2-8-2 【飛翔】の恐怖?シープドッグ?

 熱発者と疲労者多数の為、本日の移動を中止にした。久しぶりのゆっくりとした休憩とあって、皆ホッとした顔をしている。お屋敷の方でゆっくり寛ぎたい気はあるのだが、今日はログハウスの方で待機することにした。


「アウッ! 雅、もっと優しく頼む!」

「ん、これ以上優しくはムリ」


 俺の横で美弥ちゃん先生も叫びまくっている。リーダー会議に出ていた俺と先生が、朝食後にマッサージ治療を受けているのだ。他の料理部の娘たちは全員先に治療済みだとのこと。



「菜奈ちゃん痛い! ンギャー! もうイイです! 治りました!」

「美弥ちゃん先生、まだ赤いからダメだよ! すぐに良くなるからちょっとの間我慢して!」


 筋肉痛のマッサージは、軽度のものならイタ気持ち良いのだが、ここまで悪化したものだと軽く押しただけで激痛が走る。特にふくらはぎはヤバい! 涙モノの激痛を耐え、【ボディースキャン】の赤い項目がなくなったら嘘のように痛みが引いていた。


『……マスター、体を慣らすために、少しだけ軽い運動をお勧めします』

『体を動かしておいた方が良いのか?』


『……はい。筋肉の増加は破壊と再生の繰り返しで増やすことができるのです。破壊して再生したので、ほんの少しだけ増えているはずです。ですが通常の再生ではなく、ヒールによるものですので、体に馴染ませる必要があるのです。そうしなければ、通常より急速に増加した分の筋肉もすぐに失われます』




 という訳で、雨も止んでいるので、少し濡れた平原でハティと追いかけっこをしてやった。昨晩のハティの夢を叶えてやろうと思ったのだ。

 他の者にも軽い運動をするように言ってある。


「ハティ、俺から逃げて見ろ! 追いかけっこだ!」

「ミャン♪」


 むっちゃ嬉しそうに逃げているのだが、夢と違いハティが速すぎて追いつけない。距離が開きすぎると、俺を待っているぐらいだ。これでは夢の再現ではないな。王種に成ったハティは、チーターより遥かに速い。


『……マスター、ハティに舐められちゃいます……ガンバ!』


 犬種は自分より下に見た者に対しては、あまり言うことを効かない。テレビでやっていたのだが、舐められている飼い主が威厳を取り戻すために、バイクで犬がへばるまで散歩させるというものがあった。


 自分より体力がある飼い主を上とみなすらしい。ハティに舐められたくはないな。


『……ハティは普通の狼と違い、知能は今では10歳の人間ほどあります。マスターを親のように慕ってますので、本当に舐めたりは致しませんよ』


『そうだろうけど、でもなんか負けたくない』


 練習がてら【飛翔】を使って追いかけた……のだが……この魔法ヤバい!


『ナビーありがとう! お前がいなかったら死んでたな……』

『……危なかったです。危険な気はしていたのですが、あそこまでとは……』


 数日前に何気なく思いついて創った魔法だ。【レビテト】のようなフヨフヨと浮くのではなく高速移動はできないものかと考え付いた魔法だ。


 【飛翔】魔法

 ・重力魔法の応用で、この星の磁力を使い、リニアのように反重力を利用して前に進む

 ・【レビテガ】を応用し全方位に移動可能

 ・飛翔中は【ウィンドシールド】で風圧を防御する

 ・命に係るような制動はプロテクトされ発動しない

 ・ナビーによって自動制御可能


 逃げるハティを捕まえた俺は、そのままハティを抱っこして上空に飛び立ったのだが、どこまで速度が出るか試そうとしたのが失敗だった。


 反重力……これが半端ない速度を生み出すとも知らず加速させたのだが『ドンッ!』という音速の壁を突き破る衝撃波とともに、あっという間にマッハ2を超えたのだ。


 身の回りに何も囲いがない状態でのマッハ2は本当に怖かった。


 『命に係るような制動はプロテクトされ発動しない』という設定をしていたのだが、これでは甘かったようだ。俺は急激なGに耐えられず、上空でブラックアウトしてしまったのだ。その間に高速で地上に落下したのだが、ナビーの自動制御で命拾いしたのだ。ハティは今、俺の横で尻尾を股の間に挟んでプルプル震えている。


