第3話 全員死にました~
まもなく彼女の許可がおり、部屋の中に入った。
ゲームショーで手に入れたポスターが所狭しと貼られていた。勉強机の上には教科書はなくパソコンが一台あるだけだった。フローリングに、うねった髪の毛と埃がぱらぱら落ちていて靴下についた。
自分で掃除しないし、母親を部屋に入れていない。スーパーファミコンは見あたらない。
ほんの少し、せっけんの香りがした。
彼女は満面の笑みで僕にノートを見せた。小学校の頃に使ったいわゆる自由帳というページが全て白いだけのノートで、中身は双六の絵が何ページにも渡って描いてあった。途中、モンスターとの遭遇や、アイテム獲得のマスがあった。主人公の所持金や、装備の情報も書かれていた。
「自由帳RPGやで」
興奮した口調だった。敵のいるコマに止まると、自分の攻撃力から相手の防御力を引いて、HPを減らす計算をきちんとした。
「デュタータタータータタラッラータラッラー」
と、戦闘の音楽まで作曲して彼女は口ずさんだ。
最初から敵が強くて、サービスで二回攻撃やクリティカルヒットをさせてくれた。死闘が繰り返され、ようやく最初の村へとたどり着いた。すると彼女は「外に出て!」と突然僕を部屋から追い出した。
彼女の母はテレビを見ながらウトウトしていた。リビングでは相変わらず神戸の少年による殺人事件のワイドショーが流れていた。場面が切り替わった。キンキキッズというアイドルが流行り始めていた。一緒にくつろいでいると、呼び出しがかかった。
「でれれ~れれ~」
彼女が暗い音楽を歌い出した。僕がたどり着いた村のマスを見ると、鉛筆でぐしゃぐしゃにされていて、村人がすべて死亡していた。
「おいおいおい! なんだこれ!」
「全員死にました~」
「せっかく辿り着いたのに!」
結構本気で取り組んでいたので頭を抱えてしまった。
「くつろいでる間に何が起こったんだ? どうしたらいいんだ!」
「続きはまた今度やで」
彼女は自由帳を閉じた。
表紙には、「ファイナルウィッチバトルドラゴン ~闇の中にまた闇があった~」という不気味なタイトルがつけられていた。
「いったい何が始まるんだ……」と僕がつぶやくと「ラスボスは魔女やで」と彼女は教えてくれた。
「ネタバレ早すぎっ」
その日、「今からファイナルファンタジー7に集中するから、帰ってや」という一言で僕は追い出された。
僕にもやらせてよ!
……叫びは届かなかった。
今日一日が、村人の全滅で終わるとは思わなかった。
■
僕は今、僕の中での仮の父や母とともに暮していた。
何の個性もない夫婦で、僕に何の特徴も付与しなかった。他人みたいなものだから、逆らいも従いもしなかった。もう少しで何かが掴めそうだった。
なんとなく「僕自身」らしきものが。
僕は一足早く大人になった。これぐらいの両親だから、成績は中の下で、高卒か底辺の大学に通って、将来は色んなことに関心を示しながらも、結局フリーターになって、何にも成し遂げられずに皮肉を言うばかりになって、それなりに死ぬ。でも、生きていかねばならない。彼女の生き方を見ているので余計だった。親を頼るのではなく、自分で恵まれたものを手に入れないといけない。
もし彼女が両親を亡くしたら、ゲーム機の前で餓死しているだろう。無人島に行ったって、サバイバルをせずに、フジツボの生えたテレビの前でコントローラーを動かし続ける。ストーリーに一喜一憂している。僕はそれを見て、絶対に彼女のような生き方はできないとわかった。人の生き方は最初から決められている。生きていることになんの自覚もない人生は幸福だろうと思えた。だけど彼女がゲームをして、彼女が絶対に僕に勝とうとする時、僕も子どもになって、彼女のようになってキレた。怒った。呆れた。
僕も彼女みたいに、母に「紅茶頂戴!」と言いたかった。実の両親はどこかへ行ってしまって、今いるのはその代理人だ。彼女の家族に入りたかった。兄としてか、夫としてでも……。
だが、彼女の母が本当に疲れた顔になったり、近所で嫌な噂の立ったりすることが、彼女に起こった。
二年後の、中学三年の同じく夏だった。
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