マザー様にもっと近い場所


ハムザは、生暖かい液体に包まれた心地よい夢から覚めた。

しかし、そこはいつもの寝床ではなかった。見慣れた洞窟の天井が、青白く光る熱源を映し出している。

目の前には、いつも通りの穏やかな表情のアマザが座っていた。

「ねえ、ハムザ? さっきから私の話ちゃんと聞いてる?」

アマザの柔らかな声が、ハムザを現実へと引き戻す。


「あ、悪い悪い! それで……何の話だったかな……?」


「はー!? 聞いてなかったの? あなた最低~!」


ハムザは慌てて頭を掻きながら謝る。アマザはぷいと顔を背け、不満そうに唇を尖らせる。


「す、すまん……」


「ハァ~、も~いいわ。 マザー様が助からないってあなた言ったけど、 私は助けられるって話してたことよ」

アマザは、再びハムザの方を向いて真剣な表情を見せる。


「え? マザー様を救う方法があるのか?」

ハムザは、アマザの言葉に驚きを隠せなかった。


「あるわ!その方法を使ってみんなで地下の熱源に逃げるの」


「地下の熱源? それってどういう意味なんだ?」


アマザは、ゆっくりと深呼吸をしてから話し始めた。

「マザー様の熱源は、私たちが知っている場所だけじゃなくて、地下の岩盤の様々な場所に点在しているの」


「点在ってどういうことだ?」

ハムザは、ますます混乱する。


「つまりね、私たちのような生命体が生きる温水が、マザー様なの」


アマザの言葉に、ハムザは思わず目を丸くした。

「そんな……、マザー様が俺たちを含んだ温水そのものって言われても、そんなこと信じられるかよ!」


「確かに理解しがたいわ。 でも、ハムザには信じて欲しい。

私たちの生きるこの水の世界の下には地下の岩盤があって、何ヵ所か水が漏れる場所があるわ。 そしてそれは下に枝分かれして流れているの。 岩盤より更に一番下は灼熱のマグマの世界になっていて、上層の岩盤の間に流れている水の一部を温めているの。 温水の蒸発から逃げる為に私たちが目指す場所はそこよ!」

アマザは、まるで物語を語るように、ゆっくりと説明した。


「マザー様が温水って言うのは認めたとしよう。 でもな、その下の世界にはどうやって行くつもりなんだ?」

ハムザは、アマザの計画に疑問を投げかけた。


「私たちが普段、熱源と呼んでいるマザー様の中に入るの」


「熱源って、俺たちが生まれ出た熱水が吹き出ている場所のことだよな?」


「そうよ」


「無茶苦茶言うなよ! 危険だからって熱源に近づくことさえ禁じられてる。 あんな高温、触れるどころか入ったりしたら火傷して死んじゃうぞ!」

ハムザは、アマザの計画の危険性を指摘した。


「あら、本当にそうかしら? 私たちにとって一番の驚異は、生きる為に必要な水の世界を蒸発させてしまう恐ろしい灼熱の熱波よね?

そして、その生きる為に必要な水の世界と言っても、耐えられる温度と言う条件がある。

私たちはみんな暑がりな者や寒がりな者など、みんなバラバラで極端よね?

私はその理由が気になって、前から調べていたの。

そしてわかったわ。 熱源の一番近くで暮らしてるハムザの仲間は一番暑さに強く、マザー様から一番遠くで暮らしてるハムザの仲間は一番暑さに弱いってね」

アマザは、自分の考えを力説した。


「つまり、そのことで何が言いたいんだ?」

ハムザには、アマザの計画の意図がまだいまいちわからなかった。


「つまりね、私たちは激しい温度変化にも適応出来るのよ」

アマザは、自信満々に語った。


「そういうことか! でもさ、そうは言っても、熱源のあの高温は慣れるとかそういうレベルじゃないだろ?」

ハムザは、依然として懐疑的だった。


「確かにね。 だからその為に少しずつ今より高温の場所に移動しながら体を慣らしていくの。

そうしてる内に、私たちの体の中の熱さに弱い部分が強いものに置き換えられていくわ。本当に少しずつだけどね」

アマザは、具体的な計画を説明した。


「それはアマザの推測であって実際に確かめた訳じゃないだろ?

それに、そんな危険で面倒なこと、俺はともかく、 マザー様の近くで居心地のいい今の位置から離れたがらない仲間達がすると思うか?」

ハムザは、アマザの計画の実現性の低さを指摘する。


「問題はそこなのよね~。 だからハマザに相談にのって貰いたい訳よ!」

アマザは、ハムザに助けを求めた。


「そういう事なら俺にいい方法がある!」

ハムザは一瞬考え込んだ後、自信満々にそう言い切った。



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↑【登場人物】

•ハムザ

•アマザ

•マザー様

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