第129話 絶望と敗北の先に 2
ソウシが倒れた瞬間、フールゼスは手で契約獣であるティタンへ合図を送るとその動きを止める。
黒毛や魔獣達からは、まるでレインが駆け寄るのを見守るかの様に映った。
「ソウシ! お願いだから目を開けて! 『ディヒール』」
身体が汚れるのを厭う事も無く、ソウシの身体を起こして胸元へ抱くとレインは必死に上級治癒魔術を施した。
「…………」
完全に意識を閉ざした勇者を見下ろしながら、魔王はこれからの
『聖剣』に認められし主人を、どうやって絶望させるか。
そして、憎しみに捉われた姿をどうしたら見る事が出来るのかという、単なる好奇心に過ぎない。
だが、フールゼスはもはや単なる戦闘や蹂躙には飽きていたのだ。魔神を崇拝する強国であるペネレンシアの王座を手に入れてから、自らの命を狙う存在は全て処刑した。
特に王族に連なる者達に信を置ける者は一人も居ないと幼少期の経験から学んでいた為、徹底的に血縁を絶やした。
全ては安寧を求めた結果なのだが、目的を果たした後に気付いてしまう。
ーー平穏に生きるということは何てつまらないのだろう、と。
『
「我は退屈で死ねるな……」
玉座の間で呟かれた一言。その魔王の表情を見た時に、重臣達は戦争が始まるのだと悟らされた。
人族の殲滅戦で終わりになる筈だった戦争は、勇者に殴られた瞬間から、退屈し、鬱屈した魔王の冷めた心に興味という名の火を灯す。
「次に目覚めた時、一体貴様はどんな激情を我にぶつけて来るのだろうなぁ?」
ある程度の治癒魔術が施されたという判断に至った直後、フールゼスは右手をレインに向け、唐突に宣告した。
「跪け。レイネハルドの姫よ」
「ーーきゃあぁ⁉︎」
自らの名を呼ばれた刹那、レインは咄嗟にソウシから距離をとったのだが、背中から見えない壁に押し潰されるかの様に地面に這い蹲る。
その呻き声が耳に届くと同時に、キングガリコの黒毛とライオネルクイーンは一直線に救援に向かった。
ーードゴォッ!!
鈍い音を立てて、今まで沈黙していたティタンの拳が二匹の魔獣を容赦なく横殴りにして吹き飛ばす。
無言のまま、主人の邪魔はさせないという固い意思を示した巨獣の一撃。
それは辛うじてライオネルクイーンの前に立った黒毛に深いダメージを与え、沈黙させる程に凶悪な重さを秘めていた。
抗えない重力に肉体を押さえ込まれ、指一本動かせないレイネハルドの姫はその光景を目の当たりにして悔しさから唇を噛みしめる。
「く……ろげ……」
必死に伸ばした手は届かず、ソウシと同じく気絶した黒毛は、右半身を砕かれて手足がくの字に折れ曲がっていた。
ガリコ達は怒りに震えるが、足が竦んで一歩を踏み出せずにいる。魔獣の本能は正直であり、圧倒的な強者を前に恐怖を植え付けられてしまったのだ。
「さて、邪魔者も居なくなって漸く静かに話せるな。我とちょっとした遊戯をしないか?」
「……?」
「このままただ身体を潰されて死ぬのと、そこで寝ている勇者の為に命を賭けた遊戯に興じるのと、どちらが良い?」
「や……るわ」
フールゼスは変わらず無表情なままだが、言葉の節々にどこかしら嬉々とした声色が混ざっているのが伝播した。
レインが即答するのと同時に、重力を操る魔術は解かれる。
「よくぞ言った勇敢なる姫よ。さて、肝心の遊戯の内容だが、ーーこんなのは如何かな?」
ーーパチンッ!
魔王が指を鳴らすと、空中からソウシの周囲へ炎を纏った九本の槍が突き刺さった。
「これは『
「それのどこが遊戯なのよ⁉︎」
「勇者が目覚めるまで姫が耐えられれば、無条件で解除してやろう。愛しい人を守る時、信じられない奇跡を起こすなどという戯言を書いた物語を読んだ事がある。一度見て見たくてなぁ」
魔王の視線に冗談など微塵も含まれておらず、レインは問答する時間すら無駄だと自ら炎環の中心へ飛び込んだ。
「お願い! 『アイスアロー』!」
一瞬でも炎が弱まれば、隙を突いてソウシを助け出そうという算段は直後に打ち砕かれる。ジュウッと音を立てて無数の氷矢は溶けた。
魔王の強大な魔力を込められた炎の熱量は、下級氷魔術でどうにか出来るレベルを遥かに超えていたのだ。
「たった一本でこの威力なの……」
最上級魔術『メル』の詠唱をするかどうかが頭をチラリと過るが、レインは首を横に振った。大地は渇き、周囲の温度は高まり続けていく。
(もし、メル級魔術を使って魔力枯渇を起こしたら二人共死ぬ)
自分一人だけ助かろうなんて毛頭考えていない。そして、自分が死んでソウシを助けるなんて偽善的な考えはさらさら無かった。
「私は絶対にソウシと結婚するんだから!」
レインが閃いたのは、初めて挑戦する試みだった。自らの魔力を巨大な氷岩の如く密集させて、炎槍の熱を防ぐと同時に、
「ほう? 中々器用な真似をするな」
フールゼスは一目で魔術の構成を理解したが、氷魔術に余程長けた者で無ければ作り出せない密度に感嘆の意を示した。
だが、口元はより歪みを帯びる。
「な、何でなのよ⁉︎」
氷は溶かされていない筈なのに身体をヒリヒリと焼きつけ、炎環内の温度は上がり続けていた。
体力は奪われ、遂に三本目の炎柱が上空に向けて昇る。
周囲の魔獣達はティタンに行く手を阻まれ、焦燥感にかられつつも動けずにいた。
レインに決断の時が迫る中、ソウシは閉ざされた意識の深層で、懐かしき学院の日常へと帰っていたのだった。
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