3-5 セシルの母?元侍女長の女?

 セシルのお母さん、めっちゃ可愛い! やっぱ似てる。


「この者は商家の奥方だった人で、読み書きや計算もできます。取引先に貴族家も持っていたようですので礼節も知っていると思います」


 あれ? セシルのお母さんは、男爵家の三女だったはずだが?


『……元男爵家の息女というのを奴隷商人には知らせていないのです。知れば娼館行きの可能性が出てきますので、できれば商家に買われたいと思って黙っているのです』


『本人が黙ってるだけでばれないのか? 事前にそういう情報が売り手からあっておかしくないと思うのだけど?』


 本来40過ぎの女を買う娼館はない。だが例外として、貴族の奥方や息女は歳が40過ぎでも見栄えが良ければ買うのだそうだ。


 貴族の女子は、身を穢されるくらいなら死を選ぶ。だが、【奴隷紋】で縛られると自害する事もできなくなる。貴族家の女が奴隷落ちして娼館に売られると、よく性交中にシクシクと泣くらしい。それが嗜虐性を持った男に好評で、買い手は多いのだそうだ。


「思いますじゃ、困るのだけど……」

「左様ですね。では、この者はどうでしょう? 先ほどお話しした子爵家の侍女長をしていたご婦人で、礼節は完ぺきでございます」


 2番のじーさんの奥さんだな。じーさん、奥さんの裸を奴隷商人と俺に見られて悔しそうだ。一切顔には出さないが、手を血がにじむほど握りこんでいる。奴隷商人がじーさんを一旦下がらせようとしたのを、俺が残させたのだ。


 終身奴隷に人権はない。ここには裸のセシルのお母さんもいるが、彼女は恥ずかしいとか言ってる場合ではないのだ。あれくらい可愛ければ、貴族云々は別としても娼館が買う可能性もある。できるだけ安く手に入れるために、裸くらい我慢してもらうとしよう。


「ふむ、そういえばその子爵家の奥方はここにはいないのか?」

「はい、彼女はここにきた翌日に売れました」


 奴隷商だけあって、売り手、買い手の個人情報は教えてくれないようだ。ただ売れたとしか俺に情報を出さない。ある意味信用はできる。


『……彼女の実家の男爵家が娼婦になどあまりにも不憫だといって買い取ったようです。彼女は自分は良いから娘を買い取ってくれと両親に懇願していましたが、40過ぎの女性と6歳の子供では値段の桁が違いますからね。孫も引き取りたかったようですが、資金が足らず断念して奥方だけ泣く泣く買い取って帰ったようです』


 即座にナビーが補足情報をくれる。


 男爵といえば爵位の中でも下位だ。この下に準男爵と騎士爵があるが、一般的に貴族の中では男爵以下は貴族の仲間ととして扱われない。裕福な男爵家などあまりないのだ。


「子爵家の子は6歳の娘だけなのか?」

「いえ、彼女は遅くに生まれた子のようで、長女は既に他家に嫁いでいて難を逃れたようです」


「ふ~ん、旦那の方はどうなったんだ?」

「御息子と、そこの商家の奥方の主人と一緒に、国の管理する開拓奴隷として連行されたようですね。鉱山奴隷より遥かに良いところです。おそらく肉体労働ではなく、労働者の管理等に使われるのではないでしょうか。真面目に努めれば恩赦もあるそうで、彼らもほっとしていることでしょう。それより彼女の娘がたいそうな美人で、先日高額で買われたと聞いております」


