解かれた封印 三

 夢。これまで何度も見た夢。


 わたしは普通にしゃべっている。隣に誰かいるけど、それが両親か、友達か、恋人か、夫か、分からない。でも、ものすごく幸福であることは確かだ。わたしの想いを伝えることができるから。

 どんな楽しいことがあったか。どんな面白いことがあったか。どんなにあなたを愛しているか。わたしの想いがどれだけ深いか、広いか。いくら言葉があっても、いくら伝える時間があったって足りない。


 そう。それはできないことの裏返し。だから、夢。


 反転する。ああ、それが今度は逆になったんだ。わたしは普通にしゃべれる。出来なかったことが当たり前にできる。だから今度は、それを失うことに耐えられない。伝えたい言葉が滞る。伝えたい想いが凍りつく。もう。何も失いたくない。だから、黙ってしまう。


 夢。涙に支配される、悲しい夢。


◇ ◇ ◇


「……ちゃん、っさみちゃん、あさみちゃん!」


 揺り動かされて、目が開いた。あ……あ。そう言えば倒れたんだっけ。


「すみません、美月さん」

「大丈夫?」

「ちょっと頭がくらくらするけど、大丈夫です」

「無理しないでね」

「はい、心配かけてすみません。えと、卓ちゃんは?」


 美月さんが、柔らかい笑顔を見せながら答えた。


「今、お客さんが来てるので、応対してもらってるの。あさみちゃんはまだ横になってた方がいいわ」

「すみません。もう少し落ち着いたら、出ます」

「本当に、無理しないでね」

「はい」


 美月さんが店に出て、居間で一人になった。ほっと溜息が出る。


 普通に話すことができるようになった。会話に何も支障はなくなった。これまでずーっとずっと望んでいたこと。やっと叶ったんだ。だから、ものすごく幸せなはずなのに。わたしは、反対に強い恐怖に囚われる。

 ハンデは。あるとそれに慣れて、自分を小さく保てる。出来ないんだから虚勢を張る必要がない。だから制限が外れると、途端に自分が分からなくなる。どこまでが限界なのか。どこまでしなくてはならないのか。


 美月さんに、あさみちゃんて意外にひょうきんなのねって言われたことがあった。ひょうきんなんかじゃない。わたしはシニカルなんだ。斜に構えて、出来ないことや叶わないことを薄笑いで一刀両断してただけ。自他を切り捨てることで世界を小さくして、ココロの平穏を保ってたんだ。


 だって出来ないんだもの。だから我慢すればいい。そう自分に言い聞かせ続けて。それに慣れて。だから、なんでも出来るようになった今は。喜びよりも、切り捨てられない恐怖の方がはるかに大きいんだ。


 わたし……これからどうしよう? 自分のことなのに、自分でどうしたらいいかがうまく考えられない。どうしよう?


「……」


 心配させたくないけど……美月さんに相談するしかない。どんなに考えても、わたしにはそれしか思い浮かばなかったんだ。




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