豊田先生

「電動車椅子サッカーは順調?」

「うん、慣れるまでが難しいけど楽しいよ」

「なら良かったわ」


 先生と生徒の声がして、茜は目が覚めた。

 ベットで寝ていたのか。ピンクのカーテンが閉められていて、周りの様子は分からなかったが、薬品の匂いがしたので、保健室だということは分かった。


 どうしてこうなったんだっけ……。


 ふと、自分の左手首を見ると、包帯がしてあった。


 えっ!なんで…まさか、自傷行為がばれた?

 最悪だ──死にたい。

 自分の服を見ると、体操服のままだった。

 茜は必死に記憶を辿る。


 ……確か、そう、体育の時、皆で走ってて…あぁ、その時に、倒れたんだった…。

 昨日の夜、切りすぎたせいだ──。


 どうしよう……、何か言われるかな…。

 茜は左手首を押さえながら、こうも思った。

 そもそも私の事なんて、誰も気にしないか、今までも向き合ってくれた大人なんて、居なかったし。

 いじめは見て見ぬふりだし、大人は助けてなんかくれない。皆、自分の仕事だけしていればいいと思っているんだから──。



 …今って、何時間目なんだろう。

 茜が上半身を起こした時に、カーテンが開いた。

 白衣を着たポニーテールの綺麗な女性が現れた。

「あら、目覚めたのね、でもまだ給食の時間まで寝てていいから」先生はそう言って茜をまた寝かせた。

「えっ…でも授業…」

「そんなの気にしなくて大丈夫!貧血が酷くて倒れたんだから、このまま行っても授業には集中出来ないわよ、身体の方が大事!」

「喉は乾いてない?お水飲む?今持ってきてあげるから、ちょっと待っててね」

「………」

 茜は先生の予想外の対応に、呆気にとられていた。

 保健の先生って、こんなにも優しかったっけ?

 今まであまり、保健室に来る機会がなかった茜は、緊張して落ち着かなかったが、この感じはすごく懐かしい感覚だった。


 幼い頃にあった、祖母との記憶───。

 私は、おばあちゃんが大好きだった。唯一甘えられる存在だった。沢山優しくしてもらったな……。

 思い出すと、目頭が熱くなってきた。

 やばい、今は泣いちゃダメだ──。


 茜は涙を堪える様に瞬きを繰り返していると、カーテンが少し開いているのに気づく。 その隙間から、男子生徒が奥で座って、本を読んでいる姿が見えた。

 さっき先生と話をしていた生徒だろうか。金髪で鼻筋が整っていて、すごく綺麗な顔立ちをしている。

 思わず見とれていたら、先生がにこやかに戻ってきた。

「はーい、佐藤さんお待たせ!」冷えたペットボトルのお水を渡してきた。

「あ、ありがとうございます…」

「また何かあったら気軽に、豊田先生!って声掛けてね。、ゆっくり休んで」そう言うとカーテンを閉めて、自分のデスクに戻っていった。

 豊田先生……、貧血の原因には触れなかった。

 絶対気づいてるはずなのに──。

 茜は水を少し飲むと、ほっとしたのか、またすぐに眠りについた。



 ***



 気づくと何度目かのチャイムの音が鳴り、茜は起きた。何の時間かは全く分からなかったけれど、茜の頭はスッキリしていた。結構寝ていた気がする……。

 ゆっくりベットから起き上がると、床に揃えて置いてあった自分の靴を履いた。

 カーテンを開けると、すぐさま豊田先生が茜を見て声をかけてきた。

「佐藤さんおはよう!どう調子は?」

「だ、大丈夫です…お陰で良く、眠れました」

「ほんと?良かったぁ、丁度これから給食だから、出来れば残さずちゃんと食べて欲しいなー」そう言ってお願いのポーズをされた。

「はい…」

「それと、学校で何か、嫌なことがあったりしたら、気軽にここに来ていいからね!」そう言った後の、豊田先生の笑顔が、眩しかった。

「…分かりました、ありがとうございました」

 茜はお辞儀をして、保健室を後にした。

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