「ハティごめんよ。あそこまで速いと思わなかったんだ」

『こわかったです……さすがご主人さまです……でも、あれはもういやです……』


「うん。俺も怖かった。次からはナビーに任せるよ」

『あ! でも、おいかけっこは楽しいです! またしたいです』


「分かった。またしよう」


 やっぱ追いかけっこはハティ的に楽しいのか。

 少し前に作ったハティ用のフリスビーや骨のおもちゃを使って1時間ほどハティを遊んであげていたら、高畑先生からコールが鳴る。


『はい。どうしましたか?』

『今、良いかな? 実はお願いがあって……ちょっと来てほしいのだけれど』


 この感じだと、あまり俺にとって良い事ではなさそうだ。 



 宿泊施設に行くと、1人の女子が俺に訴えてきた。


「小鳥遊先輩! 1レベルだけで良いので、レベルを上げるのを手伝ってください!」


 同じように5人ぐらいの女子がお願いしてくる。その中に剣道部の女子が交じっている。


「他の娘はともかく、小山先輩は散々レベル上げしてあげたでしょ」

「そうなんだけど、至急欲しい魔法があるのです! お願い小鳥遊君!」


「何の魔法です? 1レベルだけで良いってことは、生活魔法ですか?」

「うん……今更だけど【クリーン】が欲しいの……ここにいる人全員そうよ」


「マジでなんで今更【クリーン】なんです? それに【クリーン】持ちは一杯いるので、誰かにお願いすればいいでしょ?」


 この剣道部の小山先輩は格技場男子と同じで、技術系以外一切無駄振りしたくないといって、必要だからと勧めた生活魔法を取ってこなかった人なのだ……何で今更?


「恥ずかしいけど言うわ! 昨晩生理になって、あの魔法の重要性に気付いたの……他の娘も大体同じ理由です。支給されたナプキンなんかあっという間になくなっちゃって、今タオルを切った布を当てているのだけれど、【クリーン】持ちの娘は自分でさっとこっそり処理できるの。持っていない私たちは人にお願いしないといけないので、20分毎とかちょっと言いにくくて。ナプキンと違って、ただの布だと、20分もしないうちに嫌な感じになるの。ほら、あなたもお願いして!」


「龍馬先輩! お願いします! 1レベルだけで良いので手伝ってください!」

「小山先輩、下級生を焚き付けないでください」


「だって、大影さんと柴崎先輩が、あなたはロリコンだから、私が言うより年下のその娘が言った方が連れて行ってくれる可能性が高いって……」


「なっ! なんてこと言うんだ、あの問題児共!」 

「「待って、違うの! 小山さん! あなた何バラしてるのよ!」」


 こっそり後ろにいやがった!

 ロリコンか……実際中学生に手出ししているので何を言われても仕方がないのかな。


「まぁ、別にロリコンでイイです。ロリコンなので俺より年上の大影先輩と柴崎先輩には興味ないので! で……【クリーン】ほしい人が6人いるんですね? APが1ポイントも余ってないから、至急お願いしたいと?」


 問題児2人が違うの! とか言ってるが無視だ!


「ええ、お願いします。今日を逃したらもう街に着いちゃうのでしょ? 中々自分たちだけじゃすぐにレベル上げに街の外には出れないでしょうから、できれば今日お願いしたいのよ」


「言ってることは分かるんですけど、俺だって筋肉痛だし疲れているのですよ? ゆっくり休みたいです」

「……でもさっきハティちゃんを追っかけて爆走してたよね? 疲れているという割にはとても楽しそうに人間辞めちゃってるぐらい凄く元気そうに走ってたけど……」


 見られてた――


「そういうあなたたちは筋肉痛は大丈夫なのですか?」

「正直凄く痛いけど、この不快感から逃れられるなら、無理してでも行くわ」


 既に終わって生理じゃない者もいるそうで、全員足が痛くても、レベル上げに行きたいそうだ。


 正直知ったことじゃない。


 生活魔法の【クリーン】と【アクア】【ファイア】【ライト】はAP1ポイントで得られるから取っておけと何回か勧めているのだ。


 全部取ってもたった4ポイントなのに、これまで俺のお勧めを無視してきたこの娘たちが悪い。


「あなたの言いたいことは分かってます! でもお願い!」


『……マスター、ナビーもその娘たちはどうでも良いのですが、料理部の数名のレベル上げに行かれてはどうです? もうすぐレベル30に成れる子が数名います。それに茜のレベルがちょっと低いので、町中で心配です』