「うん? ここで娘も扱っていたのじゃないのか?」


「いえ、国が扱う犯罪奴隷や借金奴隷は、領内の奴隷商に適宜振り分けられるのです。流石に高額な奴隷を一カ所で捌くのは大変ですからね」


 なるほど……セシルは他の奴隷商に売られて、そこから更にポッパーが買い取ってオークションにかけようとしたのか。


 俺は近づいて侍女長とセシルのお母さんの匂いを確認した。


『あれ? セシルのお母さん、柳井恵ほどじゃないが、心が病んでるぞ……』


 少しだが、嫌な臭いがした。これはちょっと購入を考えるべきかな。


『……娘の事で心を痛めて、旦那や子爵家の主人に恨みを募らせているようですね。セシルが無事だと分かれば落ち着く程度でしょうから、問題ないと思います』


「この女、少し嫌な臭いがするな……心が病んでいるようだぞ?」

「御冗談を? 先日までそのようなことは……」


 奴隷商人は俺のように匂いを嗅ぐのではなく、何やら鑑定魔法を使って調べたようだ。


「申し訳ありません。どうやら娘のことで心を痛めてるのかと考えられます……」


 神に認められないと奴隷商には成れないというだけあって、嘘などは言わないようだな。


「この少し臭う女と、そこの老女なら安かろう……幾らだ?」


 敢えて侮辱するような言い方をしているのだが、値段交渉を有利にするためだ。


「1番と4番でございますね……そうですね。1番は42歳ですが、見た目30前後に見えるほど若々しいですし、読み書きや計算もできます。600万ジェニーでどうでしょう?」


「見た目が若くても42歳という事実は変わらない。それに病んでる女が600万は高いだろう? 4番の老女はいくらだ?」

「彼女は老女とはいえ、侍女長を務めたほどの者、500万ジェニーで如何でしょう?」


「発言させていただいてもよろしいでしょうか?」

「黙れ! 許可しない!」


 侍女長の女が話しかけてきた。発言は禁止されていた筈だが?


「いや、俺は聞きたい。なんだ?」

「……発言を許可する」


「ありがとうございます。後ろで控えている男はわたくしが務めていたお屋敷の家令をしていた者でございます。有用な男ですので、是非わたくし共々お買い上げくださいませ」


「この奴隷商が言うには、家令がもっとしっかりしていれば、例え子爵家の主人が馬鹿でも奴隷落ちすることはなかったと言っているぞ?」


 夫婦から息をのむ声が漏れた。本当の事なのだから仕方がない。だが、俺は事実を知っている。家令のこの男は何度も子爵家当主に時期尚早だから、もう少し財力を確保してから開拓事業に着手するべきだと進言していたのだ。


 子爵家の当主は、学生時代に仲の良かった同期の男が開拓事業で成功し、その褒賞に爵位が上がりそうなことを知って居た堪れなかったようなのだ。ライバル心むき出しで挑んだが、資金が尽きて軌道に乗る前に破綻して借金奴隷に落とされてしまったのだ。


「自ら売り込む行為は禁止する。お客様、申し訳ありませんでした。こちらの女性はどうでしょうか? 先ほども言いましたが、長年伯爵家で仕えていた者です」


 奴隷商人は別の女性を紹介してきた。伯爵といえばそれなりの家格の家だ。躾けはできているだろう。


『ナビー? 彼女はどうだ?』

『……悪人ではないですが、身内にいれたくない人物です』


 年齢は29歳の女だが、伯爵夫人に売られたのだ。彼女は侍女じゃない。下女として14の時に伯爵家に買われたのだが、最近伯爵家の二男にちょっかいを掛けたのを奥方に見つかり速攻で処分されたのだ。


 長年大事に扱って育ててあげたのに、恩を仇で返すその態度に超お怒りだったそうで、娼館に売りに行ったそうだが、29歳の上にあまり可愛くないので買ってくれなかったそうだ。


