茜は決めた。



 何か教室がすごく騒がしかった。

 戸を開けた途端、茜を見た皆が一瞬静まり返る。

 何人かが茜のことを横目で見ながらコソコソと何かを話し出す。

 一人の男子が茜にこう吐き捨てた。

「おまえ気持ち悪すぎ」

 何のことかさっぱり分からなかった。


 茜は自分の席に行くと、机にはマジックペンで大きく『車イスの男とデキてる女』と書かれていた。

 書いたのは彼女達だとすぐに分かった。

 …なにこれ、最悪──。


 油性ペンで書かれていたから消すのは大変だと思った茜は、すぐさま油性ペンを持ってきて上から文字を塗りつぶし始めた。

 彼女達の笑い声が聞こえたけど気にしない。

 その時に朝礼のチャイムが鳴った。

 中年の女担任の杉野が入ってきた。

 みんな一斉に席に着く。

「皆さん、おはようございます。はい、朝礼を始めますよ」

 杉野の言葉で次に日直当番の生徒が声を張り上げた。

「──起立!礼!おはようございます!」

 挨拶が終わると、杉野は出席をとり始めた。

 淡々と生徒の名前を呼んでいく。


 ──そろそろ私の番だ。


「佐藤さん」

「はい」まだ茜は塗りつぶすのに集中していた。

「…何をしているの?」

 気づかれて、茜は素直にこう説明した。

「机に落書きをされてたので塗りつぶしてます」

 杉野がどんな反応をするのか気になった。が、次の放った言葉で茜はやっぱり落胆した。

「信じられない!だからって真っ黒に塗りつぶして良いと思っているの?学校の物を汚すなんて!」


 ……そこ?

 半年以上も経っているのに、自分のクラスの生徒なのに、いじめにあっていても、この杉野も何も見ようとはしない。先生は生徒一人一人と向き合うのも仕事じゃないの?

 小学校の時の担任の原と、全く同じ部類で嫌気がさした。


「とにかく塗りつぶすのはやめて、あとでちゃんと自分で綺麗に落としなさい」

「……」

「分かりましたか?返事は?」

「…はい」

 こんな教師、誰も尊敬なんかしないだろうな。



 ***



 休み時間になり、次の授業の道具を準備していると、彼女達が茜を囲むようにして近づいてきた。

「茜がいつの間に男作ってたなんてびっくり」

「何も教えてくれないんだねー友達なのに」

 否定しようと声を出す前に「ちょっと来て」と、いきなり茜の腕を強く掴んで引っ張りだした。

「痛いっ嫌だ、離してっ」

「茜にプレゼントがあるんだってば!」ともう一人が茜の背中を押しながら言ってきた。

 …プレゼントって何…どうせあなた達が喜ぶようなやつじゃないの?

 廊下を出ると目の前には綺麗な机が置いてあった。

「じゃーん!」

 …なにこれ、どういう事?

「……この机誰の?」

 茜は絶対に誰かの机だと思った。

「新しい机だよ!プ、レ、ゼ、ン、ト!」

「茜のだよ、古いのと交換すればいいじゃん」

 そう言って誇ったような態度をとる。

 これで私が喜ぶとでも思ったのだろうか?

 茜は無視して教室に引き返そうとしたが、手を掴まれ引き止められた。

「ちょっと待ってよ!せっかく茜の為に用意したのに酷くない?!」

 この言葉で茜は「…人の物を、勝手に盗む方が酷いし、嬉しくもなんともない。ちゃんと返してあげて」と言ってやった。冷静を装っていたが、茜の心臓ははち切れそうだった。緊張で手汗もやばかった。


 茜に正論を言われた事で、彼女達の癇に障ったらしく、無言で腕を引っ張られて、連れ去られた。


 そして誰もいない多目的室に入れられると、彼女達の暴言の嵐が次々と、茜にめがけて攻撃してきた。

「あんた最近ほんとに調子乗ってるよね!」

「偉そうに言うようになったねぇ。あの車椅子になにか刷り込まれたんじゃねぇの?」

「あの机は車椅子の奴からせっかく奪ってきたのに、人の好意を踏みにじりやがって。罰を与えなきゃ」

「マジでイライラするんだけど!まだまだ痛い目見ないと分からないみたいだし、やっちゃおーよ」


 この後、茜は四人から殴る蹴るの暴行を受け続けられた。必死に両腕で頭を覆って、うずくまって防御していたが、背中を蹴られて倒されてしまう。縮こまって身を守ることが精一杯だった。

 最後は何か誰かが言葉を吐き捨てていったが、茜の耳には入ってこなかった。


 しばらくそのまま茜は動けずに横たわっていた。


「───い、痛っ…、ふぅー!」

 力を抜いて、ゆっくりと仰向けになると、思いっきり息を吐いた。


 全身が腫れていて傷む。腕には擦り傷と、脚には痣が出来ていた。

 ……父から暴力を振るわれた時に比べれば、まだマシだけれど──。


 気を張っていたせいか、気づくと自然に涙がぽろぽろと、茜の頬を伝って次々と溢れだした。


 …でもやっぱり、ものすごく、怖かった───。



 どうしよう、橘くんにも迷惑かけちゃった…

 私のせいで──。


 …ごめんなさいって、謝らなきゃ。ちゃんと。

 茜は涙を拭うと、ゆっくりと起き上がった。




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