『3rdジョブの獲得ができるのか……。沙織・穂香・綾ちゃんが確かレベル29だったな』

『……はい。みどり・愛華・亜姫がレベル18なので2ndジョブが狙えますね。行く場所によっては美加と薫がレベル28なので上がる範囲内かと』


『レベル30以下は全員レイドで連れて行くかな。どっかレべ上げに良い魔獣はいないか?』

『……森だとハニービーが良かったのですけど、草原だと蟻塚か牛か馬あたりでしょうか。羊もいますね』


『どれが一番近くて経験値が良い?』

『……近くて経験値が良いのは蟻塚です。ですが、お肉も得られる馬か羊が良いのではないですか?』



 どうやらどっちも食用にできて、凄く美味しいそうだ。牛はまだあるから、馬刺し食いたいな。羊でソテーとかジンギスカンも良い。



 昼食後、種族レベルが30以下のうちの娘たちと、【クリーン】が欲しい6人を引き連れて羊を狩に行った。

 俺的には馬刺しが食べたかったのだが『馬刺しは食べたいけど、馬ちゃんは可哀想でしょ!』とか言い出したので断念したのだ。『羊はイイのかよ!』と思ったが、言うと睨まれそうなので賢い俺は黙っておく。



 羊は拠点から6km弱の所で80頭ほどで群れていた。この羊は魔獣だそうなので狩り尽くさせてもらおう。

 普通の獣は繁殖でしか増えないが、魔獣は数が減ったら魔素溜まりからユグドラシルシステムの管理調整で勝手に湧いて増えるそうなのだ。



 この草食の羊たちは、普通の牛や馬と一緒で近付いたらすぐ逃げ出すらしい。そこで俺はあることを考えついた。


『ナビー、ハティに羊追いをやらせてみたい。できるかな?』

『……普通の羊はこの世界でも犬やテイムした魔獣に追わせて放牧してますが、そこの羊はサンダーウールマトンという魔獣ですのでどうでしょうか? やってみる価値はあるかもです』


『今すぐハティに、シープドッグの動画を見せ、やり方を教えてこっちに追い込んでくれるよう仕込んでくれ』


『……了解です』


 1分ほど動画を見ていたハティから頼もしい声が掛かる。


『こんなのかんたんだよ~。こっちにおいこむね』

『おお! 頼むぞハティ!』




「今からハティが羊の群れをこっちに追い込みます。俺が狩りますので、【クリーン】獲得組はレベルが上がった者からレイドPTから外していきますのでそのつもりでいてください」


 今回例の白黒世界に誰かがレベルアップする度に、毎回行く事になるが仕方がない。俺の【カスタマイズ】を教えるわけにいかないからね。



 少し経ってMAPを見ていたのだが、大回りをして後ろから羊を追いたてに行ったハティの様子が変だ。追いに行ったハティが、羊の群れに追われてこっちに走ってきているのだ。


『……ハティは動画のように最初吠えて威嚇したのですが、ちっちゃなハティが可愛い声で吠えても全くの無視でした。そこで最後尾の一頭に【サンダーボール】を放ったのですが、仲間が襲われたと怒り狂って攻めてきました』


『で、ハティはビビって逃げてきているんだね……』

『……ハティは雷系も得意ですが、あの羊も雷属性ですからね。殆ど効果がありません』


 あの羊のウールは高額で売れるそうなのだ。なのでハティには風系は羊の毛が痛むので使うなと言ってある。




 羊の群れを引き連れて帰ってきたハティの第一声がこれだった。


『ナビーのうそつき~!』


 どうやら吠えても全く怯まないし、雷を撒き散らしながら体当たりで突進攻撃をしてきて逆に囲まれたそうだ。


『ハティ、こっちに誘導できたので結果オーライだ。良くやった!』



 めちゃくちゃ不満そうだったが、お肉を後でご褒美にあげると言ったら、尻尾を振って喜んだ。こういう所は、犬っぽくて単純で扱いやすいよな……。


 残念ながら、赤ちゃんハティは舐められてシープドックは無理なようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る