第131話 絶望と敗北の先に 4

 

 ソウシは目の前で黒く変貌した美姫の姿を見て、驚愕に目を見開いた。本能的に自らの力の本質と同等の力を感じる。


「あ、貴女は一体誰……? 何でその力を使えるんだ」

「お前のお父様だよ。この後説明してやるから待ってろ。今は一時的に女神に協力して貰ってるが、所詮は精神体だから直ぐに消える。良いから夢だとでも思っておけ」

 自称父は美しい容姿と柔和な微笑みに似合わぬ粗雑な物言いから、怪しさを醸し出していた。信じろと言う方が無理があると目を細める。


「いきなり父さんとか言われても意味が分からないし、何より貴女は女性じゃないか!」

「あのな……そこは突っ込まないでくれ。世界には触れちゃいけない哀しみが溢れてるんだよ」

 ソウシが声を張り上げると同時に、女神は遠い目をして言葉を濁した。お互いに空気を読んで、これ以上触れない様に軽く頷き合う。


「さて、時間が無いから本題に入るぞ。出てきなアルフィリア」

「ーーーーエッ⁉︎」

 女神が右手を翳すと自然に勇者の胸元が淡く光り、勝手に『聖剣』が顕現した。そのまま白髪銀眼のツインテール幼女へと変化する。


「久しぶりだね。女神様怒ってた?」

「別に怒っちゃいないさ。俺が飛ばされたのはソウシを暴走させない様にって気遣ってくれたからだ。また頭が上がらなくなっちまうな」

「こんな真似して封印は平気なの? ご主人ソウシと違って、そっちの方が暴走したら大変じゃん」

「十柱の神が頑張ってくれてるよ。それにレイアのお陰で俺の精神も安定してるしな」

 まるで、懐かしい友人と再会したかの様に親しげに話す美女と幼女を見つめながら、ソウシは完全に蚊帳の外になっていた。

 会話の内容も意味が分からず、呆然とする他無い。


「アルフィリア。これはどういう事か説明してくれないかな?」

 主人の問いに対して『聖剣』は沈黙した。表情から説明して良いものか、悩んでいるのが伝わる。


「もうソウシに黙っている場合じゃ無いだろ。女神の許可も得てるぜ」

「……分かったよ」

 そこから聖剣が意を決して語った真実は、ソウシの想像を絶する程に凄惨な内容だった。


 ーー自分が元は違う世界で生まれ、死んだ後にこの世界の主神『デリビヌス』によって転生させられた事。


 ーー父は『闇夜一世オワラセルセカイ』を暴走させ、神々や世界を喰らい尽くした後に、十の神と異世界の女神に封印された事。


「ご主人に僕を宿らせて、封印する様にしたのは女神様なんだ」

「それは、あの黒い力を封印する為……?」

「うん。あと悪神デリビヌスの陰謀から守る為さ。基本的に主神同士は互いの世界に深く干渉出来ないってルールがあるんだよ。だから間接的な方法をとったんだ」

 その時、話を遮り両腕を組んで沈黙していた自称父が言葉を紡ぐ。


「女神が言うには、『聖剣アルフィリア』はお前の封印を解く鍵の一本だ。もう一本はもう目にしただろ?」

「……『魔剣カンパノラ』がそうなんだね」

 魔王に敗北した事実を突き付けられ、ソウシは思わず顔を伏せる。だが、説明を聞いている内にある疑問が湧いた。


「ねぇ、魔王が言ってた『神剣』ってどういう意味?」

「僕が女神様に創り出されし聖剣であるのと同じ様に、あの魔剣は悪神が創ったんだ。その性質と構成は全く同質で、互いに互いを取り込む事が可能なんだよ」

「それって強さが二倍になるって事?」

「二倍じゃ済まないだろうねぇ……」

 幼女アルフィリアはツインテールを振りながら、やれやれと肩を竦める仕草を取った。女神は説明を補足する様に続く。


「とにかく、お前は絶対に『闇夜一世』を暴走させるな。それこそデリビヌスの目論見通りになっちまう。あいつが喜ぶ事なんて何一つ叶えさせてたまるか」

 黒髪黒眼の女神を纏う闇のオーラが怒りに呼応して蠢き始める。放たれた圧倒的な威圧を受けて、ソウシは思わず生唾を呑んだ。


(僕が妖精の巣穴で暴走した時もこうだったのか……本当にこの人が父さん?)

 その姿は美しさを霞ませる程に禍々しく、相対しているだけで、自らが捕食される側だと相手に想い知らしめる程のプレッシャーを浴びせる。


「落ち着きなよ。ご主人が怖がってるじゃないか!」

「……わ、悪い! ついつい気が早っちまった」

 フッと瞳に色を取り戻した女神は、軽くソウシの肩を叩いて爽快に笑った。どちらかと言うと父親と言うより、母親だと言われた方が余程納得出来る光景が広がっている。


「今感じた感覚を忘れるな。お前がこの精神世界から戻った時に、同じ想いを仲間に味合わせたく無いだろ?」

「……はい」

「騙されちゃ駄目だよご主人。なに上手く誤魔化してるのさ。ただ怒りに任せて力を解放仕掛けただけの癖に」

「よ、余計な事を言うな馬鹿!」

 女神と勇者が真剣な表情で交わしていた視線が急に逸らされる。吹けもしない下手な口笛を鳴らしながら焦っている姿を見て、ソウシは思わず口元を緩めた。


「おっ? 漸く笑ったじゃねぇか。さっきまで死にたそうな面してたからな。お父様に感謝しろよ」

「別に貴女のお陰で元気になった訳じゃ無い」

「反抗期か息子よ?」

「僕を育ててくれたのはセリビアお姉ちゃんで貴女じゃない。突然出てきて父親面されても困るよ」

 不貞腐れながら吐き出した言葉を受け、自称父の表情が一瞬曇ったのを見てソウシは後悔した。だが、謝るにも間違った事は言ってないと強がってしまう。


「その通りだな。危うくここに来た目的を忘れちまうとこだったぜ。さぁ、始めようか親子喧嘩を!」

「えっ?」

「ご主人。精神世界でも大きなダメージを受ければ、肉体に反映されるかもしれないから注意してね!」

「えっ?」

 状況を呑み込めないソウシを置き去りにしたまま、女神は纏う闇を剣の形に変化させる。アルフィリアも同時に聖剣へ戻ると手元に添えられた。


「死ぬじゃねぇぞ!」

「何でこうなるんだよおおおおおおっ⁉︎」

 こうして女神の肉体に宿った自称父と、半泣き勇者の初めての親子喧嘩が始まった。

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