第167話・『キョウちゃんの本音は割ときついし愛情塗れ』

ファルシオンの様子がおかしい、時折カタカタと意味も無く震える、魔力の流れも無いのにホラーかよと苦笑する。


カタカタカタ、特に今日は酷いな、グロリアは宿ですっかり出来上がっているし俺は修行で街の裏山で素振りをしている。


微睡壬をどんな理由があれ救えなかった、もう他人では無く一部、ザザザッ、砂嵐が酷い、ああ、微睡壬は俺だよな、それなのに無性に悲しい。


「だから素振りをするのだっ、強くなるっ」


「んふふ、取り込むだけの強さじゃなくて何時も自分を鍛えているキョウは素敵だねェ」


「そ、そうか、キョウは修行しないのか?」


「だって私は俺で俺は私だもーん、切り替われば同じだよねェ、んふふ」


「そうだけど何だか理不尽だぜ、しかしこの山、変な気配がするな」


「麒麟を取り込んだ事で魔物じゃない生き物も知覚出来るようになったからねェ、本来の神の肉体に近付いているんだよォ、あはぁ」


何かに酔っているキョウの声は蜂蜜のように粘度があり糖度がある、俺の口から発せられる私の言葉に訝しむ、何だかキョウの様子がおかしい、しかし悪い気はしない。


ファルシオンを突き立てて木に背を預ける、勝手に両腕が動いて俺の頬を触る、私が俺を何度も確認するように触れる、ああ、こうやって現実世界で触れ合うのは久しぶりだ、互いに肉体は一つ。


「ああん、この顔、好きぃ」


「お前の顔だろうに好きも嫌いもあるか、どうしたんだ、今日は妙にテンション高いけどさ」


「大きなおめめ、小さなお鼻、ぷるぷるの生意気そうな唇、んふふ、指で触るとわかるよォ」


「汗まみれで汚いから止めろ」


「キョウに汚い所なんか無いよォ、んふふ、もしあるとすれば私かなァ」


「キョウは俺の中で一番綺麗な心だろ?何言ってんだ、ええい、目はやめろ」


「っっ、んとうに、本当におバカさん」


何が何だかわからない、自分で言うのもアレだが俺の精神は常に不安定だ、それはもう仕方が無いものだと諦めている………こんな俺でもグロリアの近くにいられるんだ、我儘は言わないぜ?でもキョウは常に安定していた、安定しているはずだった。


しかし今夜のキョウの様子はおかしい、まるで何かに怯えていて俺に甘えているようだ、お、俺がキョウに甘えて泣き事を言うのは良くあるぜ?べ、別に俺が弱虫ってわけでは無く悩みを真摯に聞いてくれるのがキョウってだけで、や、やばい。


俺ってかなりキョウに甘えていないか?表に出るまで長かったキョウだが幼い時から常に俺の中に存在していた、村の苛めっ子に殴られたり蹴られたりしても無視していた、しかし耐えられない痛みや状況があると必ずキョウが表面に出て対応してくれた。


だ、だから俺は弱虫のお調子者になったのか?


「キョウのせいで俺が弱虫になった」


「えぇぇぇ、そこは感謝する流れだったよォ」


「キョウのせいで女々しくなったもん」


「ど、どうしてこの子はこんなに我儘に………うぅ、悲しいよォ」


「どうしたんだ?今日は少しおかしいぞ、お母様を意識した時から何だか……」


「んふふ、怖いよォ、でもこうやってキョウに触れてると安心する、頑張るよォ?」


声が震えている、確かに俺はお母様が大好きだ、それはまるで遺伝子に刻まれているようなレベルで俺の中にある、だけどキョウはお母様を毛嫌いしている、怖がっている、エルフライダーと同じ力を持った神。


もしかして下手をすれば俺が一部にされるのか??それはそれで良いような気がする、そもそも俺はお母様から産まれたんだ、それが元通りになるって事は別におかしい事では無い、でもキョウはそれを否定する、強く強く否定する。


「キョウはお母様が嫌いなのか?」


「んふふ、大嫌い、キョウが世界で一番好きだとしたらお母様は世界で一番大嫌い」


「そ、そんなにか………どうして?」


「キョウはお母様の事が好きでしょう?んふふ」


まるで諭すような口調、黙って頷くとキョウの笑みは深くなる、一人の体に二つの所作。


「だから私はあの人が大嫌い、キョウが好きなものはみんな嫌い」


「………」


「大嫌い、さあ、グロリアの所へ戻ろうよォ、んふふ」


「あ、ああ」


キョウの言葉を何度も反芻させる、だけど答えは出なかった。

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