 彼女は最底辺の下女から妾になることを望んだようなのだが、そう甘く事は運ばなかったようだ。


「なんかパッとしないからその人は必要ない」

「あの、兄様……さっきの6歳の子、うちで引き取りませんか?」


 いつの間にか菜奈と雅が来ていた。俺の気配察知でも分からないとは……【隠密】【忍足】を使いやがったな。


「何言ってるんだ。同情で足手纏いになるのを分かってる子供を買ってどうする?」


「ん、それを言ったら、その侍女長も足手纏い」

「貴族の子とか我儘なだけだぞ。それに母親が恋しくて夜泣きとかされたらどうする?」


 それにナビーの話じゃ、その子は桁が違う。終身奴隷の健康な子供は、一から仕込めるとあって高額なのだ。なにせ大事に使ってやれば60年は無償で使えるのだ。それに6歳児でも器量が良いのは見た目で分かる。年頃になって美人になったら、更に高額で売ることもできるのだ。


 俺が買おうとしている3人を足した分より更に高いのだ。体育館組に現金をあげてしまったので、当然手持ちは足らない。【インベントリ】内の魔獣を売ればお金に余裕はできるが、それまでは手持ちでやりくりするしかない。


「とりあえず、そこの悪臭女と老女と無能家令の3人で幾らになる?」

「3人まとめてお買い上げいただけるのでしたら、目一杯値引かせていただいて1500万ジェニーにいたしましょう。これ以上はご容赦くださいませ」


 ナビーの試算より300万も安い。なんとかお金も足りるので、この値で買うとする。盗賊から現金を回収していなかったら足らなかった。


「そうだな……よし、その値で買い取るとしよう」


「兄様! あの子も買ってください! あの子は菜奈が面倒見ます!」

「ん、私も協力する」


「二人ともなんであの子に拘るんだ? 8歳児の方はいいのか?」


「分かりませんが、あの子が気になってしまいました」

「ん、なんでだろ? 気になるよね?」


『ナビー? 何でか分かるか?』

『……正直分かりかねます。単にあの子が可愛いからではないでしょうか? マスターが雅を可愛がっているのと同じ感覚だと思います。もしくはナビーには理解できない第六感的なものかもしれません』


 それは仕方がないな……可愛いは正義だ! それに菜奈や雅の第六感……運命の出会いというものもあるのかもしれない。無視はしたくない。


「一度、1番のあの子を連れてきてくれるか?」


 匂いを嗅いでみる……めっちゃ良い匂いがする!


「君は奴隷として働くことはできると思う?」

「はい。もう貴族じゃないので、頑張ってお仕事しなきゃダメって皆が教えてくれました」


「お母さんと離ればなれになったけど、我慢できる?」

「お母様とはもう二度と会えないと言われました。……我慢します」


 目に一杯涙を溜めているが、泣かないように堪えている。


「この子は幾らだ?」

「3千万ジェニーでございます」


 ですよね! はい! 全然お金が足りましぇん!


