第136話 死を司る者と、死に愛されぬ者 中編

 

 死神プルートを降ろした魔王フールゼスは禍々しいオーラを放ちながら、再び意識を覚醒させていく。

 並みの精神力では御する事の出来ぬ神気も、選ばれた神の子である故に肉体へ馴染んだ。


「邪魔者を排除して、遊戯の続きを始めようか」

 死を司る力に自らの魔力を融合させると、上空に掲げた掌から巨大な獄炎を巻き起こす。

 捉えるべき対象は一人。魔王の視線の先には、明らかに常人の闘気を超越した不死者がいた。


「お前さん。ち〜っとおふざけが過ぎちまったなぁ。俺様から大切なもんを奪ってくれた礼はキッチリして貰うぜ?」

「我はたかが羽虫が幾ら死のうが興味は湧かぬ。失せよ」

「つれない事を言うなよ。同じ神の子同士じゃねぇか。俺の方の神様は人の身体を好き勝手にした挙句、眠っちまったけどな」

「格が違うのだよ。勇者が逃げる前に瞬殺してやる」

 足を踏み鳴らしながら、ザンシロウは両拳を顔の前に構えた。刀を失っている以上、無謀にも拳打のみでフールゼスに挑む気でいる。


 滑稽で矮小な存在だと見下しながら、魔王は獄炎をザンシロウに向けて放った。螺旋の渦を描きながら、全てを灰燼へと化す程の熱量が襲う。


 ーードオオオオオオオオオオオオンッ!!


 遥か遠くまで轟々とした爆発音が響き渡り、大地に巨大な穴を開けて尚、炎は天へ舞い上がり続けた。


「随分呆気ないものだな。所詮は脆弱な人族の傀儡か」

「なんか言ったかぁ? 火遊びも程々にしとけよ小僧」

「ーーーーッ⁉︎」

 ザッ、ザッと炎を裂きながら足音が進む。思わず目を見開いた魔王は、露わになった敵の姿に愕然とした。


 皮膚は焼け爛れて生肉から血が滴っている。眼球が垂れ落ち、頬骨が丸見えな顔は死霊を思わせた。

 恐るべきは白い煙を吐き出しながら、回復が見て取れる再生力。


「何故……その状態で生きていられるのだ!」

「馬鹿野郎。俺は死ねねぇんだよ!」

 痛みなど無いとアピールする様にザンシロウは腕を振り回すと、一気に大地を蹴り、跳躍すると同時にフールゼスに殴りかかった。


 ーーガキィンッ!!


 だが、魔術と神気の結界に骨張った拳が弾かれる。魔王が無駄な行為だと口元を歪めるが、ザンシロウの連撃が止まる事は無かった。

 ーー殴る。

 ーー殴る。

 ーーひたすらに殴り続ける。


「うらああああああああああああああああああああああああああああああっ〜〜!!!!」

 骨が折れ、再生した肉が次々と剥がれ落ちてはまた再生を繰り返し、辺りが鮮血に染まっても尚、殴り続けた。


「無駄だと良い加減に気付け愚者め!!」

 魔王が人差し指を突き出すと、紫紺のレーザーが不死者の肩口を貫く。一瞬怯んだ隙を逃さずに両肘と両膝を的確にい貫くと、拳の連打が漸く止まった。


「カンパノラよ。敵を斬り裂け!」

 振り下ろされた魔剣の一閃は、ザンシロウの右肩口から腹にかけて肉体を両断した。これで終わりだと普通ならば判断する所だが、魔王に油断は無い。


 そのまま首を刎ねようと逆袈裟を繰り出した直後、ーー鳩尾に拳がのめり込んだ。


「グエェッ⁉︎」

 フールゼスは内臓を抉り取られたと勘違いする程に痛みに呻き、唾ごと肺の息を無理矢理吐き出される。魔力の制御を忘れ、思わず落下して地面に伏せた。


「これだけ打って漸く一発当たったか。だが、痛えだろ小僧?」

「…………」

 魔王は無言のまま屈辱から唇を噛み締めた。その間にもザンシロウの肉体は再生し続けており、自らの考えを改めなければならない現状を理解する。


(勇者以外にこんな者がいたとはな……それでも我の勝利は揺るがぬ)

