第132話 絶望と敗北の先に 5
「何でアルフィリアがそっちの味方になってるのさ!」
右手に聖剣を、左手に黒剣を装備した女神を指差して勇者は文句を吐き出した。ジリジリと距離を詰めて来られるのに対して後退り、腰が引けている。
「言っただろ? 力の使い方を教えてやるってな。
『……やり過ぎ注意でよろしくね』
漆黒の翼を広げると、女神は宙へ舞い上がりながら視線を下ろした。困惑するソウシに向かって
「お前が自分の力を制御出来ていない所為で、アルフィリアが常に封印の為に力を割いているのを感じた事はあるか?」
「……分からない」
「じゃあ、レッスン1だ。お前が『天剣』と呼んでいるスキルは、所詮力の残滓を掻き集めているに過ぎない。見てみろ」
女神が右手を天へ翳すと、アルフィリアは流し込まれた神気の影響を受けて金色の輝きを放ち始めた。ソウシは何度も共に戦った相棒の変貌に驚きを隠せずにいる。
明らかに自分が振るっていた時よりも、力強く、神々しさに満ちていたからだ。
「いくぞ。こんなもんで死ぬなよ?」
ーーヒュンッ!
軽い風切り音を鳴らしながら振られた刃は、ソウシの身体の半歩右の空間を一閃した。当たっていたら間違いなく右腕を両断されていると、想像するに容易い一撃に足が竦む。
「それだ。レッスン2。何故お前は怯える? 大切な者を守りたいと、死にたくないと願いながらも何故逃げ出そうとするんだ?」
「……怖いものは怖いんだ。僕だって、好きでこんな性格に生まれた訳じゃない」
「また言い訳かよ。本当に男らしくねぇ育ち方をしたもんだなぁ」
女神はやれやれと呆れた視線をソウシへ向け、溜息を吐いた直後に左手の黒剣を突き出した。一直線に左太腿へ伸びると容易に刺し貫く。
「うわあああああああああっ⁉︎」
「ほらほら、まだ終わらないぞ?」
黒剣の穂先が
「あ、『アポラセルス』!」
ーーキィンッ!!
「ーーえっ⁉︎」
ソウシは咄嗟に聖魔術を発動させると、擬似聖剣を創造して黒剣を両断する。だが、それを見計らったかの様に本物の聖剣の一撃が交差し、一瞬で刃を叩き折られた。
驚愕に目を見開くと同時に脇腹へ拳を捻り込まれ、くの字に折れ曲がった背中へ聖剣の柄が振り下ろされる。
「ぐああああああっ!!」
脱力して沈むソウシの頭部を踏み付けると、冷酷な声色を以って女神は現実を突き付けた。
「……弱い。本当に色々と弱過ぎるな。お前がそんなだから、好きな子を死なせちまったんだろうが」
「ーーーーッ⁉︎」
「悔しくはないのか? あぁ、そっか。魔王相手に仇を討ちたいとすら思えなかったんだもんな? もしかして大して好きじゃ無かったんじゃねぇの? お前なんかを守る為に死んだその子も阿呆だなぁ〜!」
明らかな侮辱、侮蔑を受けてソウシは唇を噛み締めた。地面を叩きながら、その瞳に激しい怒りの炎が灯る。
「僕だけならまだしも、サーニアを馬鹿にするな。彼女の想いも、僕の想いも本物だ……」
「いやいや、所詮はガキ同士のおままごとだろ? その証拠にお前ずっとここで蹲ってるだけなんだからな。情けなさ過ぎて親として泣けてくるわ」
「ーーまれ」
「はっ? 聞こえねぇぞ?」
耳元に手を添えて挑発のポーズを取る女神を前に、勇者は徐々にその様相を変化させていく。黒髪に銀色のメッシュが混じり、左眼も同様に銀色の輝きを放ち始めた。
『来た。始めるからね』
『おう。頼んだぞ』
念話で合図を送り合うと、女神と聖剣は目論見通りに勇者ではなくソウシ本来の力を解放した。ソウシは同時に感情が爆発し、咆哮を轟かせる。
「許さないぞお前ええええええええええっ!!」
「レッスン3だ! 来いよ馬鹿息子おおおおおおおおおおっ!!」
互いの身体から放たれる黒手が絡み合い、貪り合い、侵食し合いながら空間を闇が染める。漆黒の女神が黒銀の勇者の足首を掴み、地面に再び叩きつけようと黒手を振り下ろした。
