橘ホープ
茜は一旦教室に戻ると、自分の机に目をやった。
そこには畳んで置いていたはずの、制服がなくなっていた。
茜はすぐに察して、ゴミ箱の方を覗くと、案の定、綺麗に畳んであった制服が、そのまま放り込んであった。
「はぁー…」
…もう、ほんとに嫌だ。
ホコリを払って、急いで着替えると、茜は学食に向かった。もう皆、時間帯的に給食を食べ始めている頃だろう。
学食に着いた茜は、食券をおばちゃんに渡すと、セルフでカウンターに出ている今日の給食を、一皿ずつお盆に乗せていった。そしてクラスごとに決まっているテーブル(約三十人程が座れる)席についた。
いじめグループの一人が、茜に気づいて声をかけてきた。
「茜!やっと戻ってきた!」
その声にあとの三人も気づくと、軽い口調で声をかけてきた。
「あー!心配したんだよぉ!もう大丈夫なんだ?」
「あとで話そー」
「良かった、良かった」
「…うん」茜は軽く頷くと、給食を食べ始めた。
皆の前では友達のふりをしている彼女達が、地味でブスな私を可哀想だからと、仲良くしてやってるんだから有難く思えと、こっちは何も頼んでいないのに強制的に、偽善者のふりをしている彼女達が、本当に腹立たしかった。
今日は離れて一人で食べられるのが、めちゃくちゃ嬉しかった。一人が一番良い。グループでつるんでいる奴らって本当は弱い奴らだと言う事を、私は知っている。
私はあんな奴らには、絶対に負けない──。
食べ終わるのをわざと遅くして、お昼休みの時間も終わりに近づいた頃に、茜は動き出した。
──その時だった。廊下で声をかけられた。
「ねぇ君!」
あの時保健室にいた男子生徒だった。
私に声をかけてくれる人なんて、先生と彼女達以外にいなくて、珍しすぎたので驚いた。
車椅子の彼が、ゆっくり近づいてくる。
「もう体調大丈夫なの?」
「うん…」
「良かった、運ばれてきた時、すごく心配していたんだよ。僕は二年A組の橘ホープ、よろしくね」
そう言って彼は握手を求めてきた。
「あっ…えっと、私は佐藤茜、二年B組だよ」
よろしく……と握手をし返したが、初めてで恥ずかしくなり、顔を伏せてしまう。
「佐藤さんか、隣だったんだね!全然気づかなくて
ゴメン」申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせた。
「いいよ、別に…目立つ方じゃ、ないし…」
「あ!そうそう、これって、佐藤さんの本じゃない?カバーの内側に名前も書いてあるし」私は更にびっくりした。
「え!な、なんで!た、橘くんが?!」間違いなく花柄のカバーを付けているそれは、私の本だった。
「外に落ちてたのを拾ったんだよ。丁度B組の窓の真下あたりにね」
そっか、窓から投げ捨てられたのか……。
そりゃ見つからない訳だ…。
「橘くん、ありがとう!!昨日から探してたの!」
良かった──。
本を握りしめながら、茜の顔が久しぶりに自然と、笑顔になっていた。
「その本、僕も持ってるんだ。すごく良い本だよね」
「えっ!橘くんも?ほんとに?」またまたびっくり。
「うん、昨日も保健室で読んでたよ。主人公から勇気をもらえるよね」
「そうなんだ、うん!ほんとに…すごく勇気もらえる本だよ…」
こんなことってあるんだ──。
人と共感し合えることがほとんどできなかった茜には、新鮮で嬉しかった。
「僕よく保健室にいるからさ、たまに遊びに来なよ。」
「…でも遊びに行く所じゃ、ないでしょ?」
「豊田先生から気軽に来ていいって、言われなかったかな?まぁ大丈夫だよ、怒られることはないから」
「そうなんだ、でも…」
豊田先生には自傷しているのがばれているし、何か言われたら嫌だし……。
「保健室って、僕にとっては嫌な思いした時の逃げ場所なんだ」
逃げ場所…か。
いつもトイレぐらいしかなかったな……。
──そこで五時間目の始まりのチャイムが鳴った。
「あ、時間になっちゃったね、ごめんね、僕の話が長いせいで」
「ううん、大丈夫。ほんとにありがとう」
「次の授業の先生は厳しい?怒られそうならそれこそサボって保健室一緒に行っちゃう?」
「今日全然授業受けられてないから行くよ、本当にありがとう!じゃあね」そう言って茜は教室へと戻っていった。
「うん。…佐藤さんは真面目で偉いな…僕も見習わないと…」
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