告別 二
卓ちゃんが、すっと席を外した。別れが辛くて我慢できないのかと思ったら、店の冷蔵庫から小皿を盆に乗せて運んできた。
「美月さん、みなさん、オレもね。ぐっちぃと同じで、今日は何の気なしにこんなものを作ってたんです。評判がいいようだったら、今度店のメニューに入れようと思って。どうぞ召し上がってください」
それは……見事な半月だった。
「影の部分は
卓ちゃんは相変わらずいい仕事をする。絶品だ。
「ねえ、卓ちゃん」
食べ終わった美月さんが、下を向いてほっと息をついた。
「もっと食べたかったなあ」
卓ちゃんが笑顔を向ける。
「食べに来てくださいよ。オレは店をやります」
美月さんは、かすかに微笑んだ。
「美月さん。オレはね、半月で料理の楽しさを覚えたんです。旨いと言ってくれる人の顔が見られる、その途方もない喜びをね。だからぐっちぃと同じで、オレもさよならは言いません。まだ半端なオレの腕が、これからどれだけ上がるか。そしてオレの作った料理で、どれだけ笑顔が増やせるかを。必ずその舌で、確かめに来てください」
そう言いながら、卓ちゃんの顔はもう涙でぐちゃぐちゃだった。
ぐっちぃも卓ちゃんも、美月さんとの
わたしも……堪えきれなくなってきた。
ずっと俯いていたさわちゃんが、震える声で何か話し始めた。
「わたしね……。美月さんにも、ここのみんなにも迷惑しかかけてない。だから、わたしは何も美月さんに贈れない」
「でも……美月さんは最初に会った日、わたしに言ったの。月が人を狂わせるんじゃない、狂った人が月を見ているんだって。その意味を、今の今までずーっと考えてた」
「わたしは自分の不運を全部人のせいにしていた。月が、不運がわたしの人生を狂わせているって。でも、狂っていたのはわたしの方。わたしは、自分の闇を月に投げ続けてたの。まるで、月に吠える犬みたいに。届くわけなんかないのに。全部、自分に落ちてきちゃうのに」
「それは。本当はもうずっと前から分かってた。でも認めたくなかった。どうしても認めたくなかったの。わたしの心の穴は、絶対に誰にも分かってもらえない。自分の力じゃ、どうやっても埋めらんない。そう自分に思い込ませて。甘やかして」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、さわちゃんが唇を震わせた。
「穴だらけのわたしは、もっと穴だらけの人を探すようになった。自分の穴が小さく見えるから。自分がまともに見えるから。でも、別れが来る度にわたしの穴はもっと大きくなった。そうして、いろんな人を傷つけた」
「とうとう、最後にわたしは空っぽになった。そこに足を踏み外して落ちそうになっちゃった。その時にね。やっと分かったの。わたしの闇の底にも、美月さんの光が届いてたってこと。だから……」
さわちゃんは、顔を上げてハンドバッグから携帯を引っ張り出し、ぱちんと開くと。大きな音を立てて真っ二つに折った。
「わたしは、これから自分を見る。逃げずに。目を逸らさずに。わたしが美月さんに贈れるのは、たった一つ。その決意だけ」
美月さんが、さわちゃんの決意を聞いて柔らかく微笑んだ。
「さわちゃん。がんばってね」
さわちゃんも、美月さんに笑顔を返して頷いた。
「はい」
凛とした姿。わたしは、さわちゃんがキレイだと、初めて思った。涙で化粧が流れていたけど、それすら美しかった。
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