ソウシは左手を翳すとスキルのクッションに自ら身体を沈め、力任せに上空を舞う女神を引きずり降ろす。
「謝れ変態親父!!」
「うるせぇ馬鹿息子!」
勇者は再び擬似聖剣を生み出すと、女神の片翼を根本から両断した。同時にカウンターで顎へ掌底を叩き込まれて身体が流れた所へ、巨大な黒手のハンマーナックルをくらう。
衝撃に蹲る姿を見て、女神は呟きを漏らした。
「ガハッ!!」
「……ここまでかな」
諤々と震える膝を支えに、無理矢理立ち上がろうとする息子の姿を見つめる女神の瞳は澄んでいた。
「ほら。返すぜ」
ソウシはヒョイと放り投げられた
「僕を怒らせて何がしたかったの?」
「それはお前自身が一番理解出来てる筈だ。『
ソウシは先程まで己が抱いていた怒りが霧散している事に気付き、アルフィリアから伝わる感情で全てを悟った。思考が流れ込み、より鮮明なままに。
「そっか。大体分かったよ。やっぱり僕はもう一度戻って戦わなきゃいけないんだね」
「その
「ねぇ、何で貴女はこんな事が出来るのに自分は封印されたままなの?」
眼前の女神の精神体に宿った自称父は、ソウシの目から見て完全にスキルを制御出来ている様に映った。素朴な疑問を投げたつもりだったが、泣きそうな表情と共に顔を伏せられ戸惑う。
「俺は色々な世界の神を含めた凡ゆる存在を喰らい、同時に『取り込んで』しまったのさ。死ぬとか死なないの話じゃなく、存在を許されざる者になってしまったんだ。誰も消し去ることが出来ないから、封印するしか無かったんだよ」
「でも、今は制御出来てるじゃないか!」
「こんなの俺達の力の一端に過ぎない。今も核である俺は十柱に全力で力を抑え込められてる。お前は本当にその程度しかこのスキルの本質を解放できていないって事が、幸運だと思ってくれ」
アルフィリアはほんの少しだけ、自らが知り得ている知識の一旦を主人の記憶へと流した。過去の記憶。全てが終わってしまった世界。
闇が全てを覆い尽くして喰らう光景が頭を過ぎると、ソウシは堪らず吐きそうな程の嫌悪感に苛まれる。
「……やめろアルフィリア。もう十分だ」
『うん。余計な真似だったね。ごめん』
「な、何だよ今の……こんなの有り得ない。貴女はどれだけの人を殺したんだよ⁉︎」
その質問に答えないまま、漆黒の女神は翼を広げて空間を飛び去ろうと動き出した。どこか哀しげに眉を顰める姿が先程までのサーニアと重なり、ソウシは瞬時に身体に飛び付く。
「ごめん! 今のは僕が悪い! 会いに来てくれて嬉しかった、ーー父さん!!」
キョトンと目を丸める女神は、口元を柔和に緩めて息子の頭を撫でた。ただ、内心は穏やかでは無い。
(本当は抱き締めてやりたいんだが、こんな女神の身体で息子に欲情されたらトラウマになりそうだからなぁ……恨むぜ。レイアは良くやれてるもんだなぁ……)
そのまま光粒を放ちつつ消失する女神を最後まで抱きしめながら、ソウシは泣いた。枯れ果てたと思った涙が再び溢れていたが、それは悲しみでは無く、嬉しさからくるものだ。
__________
僕は粗方泣き喚いて、地面を叩いて、意味もなく地面を転げ回って、抑え込んでいた感情を暴走させた後、不意に右拳で頬を殴った。
やる事は決まった。やれる事は分かった。やらなきゃいけない事は決まってる。
「行くよアルフィリア! 僕は魔王を倒して
『覚悟は良いんだねご主人? 最後の戦いに行こう! 僕等が力を合わせれば勝てない敵なんていないさ!』
「あぁ! 絶対に負けない!」
ーーその後、僕がこの世界にいられなくなるとしても。
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