17歳の時、頭痛が襲った

@yunil

17歳の時、頭痛が襲った

 小さい頃、俺は神童と呼ばれていた。

 言葉も早かったそうだし、稽古ではいつも一番だった。

 村のみんなからも一目置かれ、両親の誇りだった。

 いずれは都に行って、立派になって、村のみんなを助けてやりたいと思っていた。




 俺の人生が転落を始めたのは、14歳になった頃だ。

 爺さんに連れられて山菜を採りに行った時、熊と鉢合わせた。

 こういう場合、熊には決して背を向けず、ゆっくり後ずさりするのが鉄則だ。この村の人間なら誰でも知っている。

 ところが俺は、恐怖のあまり何も考えられず、全速力で逃げ出したのだった。

 熊は興奮し、全力で俺を追いかけてきた。

 相撲でもかけっこでも村一番だった俺でも、山道で熊から逃げ切れるわけはない。

 40歩ほど走ったところで、熊に追いつかれ、熊に叩き倒された俺は、今にも俺を殺そうとする熊の息を感じていた。もうダメだと思った。

 熊が悲鳴をあげたのはその時だった。

 熊の頬から熱い血が滴り落ち、俺の腕に当たった。その先に光っていたのは、爺ちゃんの草刈鎌だった。

「逃げろ!」

 爺ちゃんの声。

 そこから先は、よく覚えてない。思い出すのが嫌で、誰にも言わないようにしているうちに、本当に忘れてしまった。

 わかっているのは、俺は生きて山から村に戻ってきたこと、爺ちゃんはそれ以来、帰っていないということだ。




 俺は稽古にいかなくなり、家から出ないようになった。

 家の手伝いもせず、母ちゃんが作ってくれるご飯を食べる以外は、畳の上で天井を見上げていた。

 村のみんなが俺を軽蔑している。

 俺は爺ちゃんを見捨てた卑怯者だ。

 母ちゃんや父ちゃんに迷惑ばかりかける木偶の坊だ。

 俺は何もできなかった。




 17歳の時、頭痛が襲った。

 頭皮がズキズキして、俺の頭の中から何かが出てくるようだった。

 一週間後、痛みがなくなった。

 さらに一週間後、あいかわらず天井を見上げていた俺は、頭の表面に硬いものを感じた。

 手で触ってハッとした。

「角だ」

 –––1000年前、この村を鬼の大群が襲った。

 力にも数にも勝る鬼の大群に、村の戦士たちはなすすべもなく、たった2日間で長老が降伏に同意した。

 村は10年に一度、鬼に生贄を捧げることと引き換えに、鬼は二度とこの村に攻め込まないという和平条約だった。

 鬼に捧げる青年は、時が来ると頭から黒い角が生えてくる。鬼の一族の印だ–––

 俺はこの話を、小さい頃によく爺さんから聞かされた。

 祭りで担ぐ御輿の中には、生贄になる青年が入っている。

 毎年春に担がれる御輿は、祭りの最後に村のはずれにある社に備えることになっている。そうすると、10年に一度、社に備えた御輿は跡形もなくなくなり、次の年のための御輿作りが始まるのだ。

 俺は、生贄になるのか?

 翌朝、俺の角を見て母ちゃんは泣いていた。

 こんなもの俺がとってやると、父ちゃんは言った。1000年も前の鬼との条約なんて知ったことか、と。

 俺は考えさせて欲しいと言った。




 4ヶ月が経った。夏になり、御輿の準備が整い始めた。

 母ちゃんは毎晩のように泣き、父ちゃんは角をとってやると繰り返し言い、俺を説得しようとしていた。

「みんなの役に立ちたい」

 父ちゃんと母ちゃんの前で、俺ははっきりそう言った。

「角は取らない。俺は生贄になる」

 本心だった。

 この3年間、俺は役立たずだった。死んだ方がマシだと思っていた。死ななかったのは、ただ勇気がなかったからだ。

 御輿に乗って、10年後、鬼に取られる。そうすれば、俺はやっと、役立たずじゃなくなるんだ。

 俺には他に何もない。

 御輿に乗れば、村を守れる。

 御輿に乗れば、みんなの役に立てる。

 御輿に乗れば、俺は、俺に戻ることができる。

「長老に、伝えてください。俺は乗ります、と」


 *この文章は、筆者が「はてな匿名ダイアリー」に2016年1月29日に投稿したものです。

 http://anond.hatelabo.jp/20160129122640

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

17歳の時、頭痛が襲った @yunil

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