 高額だが、一生を買うと思えばむしろ安過ぎる額だと思う。


 ミーニャが6千万もするのは、超美人なうえに、黒豹族というレア度があるからだ。


「流石に今の手持ち金じゃ足らないな……」

「お金は後日でも結構ですよ? 幾らか手付金を払って頂けるのなら、暫く預かっておくことは可能です」


「ん、体育館の者たちに大判振る舞いするから。あんな人たちよりこの子の方が可愛いのに」


 仕方ない――亜空間内の工房で指輪を錬成する。


 【耐毒の指輪】ミスリル10%・鉄90%

 ・耐毒(中)の付与

 ・自動サイズ調整


『……マスター、毒耐性(中)の相場は5千万ジェニー以上です。耐性(小)では500万ほどですし、もう何人か付けさせてはどうでしょうか?』


『いや、人数がいても今は邪魔なだけだ。必要になったら王都でまた探せばいい』


「金は足らないので、これと交換でどうだ? 5千万以上で売れる品だ」


 指輪を奴隷商人に手渡す。


「現金以外での取引は致していないのですが……」

「まぁ、そういわずに鑑定してみろ。鑑定魔法持ちなのだろう?」


「これは、耐毒の指輪! しかも耐性(中)の物ではありませんか!」

「そうだ、これとその4人を交換してくれ。まだ、数人買えるはずだが、今は必要のない人材は増やしたくないので、その4人との交換でどうだ?」


「旦那様、予算に余裕があるのなら、是非子爵家で仕えていた者をお願いいたします」

「悪いがそれはできない。子爵家の者が増えれば派閥ができる。いまうちにいる者と子爵家の者で何らかの不和が必ず起きるので、それは避けたいからな」


「旦那様には他にも奴隷が沢山いるのですか?」 

「そうだな、この娘以外にも7人いる。流石にこれ以上は必要ない。お前たちはその者らに、貴族が来訪した際に粗相がない程度に礼儀作法を教育してほしいのだ」


 現金以外は受けてないと言ってたのに、鑑定後は二つ返事で指輪との交換に了承してきた。俺が若干損をするのだが、原価は安いモノなのだ……俺の付与魔法の効果で只のミスリルリングが高価な品になったのだ。


 差額分として、明日うちにいる者たちの【奴隷紋】の書き換えをやってもらえることになった。買った4人とエリスの【奴隷紋】の更新は今やっておく。エリスは仮だった【奴隷紋】が、正式に俺に移って喜んでいる。どうやら、他の子より態度が冷たかった俺に、娼館に売られないかとビクビクしていたようだ。



 セバス(66歳) 元子爵家の家令で、準男爵だった男

 マイヤー(64歳)元子爵家の侍女長で、セバスの奥さん

 クレア(42歳) 商人の奥さんで、嫁ぐ前は男爵家の三女だったセシルのお母さん

 チロル(6歳) 元子爵家の末っ子



 奴隷商を出て、近くにあった食堂に入る。セバスとエリスとチロルの腹がさっきからグーグー鳴っていたからだ。料理部のご飯の方が美味しいだろうが、俺も異世界料理に興味があったのだ。


 適当に食事を頼んで、待ってる間に買った奴隷たちに話しかける。


「セバスさん、マイヤーさん、クレアさん。さっきは失礼な発言をしてすみませんでした。手持ちが少なかったもので、できるだけ安く買い叩こうとああいう侮辱した煽り方をしていました」


「旦那様……貴族の礼儀作法がお知りになりたいのでございますよね?」

「ええ、そうです」


「では、奴隷を呼ぶのに『さん』はつけてはなりません。必ず呼び捨ててくださいまし」

「分かった。セバス、お前たちが夫婦なのは知っている。今いる場所は狭くて全員入ることができない。今日から2日ほど夫婦で宿を取ってくれ。明日の朝に迎えをやるので、この後はゆっくり待機していてくれ」


「了解しました」

「クレア、お前の娘のセシルは俺が預かっている。娼館に売ったりしないので心配しなくていい。それと、お前にも貴族の礼儀作法を皆に教えてもらう。男爵家の三女としてそれなりのことはできるだろ?」


「セシルがあなたの下にいるのですか!? でも、何故わたくしが男爵家の出身だとお知りなのです? 奴隷商人にすら知られていないことなのに……」


「よく元貴族だとばれずにいたものだな? 奴隷商に売られた際にそういう情報は一緒に手渡されなかったのか?」


「はい、商人の嫁としか記載されていなかったようで、あとは口頭での質問に少し答えただけでした。あの……娘のセシルは娼館に売られたのですよね? 旦那様が見受けなさって下さったのでしょうか?」


「いや、オークションに掛けられる為に王都に向かう途中で、盗賊に襲われてたところを俺が救って権利が俺に移ったんだ。売れば金になるだろうが、俺は特に金に困っていないので、売る予定は全くない。安心してくれ」


「ああセシル……酷い目に遭っていなくて良かった。グスン……ありがとうございます旦那様。親子共々精一杯働かせていただきます」



 待ち時間の間に、簡単に俺たちの状況を説明するのだった。

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