7.バンド活動スタートと思いきや、ここで一旦審査が入るようです
7-1
ほんとうに、信じられない。
その日の夜、わたしは谷さんと、駅前のCDショップにいるはずだったのに。
もう一度言ってもいい。非常に大事なことだから。
ほんとうならその夜、わたしは谷さんと、駅前のCDショップにいて、谷さんのCD探しに付き合っているはずだったのに。
実際には、生贄に捧げるよう見捨てた愛車の自転車(先週末から放置したままになっていた、ごめんなさい)も取りに行けるというおまけつきで、バイト終わり22時半前、ライブハウス『スナーク』隣のホリオ楽器にいた。
――何がヤなの?
北川くんはほとんどイライラしたように、そう訊ねた。
――バンドにはオーディションが必須でしょ。そんなの当然じゃん。だから今夜オーディションするっつってんじゃん。
その時点で、まずツッコミどころはあった。
――お、オーディションって! 北川くんが誘ったんじゃない。スカウトみたいなものじゃないの?
それに、今夜は、
――予定あるし。谷さんとツタヤに行くの。もう約束しちゃったから、日付ずらして。
それに、それに、
――ホリオ楽器には二度と行ってくれるなって、家長からきつくお達しが出てて、それで、それで、それで……、ちょっと、その、ホリオ楽器にはとにかく行けないのっ。
――課長? 何それ。大丈夫大丈夫。営業時間外だけど、二階のスタジオは朝までやってんだよね。
話がまったく、噛み合わない。
結果が、
「何むすっとして。CDならオレ持ってるからさ、明日にでも谷さんと取りに来たらいーじゃん」
「……なんで連絡先交換したりしてるのかわかんない」
こないだの一件ですっかり意気投合してしまった彼らはなんと、連絡先まで交換していたのだ。意味不明だ。わたしの大切なデートの予定までぶち壊し。
「谷さんがニルヴァーナ気に入ってくれるなんて超うれしー」うきうきと北川くんは弾んだ声をだした。わたしのことなどガン無視なのだ。
(※以下868文字読み飛ばしていただいて結構です)
「スメルズ、が入ってる『ネヴァー・マインド』もいいんだけどさあ、入門編としては。歴史的名盤なだけあって、名曲揃いだかんね。ニルヴァーナ語るなら避けては通れないところだし。でも個人的にはファースト聴いてほしい。朝日ちゃんは聴いたことある? 『ブリーチ』。ニルヴァーナのいいところはね、一見汚れたものに見えて、よくよく聴いてみたら詩的で情緒的なんだよね。新しいのよ、音がってかもう何もかもが。技術的にはお世辞にも上手いとは言えないし、荒削りなんだけどね。けどこれが15年も前に発売されたなんていまだ信じられねーもん。これの三年後に出た『ネヴァー・マインド』はご存知のとおり90年代のロック界に革命を起こしたわけだけど、このさ、『ブリーチ』の時点ですでに可能性が見えてたね。夜明けが近いっていうか、わかるもん、そういうのが。あーリアルタイムで聴きたかったよなあ、オレらこん時まだ二歳だぜ、さすがにわかんねーよ。で、オレが何言いたいかって言うとね、カートがしたかったことはファーストがすべてなんじゃねーかって個人的には思うわけ。あ、でも、オレ的に『イン・ユーテロ』もはずせないなー。『ネヴァーマインド』はバンド史上最もポップなアルバムって言われててさ、悪くはないんだけどちょっと音が整いすぎって感じがしてさー。ここで原点回帰というか、アングラに戻ってきた盤なんだよ。超名曲揃い。それになんてったって、遺作なわけよ。これの出た半年後にカートは自殺しちゃったんだけど、なんというか、死んででも守りたかったものというか、そんなのがわかる気がする。でも死んだから特別って言う人もいるけど、オレはそうは思わないな。ロックだとは思うけどね。朝日ちゃん、やっぱ洋楽は聴かなきゃダメだよ。現代曲のルーツを知るというかさ。歴史はちゃんと学んで、そのうえで自分のやりたい方向性? ビジョン? ブレないようハッキリ据えて置きたいね。ニルヴァーナを気に入ってくれたんなら、ソニック・ユースもオススメなんだけどなー。あとダイナソーJrとか、ピクシーズとか。知ってる? 聴いたことある?」
殴 っ て い い で す か ね ?