(チッ! 正直攻め手がねぇ。マグレの一発が当たったくらいじゃこいつは倒せねぇな。せめて武器があれば)

 ザンシロウが無限に再生するのと同様に、フールゼスは治癒魔術と神降ろしの神気により、直ぐ様自らを回復させていた。


 互いに牽制し合いながら、今度は不意に動けぬ状況へと戦闘は移行していたのだ。


 __________


「みんな! 今の内に避難してくれ!」

 僕はザンシロウが作ってくれた時間を無駄にしないようにレインを背負い、無人島の仲間達と戦場を離れていた。

 魔王が闘技場を作るために更地にされた地面を走り、先日隠れていた渓谷を目指す。


 岩場に囲まれていては危険かと思ったが、隠れる場所が無いよりは断然マシだと判断したからだ。


「レイン。僕は必ず君を守る!」

 このまま逃げ続けるという選択肢は既に無かった。あいつを倒さない限り、何処に隠れ潜んでいてもいつかはその幸せを壊されるだろう。


 ーー絶対に今日決着をつける!


「でも、もしもだけどザンシロウが倒してくれたらそれはそれで……」

『おい! いつもの思考に戻りかけるなご主人!』

「わ、分かってるよぉ!」

 アルフィリアに怒鳴られた。もしもの事を考えただけなのに厳しい相棒だよ。そんな中、僕の脳内にシャナリスが語り掛けてくる。


『マスター。不甲斐ない姿を見せてしまい申し訳御座いません』

「起きたの? カンパノラ相手じゃしょうがないよ。気にしないでね」

『はい。ですが先程の不死者が宿している『モノ』を見た時、私にも出来る事があるのだと知りました』

「ん? 一体何の話をしてるの?」

 重々しい口調で選ぶ様に言葉を発するシャナリスの様子に、僕は違和感を覚えた。何故か背筋に悪寒が奔る。


『短い間でしたがお世話になりました。私がマスターの為に出来る事は、武器として戦うことのみ。マスターと、マスターが大切に思う者を守る為に戦わせて下さい』

「い、意味が分からないよ。それなら尚更僕の側にいれば良いじゃ無いか」

 猛烈に嫌な予感がした。まるで別れを告げられているかの様に聞こえてしまうからだ。そんな最中、アルフィリアが言葉を続ける。


『ご主人の事は僕に任せてよ。きっと最悪な結果だけは回避して見せるからさ。ビッチはビッチらしく、他の男に握られて来い!』

『言い方に棘があって本当にムカつきますが、今だけは感謝しましょう。マスターを頼みましたよ』

「何を言ってるのか教えてよ⁉︎ 意味が分からないってば!」

 焦り続ける僕の言葉を無視して、右手の刻印から人化したシャナリスが顕現する。黒髪をそっと耳にかけると、不意に柔らかな唇を重ねられた。


「…………」

「マスター、どうか幸せになって下さい。テラン様やリイネシア様と共に、私の魂は悲劇では無くマスターの幸福な喜劇を見とう御座います」

「それなら行かないでよ。一緒にいてよ……」

 困った様に眉を顰めながらクシャッとした笑顔を浮かべた後に、シャナリスは光の粒になってその場から消えてしまった。


「アルフィリア。シャナリスは何処に行ったの?」

『ザンシロウの所さ。魔剣のオリジナルであるカンパノラを前にすると、シャナリスは意識を呑まれてしまって力を振るえない。だからその状況を打破する為に、必要な手段をとったんだ』

 何となくだけど、直感から彼女が望んだ事柄が分かった気がした。


 ーー待ってて。僕も直ぐに君の戦う場所へ戻るから。

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