第135話 死を司る者と、死に愛されぬ者 前編
紫紺の輝きを放ちながら、魔王の肉体が徐々に変貌を遂げる。いつもの僕なら既に逃げ出してるだろうけど、不思議と恐怖を感じない。
正直言って、自分自身が発動している『
「一難去ってまた一難って、本当に嫌な言葉だよね」
『今はそんな事言ってられる余裕が頼もしいよ』
「まずレインや島の魔獣達を、この場から非難させたいかな」
『そんな隙を与えてくれる相手じゃ無いし、きっと広域魔術を降らしてくるよ?』
肉体に纏わり付いている『黒手』は、ギチギチと牙を鳴らしながら制御を解こうとしている。この力は明らかに破壊の力だ。
ーー誰かを救う為の力なんかじゃ無いと、本能が一番理解してる。
「行くよ! 魔王が神降ろしを終える前に倒す!」
僕は敵の強化を待ってやる道理はないと判断し、項垂れる魔王に飛び掛かると聖剣を横薙ぎした。だが、自動的に反応したかの様な、不可解な手首の捻りをした魔剣に剣撃を弾かれる。
「ぐあぅっ! なんかあいつ気持ち悪い動きしたよ⁉︎」
『……神気を宿したからだよ。この戦場に蠢いている死者の負の感情を、全て力に変換してるね』
「それが死神の力って事?」
『そうさ。そして全てはこの時を想定して、兵士達を皆殺しにしたんだ』
僕は急いで左手から黒手を伸ばし、魔王の周囲に全てを喰らう闇を展開した。
手足の一本でも消失させれば大人しくなると冷酷な意思を込めて、暴走するギリギリまで力を解放する。
ーージュウウウウウウウウウウウウウッ!!
視線の先では肉が焼ける様な音を立てて、僕から伸びた黒手と死神の
「そんなまさか⁉︎」
『ご主人の力は封印されてるんだよ。不完全な力が神気を呑み込めないのは当然さ』
「……嬉しい様な悲しい様な、不思議な感情を抱かされるよ」
『同じくノーコメントでよろしく……』
頼りにしたくない力に頼ろうとした僕の情けない思いは、死神によって一瞬で否定された。
アルフィリアと冗談混じりの軽口を叩いていた直後、今まで周囲の暗闇を吸収する様に紫光を放っていた魔王の肉体が、突如上空に舞い昇る。
『来るよ! 構えてご主人!』
「この場所は駄目だ!」
背後にはレインや傷付いた魔獣達がいた。もしも僕が攻撃を反らせなければ巻き込んでしまうと判断し、真横へ疾駆する。
魔王は無言のままに手を翳すと、誘導した通りに僕の方を指差した。
「……死ネ」
幾重にも重なった声色が混じり合い、無機的な口調で呟かれた一言を合図に放たれた一閃。それは僕の髪と頬を掠り、一点に収束された力はそのまま背後の大地を両断した。
「ぐあああああああ〜〜!!」
間一髪で避けたと思った直後、右耳から激痛が迸る。ーー痛みを感じるまでに誤差がある程綺麗に裂かれた。
『まだだ! 連続で来るよ!』
「この威力は聖結界じゃ防げない!」
僕はアルフィリアの警告を受け、スキル『ゾーン』を発動して少しでも反応しようと試みる。
それでも、集中力を極限まで高めた状態の視力が捉えたのは紫紺の光を放つ『線』のみで、完全に避ける事は叶わなかった。
ーーキキキキキキキイィィィィィィィィンッ!!
弾く。弾く。僕はただひたすらに『聖剣』の刃で受け流し、金切り音を響かせながら致命傷を防ぎ続けた。
反撃しようとすればその隙を突かれかねないからだ。
(どうすればいい⁉︎ みんなを守りながらじゃ、これ以上動けないよ!)
次の一手が見つからないまま、何か手はないかと模索し続ける。アルフィリアも一緒に思考を巡らせてくれていたが、どうしても最後の一手が足りなかったんだ。
そんな僕の悩みは、突然訪れた珍客によって全て覆されたのだけど。
__________
「おぉ、何だありゃあ? 随分とヤバそうな相手と戦ってるじゃねぇか。俺様も混ぜろよ」
「ーーーーえっ⁉︎」
「よぉ〜! 昨日以来だな勇者! 確かソウシだっけか?」
「ざ、ザンシロウ?」
復活した『強欲の鎧』を装備し、軽快なステップで戦場に降りて来たザンシロウは、迷う事なくソウシの前に仁王立ちした。
両手を腰に当て、高笑いしながら勇者を見下ろす。
第三者の介入によりほんの数秒だけ止んだ攻撃は、直ぐ様ザンシロウの背を灼いた。ソウシは自分を庇う様にその場を動かない男へ目を見開く。
「駄目だよ! あいつは死神を降ろして強くなってるんだ!」
「ん? 何の事だ?」
「さっきから僕を庇って背中にダメージを受けてるじゃないか!」
「はぁっ? 何を言ってんだお前さん?」
「えっ? い、痛くないの?」
不思議そうな表情で背中を指差すソウシの所作を見て、ザンシロウは一体何の事だと背後へ振り向いた。
ーー焼かれている。灼かれている。血はダラダラと流れて、若干肉の焦げた臭いがしていた。勿論強欲の鎧はバッチリ砕かれている。
「何じゃこりゃああああああああああああああああああぁっ⁉︎」
「気づけよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっ!!」
勇者と不死者は向かい合って絶叫した。背中がチクチクする程度にしか痛みを感じていなかったのだ。馬鹿極まりない。
「まっ、良いか!」
「良いのかよ⁉︎」
「とりあえずソウシ。教えてくれねぇか? あいつが魔王で良いか?」
不死者は引き続き攻撃を一切避けようともせず、頬に力を込めた真摯な瞳でソウシに問う。どこか表情の奥に陰りを帯びていた。
「うん。そして今は『死神プルート』を下ろした『神の子』だよ」
「そっか。あいつが兵士達に向かって上空からクソみてえな黒い雷を落とした奴で間違いねぇか?」
「それも……あいつだね」
「なぁ、ソウシ。俺さ……好きな女がいたみたいなんだわ。もう死んじまってわかんねえけど、そいつといて楽しいって思うのは、ーー好きって事だよな?」
ザンシロウの眉を顰めながら同意を求める視線を受けて、ソウシは頷くしかなかった。不器用な言葉以上に伝わる想いがあったからだ。
「……うん」
「ありがとな。ちょっと行ってくるわ」
「死ぬなよ」
「馬鹿野郎。俺様は死ねないんだよ」
ソウシは男の背中を眺めながら思う。昨日自分と戦った時と、今の男は全くの別人である、と。
(ザンシロウも奪われたのか……)
何が男をここまで変えたのかは想像に容易かった。
降り注ぐ紫紺の光線を右手と左手を犠牲にして弾きながら、男は徐々に口元を歪ませる。
(見つけた見つけたミツケタ見つけた見ツケタ見つけた見ツケタ見つけたミつけた見つけた見つけたミツケタ〜〜!!)
正義の心など終ぞ持ち合わせてはいない。嬉々として、鬼姫の仇を殺す喜びに身体中を支配されながらザンシロウは跳ぶ。
『魔王』と『不死者』、ーー『
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