「買わずに済むってお礼言われちゃったー。オレとしては買ってほしかったけど、役に立てるってうれしーもんだね」
無言で、目の前の音楽オタクをじっとり睨む。ただ上機嫌な本人に、抗議の意をたっぷりとこめたわたしのだんまりなど、なんの功も奏さない。はにかまないでほしい。殴りたくなるから。
わたしは現在、二度と足を踏み入れることなどないと思っていたホリオ楽器は二階、レンタルスタジオにいる。北川くんは上機嫌でエレキギターのチューニングなんかしている。黒いボディに丸みのある、なんだかかわいらしいシルエットのギター。よく楽器屋さんやテレビとかでみるタイプのやつ。
「そういえば、朝日ちゃんって最近どこで弦とか買ってんの?」
パイプ椅子に逆向きに腰掛けた和也先輩が、背もたれの上で腕を組んで、そこにあごを乗せたまま訊ねる。
「弦は……ネットとか、電車で市内まで」ホリオ楽器には行けなくなったので。
「なんでそんな遠出して」和也先輩が笑う。「ここで買えばいーじゃん」
や、でも。言葉を濁す。
「こだわりのメーカーがあるとか?」さらに和也先輩が続ける。
「そんなのじゃないんですけど……」とにかくホリオ楽器さんには、
「取り扱いがないなら、今度から仕入れてもらうようにしたらいーよ。ちょうど息子がここにいるし」
ちょうど息子がここにいるし。
八畳ほどの狭いスタジオ内、わたしはサッとあたりを見渡した。隠れるところがないか、さがすためにだ。
「……何してんの、朝日ちゃん」
「や……息子さんにはちょっとお会いできない理由が……」
結果、ドラムセットの裏に身を隠す。
「理由? てかすでにもう目の前にいんじゃん」
呆れた声で、ギターをさわる手を止め、北川くんが言う。
「え?」
「なんで避けるような理由あんの? 今まで散々会話とかしてたじゃん。ふつーに顔も合わしてたし、ずっと」
「え?」
わたしは、首をかしげる北川くんの顔を見た。えっ?
「はい!」そこで和也先輩が叫ぶ。「堀尾くん手えあげて!」
まさか?
サッと挙手したのは、
「正解は、和樹くんでしたー。堀尾の一人息子ー」
「えええ!?」
無表情でピンと手をのばしているのは、まぎれもなく、黒髪寝癖先輩、和樹先輩だった。
長い前髪から覗く目は猫みたいな綺麗なアーモンド型、たしかに、女の子みたいだったあの男の子の面影がなくは……ない、のか? 背も、わたしと当時は変わらなかったけれど、まあ、男の子だからのびるのだろう。和樹先輩を見あげる。立ちあがり、側に寄る。頭のてっぺんに手をやり、おそるおそる平行に動かし、身長差を測る。ちょうど頭一個ぶん違うんですけど。
ほんとうに、この人が? あとじさる。
「……何してんの、朝日ちゃん」
「や、今までの数々の非礼とかお詫びしたいこととか懺悔したいこととか」スタジオの地面に片膝をつき腰を落とし、土下座の態勢に入る。
「なんかやったの? 和樹? 心当たりある?」
「全然ない」
むすりとした表情で、和樹先輩は言う。たしかにこの愛想のなさは覚えがあった。でももしかしたらあれはただの無愛想で、べつにこちらを疎うとんでの感じの悪さではなかったのかも?
「てか朝日ちゃんが土下座するって、何があったの」和也先輩がニヤニヤしている。この人は、わかる。愉しんでいるな。
「や」瞬時に顔が、「言えません」
「うわっ、真っ赤! マジで気になるんすけど朝日さん!」
「もういいよそのことは」急に北川くんの声が厳しくなった。「時間限られてるし、さっさとテストに移るよ」
あ、はい、そうですよね。わたしはおとなしく立ちあがる。普段おちょけている人が出す真面目な声というのは、抗うことのできない何かがある。
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